第07話 総司令カケル・リンドブルム子爵
第02節 叙爵〔3/3〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
「ところで、此度の戦争では。
騎士様がた並びに全軍兵に、守っていただきたいことがあります」
王太子殿下に中鬼の脅威とその対策を語った後。飯塚は、そんな風に切り出した。
「それは、一体何だ?」
「はい。此度の戦争に於いて占領した町村の住民に対し、〝乱取り〟(略奪や暴行)を行わないこと。
それが、徴兵された民兵の権利であることは承知しておりますが、此度の戦争に限り、それを軍紀として厳格に禁じていただきたいのです」
「何故だ? そんなことをするメリットは、どこにある?」
「この戦争は、神聖教国と二重王国の戦争ではありません。余計な枝葉を取り払ってその本質のみを捉えたら、アザリア教国の現教皇派と新教皇派の、内戦です。
そして、セレーネ姫を後援する二重王国軍が、アザリア教国内を荒らしまわったとしたら。セレーネ姫が新教皇として即位した時、国民は姫君をどう思うでしょうか?
アザリア神は、善神です。なら、その旗を掲げるセレーネ姫の軍は、正義の軍として振る舞わなければならないのです」
「だが、ジョージ四世率いる聖堂騎士団とて、当然のこととして占領地の収奪を行うだろう。それは、善神に禁じられた悪行ではなく、それは戦場の習いであり、当然の報奨だ」
「だからこそ意味があるのです。
市民に対する略奪や暴行を禁じ、逆に彼らに対し糧食を提供し、軍民問わず怪我人を看護し、そして捕虜の尊厳を守る。そうすることで、相対的に聖堂騎士団を〝悪の軍隊〟と印象付けることも出来るでしょう。
此度の戦争は、敵を叩き潰せばそれで終わる従来の戦争とは違います。ジョージ四世とセレーネ姫。どちらが『善神の代弁者』に相応しいか。それを問うものでもあるのですから」
王太子殿下は、飯塚の話を聞いてしばらく考え事をした後。
「では、ア=エト。お前の好きなようにやってみろ」
そう、飯塚に告げた。
「はい、わかりました。……って、いえ、私の部隊には当然そのように指示をするつもりですが、軍全体に対し――」
「此度の戦争の、二重王国軍の総司令は、其方だ。
二重王国と名乗ってはいても、やはり二つの国は別の国だ。だから、スイザリアの将軍でも、リングダッドの将軍でも。どちらかの将軍が上に立てば、そこに必ず軋轢が生じる。
だが、其方なら。
スイザリアの冒険者ではあっても、スイザリアの国民という訳ではない其方なら、二重王国間のバランスは保たれる。それに、此度の戦争の意義を理解し、その全貌をデザイン出来るのは、其方だけだろう。……これは、其方の戦争でもあるのだしな」
これは、とんでもないことになった。だけど、飯塚に「大権を与える」というよりも、責任を押し付け、最悪の場合切り捨てる口実にする、という意味もあると思った方が良い。
「……それでも、軋轢は生じると思いますよ?」
「だがそれは、『二重王国軍兵とア=エト』の間で生じる軋轢だ。二重王国間でのそれではない。
そして其方の考えが正しいのであれば、それは不満を鎮めることにも繋がろう」
それでも。この、〝従来のこの世界の戦争〟とは違った戦争をデザインする以上、全権を委ねられるのはありがたいことだ。
「畏まりました。謹んで拝命させていただきます」
「それでいい。ついでに、スイザリア並びにリングダッドの両国より、其方に子爵位が、他の者たちには騎士爵位が叙爵される。
軍の階級と爵位は本来無関係だ。が、騎士の多くは貴族家の子弟だからな。形式的に大隊長級は騎士爵、指揮官は子爵に叙すのが通例となっている。
下級貴族とはいえ、外国人に対して爵位を叙するのは珍しいことだ。そして、二重王国の両国がともに、同時に叙爵することもな。
だが、其方なら。否、貴殿なら、恙なくその爵位を背負えるだろう。
カケル・リンドブルム子爵。
期待しているぞ」
「はい、わかりまし――って、〝リンドブルム子爵〟?」
リンドブルム。その姓は、たしか。
ドレイク王国の、『エンデバー号』の艦長、サリア・リンドブルム公爵の家名。
「ドレイク王国王太子である貴殿は、体裁上リンドブルム公爵の子として公表されることになるそうだ。赤の他人を王太子に指名するより、また庶出の王子を担ぎ上げるより、王妃である公爵との間に生まれた、世に知られていない嫡出の王子を王太子に指名する方が、世間が納得し易いからな。
その為、現時点での貴殿の立場は『公子』だが、二重王国による叙爵と共にドレイク王国に於いても『子爵』の身分が生じる。
……三ヶ国に跨り爵位を持つ〝ア=エト〟、カケル・リンドブルム子爵。これ以上、連合軍の指揮官に相応しい者は、いないだろう」
身分的には、これで様々な問題が解決する。
「ショウくん。リンドブルム公爵の家名を名乗るのは、ショウくんにとっても良いことなんだよ? 文句は後で、ドレイク王国に行って艦長さんに直接言えば良いことなんだから」
美奈は、むしろ嬉しそう。というか。
美奈は、昔言っていた。「リンドブルム艦長に、よく似た人を知っている」と。また、二人が良く語る、小母さんのこと。
