第06話 大義名分
第02節 叙爵〔2/3〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
飯塚くんの戦略。それを実現する、手段としての戦争。
それを理解した上で、でもやはり複雑なものがあります。
「戦いの是非」を問われたら、必ずしもそれが悪とは言えない、と答えます。けど、
「戦争の是非」を問われたら、やっぱりそれは悪だとしか答えられません。
だから戦争は避けるべきだし、避けられなかったら早期に終結させなければなりません。
けれどボクらには、それ以外の選択肢はないんです。
「ジョージ四世を〝魔王〟と定義するのは良いとして、なら今から聖堂に忍び込んでサクッとその首級を取ってくればいいか、と問われたら、やっぱりそれではボクらの行為を『〝神に仇成す者〟を討ち果たした勇者』の行いとは認められないでしょう。
或いはゲームの勇者のように、魔王城に一旅団で突入し、並み居る近衛を薙ぎ払い、王の間で〝魔王〟を討ち果たしたとしても、第三者からは暗殺者の行いと区別がつかないでしょう。
なら、それを認めさせる為には、舞台を整える必要があります。
すなわち、大勢の騎士や軍兵が見守る中での一騎討ち。
或いは、生かしたまま捕らえて、国際犯罪者としての、公開斬首。
その、どちらかとすべきです」
ただ、その場合。一騎討ちなら、それに挑むのは雫じゃなく、飯塚くんでなければなりません。また、犯罪者として処刑するのなら、一定の弁明の機会を与えなければなりません。最悪の場合はそこで法廷論争に至り、海千山千の政治家でもある教皇相手に盤を返されてしまうかもしれないということです。
いえ、それ以上に。
「そうだな。そして、一騎討ちなど相手にとってもその一手で盤面を覆せる、という場面でもなければ受けはしないだろうし、仮に受けたとしても、向こうは平然と代理人を立てて来るだろう。
また、軍事法廷を開くのなら。その前段階として、軍の力で教国軍を撃破して、無力化してからでないと出来ない。つまり、少なく見積もっても万の死者を覚悟しなきゃならないってことだ」
その〝万の死者〟は、敵味方を問わず、軍民を問わず、です。
「そしてだからこそ、この戦争の戦略目標と落し処を正しく見極めなければいけないんだ。
二重王国にとっての戦略目標は、両国王にとって傀儡と成し得る偶像を新教皇に据えること。
俺たちにとっての戦略目標は、ジョージ四世を生きたまま捕縛し処刑することだ。
そして、セレーネ新教皇には、ジョージ四世を〝魔王〟と認定してもらわなければいけないから、姫君の即位、つまり二重王国の戦略目標の達成もまた必要になる。けれど二重王国にとってはジョージ四世の首級に価値はない。それこそ『討伐』の語義の通り、政治的に倒されればそれで充分なんだ。
また、落し処という問題もある。
二重王国にとっては、軍兵が暴走した挙句、教国の国土を焦土と化し全ての民を鏖殺にしたとしても、おそらくはジョージ四世の治政が続く以上の問題はない。
けど俺たちは、この戦争で必要になる棺の数を、可能な限り少なくしたい。
この二つの問題に、折り合いを付けなきゃならないんだ」
あの、リングダッド王国バロー男爵領の事件と同じです。
最後の最後で、求めるモノが違うから。最後の最後で、協力者である相手に裏切られる危険もあります。でも。
「それに関しては、味方もいます。他ならぬ、セレーネ姫です。
彼女は傀儡の教皇となることが定められた不幸な人ではありますが、それでも偶像としての名声は必要になります。
そして、〝アザリア神〟は『善神』。その代理人たる教皇が、鏖殺を主導し自国を灰燼に帰した、などと言われるのは、なるべく避けるべきでしょう。
その意味では。ボクらの流儀に寄ってくれた方が、即位後のセレーネ姫にとって有利になるという事です。それは、姫君を傀儡にしようとしている二重王国にとっても有利になりましょう。
つまり。今回の戦争で、セレーネ新教皇派は、徹頭徹尾〝正義の軍隊〟を標榜するんです。降伏した敵兵に対しては、自国の兵と同等の待遇を約束し虐待行為は禁止します。占領を受け入れた民に対しても、自国の都市と同等に食糧を提供し、怪我人や病人を看護し、一方で略奪も凌辱も、破壊も殺戮も禁止します。
正直、戦争のコストを考えると、通常の戦争よりはるかに高くつくでしょう。だけど、今回の戦争の場合。かかった費用は、その後時間をかけてでも教国から徴収出来ますから。
またそのように振る舞うことにより、相対的に相手を『悪しき魔物の王の軍』『善神に仇成すモノの軍』という印象が強まるでしょう。
それは、二重王国にとってもマイナスにはならないはずなんです」
◇◆◇ ◆◇◆
この戦争で、二重王国側は『正義の軍隊』として振る舞います。けれどその結果、セレーネ新教皇の〝偶像〟としての名声が、二重王国の〝傀儡〟として制御出来ないレベルにまで高まるかもしれません。そうなった場合、二重王国にとっては将来の戦略を見直す必要が出て来るでしょうけれど、ボクらにとっては戦後の女教皇の発言力の大小なんか関係ありませんから、文句はありません。
そう考えると、ボクらにとっての最大の味方は、セレーネ姫という事になります。
さて、そうなると。
今回の戦争は、侵略戦争でありながら世論戦でもあります。
教国内に侵攻しながら、道中の市民に対し「ボクらは正義の軍隊です」とアピールし続けなければならないのですから。むしろ、正面戦力よりその宣伝工作の為の部隊の方が重要なんです。
そして、正面戦力としては。
「聖堂騎士たちは、見方を変えると各国から〝背約者〟として放逐された者たちだ。〝違約紋〟持ちの、最後に行き着くところ。吹き溜まりでしかないのか、拠り所か。前者であれば、忠誠心なんか期待出来ないだろうから、一戦すれば蹴散らせるってことになる。後者であれば、おそらく最後の一兵になるまで死兵と化して抵抗するだろう。
後者であれば面倒だ。全滅させるまで脅威は消えないし、かといって全滅させれば俺たちは〝無慈悲な軍隊〟になってしまうからね。
そして、支配された中鬼。これは、長距離攻撃手段を持たない戦車隊だと思えばいい。一番有効な手段は、落とし穴だな」
「いや、飯塚。落とし穴って――」
「実際落とし穴は戦車に対して有効だぞ? 湿地帯を荒れ地に偽装して、その真ん中まで誘導した挙句そこに沈めるなんて、対戦車戦では典型的な作戦だ。
だから近代戦では、戦場となる場所の情報収集が、陸軍の生命線になっている。けど、この世界に戦車はない。なら、戦車戦の運用ノウハウを知っているのは、多分どこぞの〝真の魔王〟くらいだろう。
長距離攻撃手段がなく、身動きの採れない戦車なんて、それこそ陸に上がった河童だよ」
飯塚くんに掛かると、中鬼も河童、ですか。
(2,721文字:2018/12/01初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/19 03:00掲載予定)




