第10話 酒場にて
第03節 外交使節〔3/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
さて。
姫さんは「本国の問題だから」と遅刻を受け入れてしまったまでは良いとして、このまま学校を欠席させる訳にはいかない。
オレも、高校在学中は結構授業をサボっていたけど、この世界に来たことで、そしてドリーを指導する立場に立ったことで。〝授業を受ける〟ことの重さと価値を思い知った。
授業を受けられるのであれば、それをサボるのは〝勿体無い〟。だからオレたちは、姫さんに学校に行くように告げた。細かい話はあとで手紙を書く、として。
そしてすぐ、〔倉庫〕を開扉。スイザル王城に戻ることも考えたけど、姫さんの一件を思うと、予告なしの転移はむしろ訳の分からない問題に発展しかねない。だからスイザル城宛の手紙を認め、「新魔法の研究で、直接ネオハティスまで転移してしまった。このままアドルフ王に謁見する」と伝えることにした。
また、コンロン城にも手紙を書き、既にネオハティスにいること、これからコンロンシティを目指すことを告げた。例によって、〔ポストボックス〕に入れた直後蓋を閉める前にその手紙は消滅したが。けど逆に、それがアドルフ陛下に手紙が届いたという、確かな根拠になっていた。
そして主不在の姫さんの寮に長居するのも失礼。オレたちは寮を辞した。
「さて、あとはアドルフ陛下からのリアクション待ち、になるな」
「どこで待つべきでしょうか? 連絡の取り易い、冒険者ギルドが定番ですかね?」
オレの呟きに、武田が。しかしそれを聞いて、松村が口を開いた。
「連絡待ちなら、もっといい場所があるぞ?」
そして有無を言わせず、歩きはじめた。
「雫、どこに行くんですか?」
「すぐわかる。そんなに遠くないからな」
武田の言葉にも、そっけなく。
そして辿り着いたその先は、(深夜まで営業していて、だから)店を閉めている、一軒の酒場。オレたちが先月この町に来た時に、陛下に連れられてきた店だ。
「こんにちは。マスターいますか? ちょっと時間調整に使わせてほしいのですが」
「はぁ? 店はとっくに終わってる。日が暮れてから来るんだな」
「むしろ、日が暮れるまで居場所がないのでお店を開けてほしいんです」
……どう聞いても、ずうずうしい客(未満)の言い掛かり、にしか聞こえねぇな。
松村の奴、選んでそういう言い回しをしているみたいだが?
「テメェらみてぇな訳の分からんガキどもを相手にするには、言葉じゃ足りねぇか。
痛ぇ目に遭いたくなければ、とっとと失せろ!」
「あたしは別に、構いませんけれど? 女相手に恥を掻きたくなければ、素直にマスターを呼んでくるべきでしょう」
「この女!」
ついに痺れを切らした店員その一が、松村に殴りかかる!
が、テレフォンパンチ。松村の、カモだ。
言い忘れていたが、オレたちは今平服で武装はしていない。朝食後の私室から〔倉庫〕経由でドリーの私室に飛んだのだから、当然だが。だから、盗賊ギルドの構成員であるこの店の店員は、ただの町人だと思ったのかもしれない。仮に冒険者だと見抜かれていたのだとしても、丸腰なら自分に分があると思ったか。
けど、素手の喧嘩なら、松村に対して万に一つの勝ち目もない。
……と思ったが。
松村はテレフォンパンチをダッキング気味に躱し、そのまま一本背負いに入ったのだが、そのゴロツキは瞬時に察して自ら体を宙に浮かせて逃げた。
なんとまぁ、柔道(柔術)の業を身に着けている、という訳か。
もっとも、付け焼刃の業など、松村に対しては意味もないが。
案の定、着地の瞬間の軸足を刈られ、地表すれすれの場所で強制半回転。怪我どころか痛みもなく、地面に寝かせられた。松村はそのままマウントを取り、改めて、
「――マスターを、呼んでください」
と、告げた。
◇◆◇ ◆◇◆
「俺の店の前で暴れているガキどもってのは、お前らか!」
店のマスターが飛んできた。
「あ、こんにちは、ですね。まだ久しぶりですって程間は空いていないと思いますが――」
「憶えてる。アレクが連れてきた、ア=エト達だな? 国に帰ったって話だが、何故ここにいる?」