そして、アドルフ陛下は雄二の師匠である〝爺さん〟の生まれ転わりだった。
なら。転生者である「サリア・リンドブルム」という女性も、もしかしたらそうなのかもしれない。これだけ〝縁〟が絡まっているのだから、もう一つや二つ縁の柵が増えても不思議ではないし。
「では、カケル・リンドブルム子爵。
貴殿の、旗印を決める必要があるな」
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〝ア=エト・ショウ〟ことカケル・リンドブルム子爵の旗印は、リンドブルム公爵家の旗印である『三叉の矛』に重なる『頭の垂れた麦』と『刈り取り用の鎌』であると知られる。
『頭の垂れた麦』は、大地の実りの象徴である麦、けれどその頭が下を向くことで庶民として育ったことで培われた謙虚さを表していると言われている。
また『刈り取り用の鎌』は、農民たちの誇りを表すと同時に、その誇りを守る為に戦う力をも表していると言われる。
そしてそれらが円を六分する形で交差することを以て、その頃からドレイク王国の雅称として知られるようになった「六花の国」を表しているのだという。
しかし近年。それらの説に異論を唱える研究者も現れた。
『頭の垂れた麦』は麦ではなく、稲穂である、と。
『刈り取り用の鎌』は鎌ではなく、種子島である、と。
当時の公爵家当主であるサリア・リンドブルムは冒険家としても知られ、ドレイク王国に種籾を持ち帰っている。だからそれが稲穂であるという説には説得力がある。
しかし、当時この世界に存在していなかったマスケット銃を旗印にする、という事は、さすがにあり得ない。だからこれは、珍説・奇説の類として、学界からも無視されている説であるが。
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(2,718文字:2018/12/02初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/21 03:00掲載予定)
【注:この世界で子爵位は、公爵、侯爵、伯爵のそれぞれの嫡子の、元服から襲爵までの期間の爵位とされています。何らかの事情で襲爵出来ず、生涯子爵位のまま過ごす人もいますが、この爵位は一代爵位です。
また、飯塚翔くんは、アドルフ陛下の嫡子(という扱い)になる為、ドレイク国内に於けるフルネームは、「カケル・アイドレイク・リンドブルム」になります】
・ ドレイク王国の爵位について:他国と多少の違いがあります。
☆他国:
〔本人―――配偶者――嫡子(成人後)――子息(成人前)〕
王――――王妃―――王太子(大公爵)―王子・王女
大公爵――王太子妃―王太孫――――――王孫
公爵―――公妃―――子爵―――――――公子・公女
侯爵―――夫人 (一代爵位の為子息の爵位はなし)
伯爵―――夫人―――子爵―――――――伯子・伯女
子爵―――夫人 (一代爵位の為子息の爵位はなし)
男爵―――夫人――(子息は襲爵まで爵位なし)
騎士爵 (夫人の身分はなし・一代爵位の為子息の爵位もなし)
準男爵 (夫人の身分はなし・一代爵位の為子息の爵位もなし)
* 「大公」の爵位は王太子の爵位であると同時に、上王の爵位でもありますので、その「子息」は〝今上王〟である場合があります。また上王妃の爵位は〝王太后〟です。なお、「カナリア公国」の上公の爵位は、在位時と変わらず〝公爵〟です。
☆ドレイク王国:(侯爵以下は他国と同じ)
〔本人―――配偶者――嫡子(成人後)――子息(成人前)〕
王――――公爵 《王太子》
大公爵――――――――――――――――王女(王子)
公爵―――王 子爵―――――――公子・公女
侯爵―――夫人 (一代爵位の為子息の爵位はなし)
伯爵―――夫人―――子爵―――――――伯子・伯女
子爵―――夫人 (一代爵位の為子息の爵位はなし)
男爵―――夫人――(子息は襲爵まで爵位なし)
騎士爵 (夫人の身分はなし・一代爵位の為子息の爵位もなし)
準男爵 (夫人の身分はなし・一代爵位の為子息の爵位もなし)
通常は「侯爵」「子爵」「騎士爵」「準男爵」が一代爵位ですが、ドレイク王国の場合「公爵」は「王妃」の爵位であることから、これも一代爵位です。ただその嫡子(次代)は「子爵」が認められますから、厳密には二代爵位?
「大公爵」はリリスとクリスの永代爵位、「王女」はエリスだけで「王子」はいません。また大公爵位が永代爵位である以上、爵位の継承という概念が無いので、立嫡(元服)というシステムもありません。「王太子」は血縁に伴う身分ではありません。飯塚翔くんは、〝通称〟王子であって「王子」という身分でなく、子爵位を与えられることになる訳です。そしてサリア・リンドブルム公爵に子はいません。
・ 拙作では、「王妃」は「王の正室」(敬称は「殿下」)、「王后」は「世継の王子の母親」(敬称は「陛下」)を指します。その為ドレイク王国では「王后」はおらず、「王妃」は本来スノー=ルシル妃殿下とルビー=シルヴィア妃殿下だけですが、国民は公爵全員とリリス大公を「王妃」と認定しています。……カケル・リンドブルム子爵が王太子と認められたら、サリア・リンドブルム公爵が王后陛下になる?