「それを、ここで立ち話しする訳には。中に入って構いませんか?」
そしてオレたちは、店の中に入り。
「セレーネ姫が、保護されました。その話は?」
「……保護する為の、手勢を出すという話は聞いているが、誰が選ばれたのかとか、結果がどうなったのかとかは、まだ入って来ていない」
「リングダッド南方で異常な蠢動をしている中鬼が、何者かによって使役されていました。この話は?」
「……初耳だ。ホブゴブリンの異常行動自体は噂として聞いてはいるが」
「それらのことを合わせて、神聖教国と二重王国の間で戦争が起こります。開戦は、早くて夏にも」
「年内にはそうなるだろう、って予測は立っている。それがそんなに前倒しになるのか?」
「そのことを踏まえ。連合軍総司令として、飯塚が陛下と打ち合わせをする必要が生じています。
あたしたちが今ここにいることは、先程陛下にお伝えしました。
あとは、陛下からの返信待ちです。
という訳で、時間調整をさせてください。
……朝食は、食べてきていますので、何か落ち着ける飲み物を頂戴出来ますか? 酒精は抜きで」
ずうずうしいことこの上ない、松村の要求。
だが、これは。この酒場が、この王国の重要な役所であるという認識の裏返しでもあるんだ。
松村は今、「連合軍総司令として、飯塚が」と告げた。つまりこれは、公務による訪問という事になる。事前通知なしという事は外交的欠礼に該当するが、だから「ここで待つ」。しかも、盗賊ギルド本部をそれに使うのは、同時に迅速な情報共有の意味も持つ、という事だ。
その事を理解しているからか、マスターはしぶしぶお茶と、お茶請けの菓子を持って来てくれた。
◇◆◇ ◆◇◆
それから少しして。
「こんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした」
聞き覚えのある声が。
「あら、テレッサ」
「はい。私が皆様の案内役を任じられました」
毎度おなじみの、騎士だった。
「でも、良いの? 仕事の邪魔になっていない?」
「否、今の私は騎士位を剥奪され、団長閣下の秘書を務めておりますから」
ソニアの疑問に、テレッサ。って、え?
「騎士位を剥奪、って、何かあった、じゃなく、やっぱりあの時の?」
「陛下の真意を酌むことをせず、独断で皆様と交戦をした、というのがその理由でした」
「敗北」がその理由ではなく、「独断」で交戦したことが理由、か。
実際ソニアは「自分の狭い視野で判断するな」「『陛下の道を守る為』という理由で、陛下がお育てになっている花を摘み取ることは許されない」と告げていたのだから。
「それはそうと。
外交上の建前になりますが、『連合軍総司令官となられる〝ア=エト〟閣下を、陛下が招待した』という形になります。その為交通手段は全てこちらで手配させていただきます」
「わかりました。お任せします」
(2,760文字:2018/12/09初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/27 03:00掲載予定)
・ コンロン城の〔ポストボックス〕に入れた郵便物は、その全てが蓋を閉める前に消滅する訳ではありません。アドルフ王に対する私信に近い内容の手紙に限定して、消滅します。つまり、〝消滅〟させている邪女神は、取捨選択してそれを行っているという事。だからこそ、それ以外の手紙は、文官の手を経てアドルフ王の下に届けられます。
ちなみに、ウィルマーギルドとドレイク国コンロン城の遣り取り(の内私信に類する内容)も、実は〔倉庫〕を経由せずにアドルフ王に手渡されていたり。彼らが覗き見たり悪戯したりするとは誰も思っていませんけれど、でも某駄メイドはプライバシーに配慮しています。
・ 「テレフォンパンチ」とは、そのモーションがあからさま(腕を耳元まで引くポーズが、電話を掛ける仕草に似ている)で、「これからパンチを打ちますよ」と予告しているように見えるところから、素人のパンチを指してそう呼ばれます。
・ 酒場のマスター(盗賊ギルドのギルマス)が「年内にはそうなるだろう、って予測は立っている」と言っています。旧暦では、まだ年末ですが、新暦では、既に年は改まっています。




