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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第七章:支配者は、その責任を自覚しましょう
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第05話 テイムとスタンピード

第02節 叙爵〔1/3〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 第887日目。あとひと月ほどで新年、というタイミングで。

 あたしたちは、スイザル王宮に入城した。


 入城し、セレーネ姫を王宮の方々にお任せして。

 あたしたちは、実務対応の為国王陛下並びに王太子殿下に呼び出されることとなった。


「そうか。神聖(アザリア)教国は、魔物支配(モンスター・)の魔術(テイミング)を使う、か」


 あたしたちが真っ先に報告したのは、むしろ〝表の依頼(クエスト)〟でしかなかったはずの、『中鬼(ホブゴブリン)の異常行動』についてだった。


「はい。ホブゴブリン自体とは(まみ)えることはありませんでしたが、教国はセレーネ姫の追跡或いは抹殺の為に、犬鬼(コボルト)を差し向けてきました。

 この事実だけでは、ホブゴブリンを支配(テイム)している根拠にはならないかもしれませんが、教国が魔物をテイム出来る根拠としては充分だと思われます」

「では、サウスベルナンド地方の小鬼(ゴブリン)も、か?」


 ……しまった。教国にテイムされていたコボルトと、アマデオ殿下と和睦(わぼく)出来たカランのゴブリンたちでは、様相が違い過ぎる。けれど、『カランのゴブリンの背後に〝魔王(サタン)〟がいる』というのが、あたしたちの主張の端緒だ。上手く其処(そこ)を説明しないと。


「まず、ゴブリンたちは、――というか、〝カランのゴブリンたち〟、と特定すべきでしょう――知性が異常に高く、また人間を理解していました。

 『カラン』というのは、フェルマール時代旧ハティス市の隣にあった村の名で、そこの近くに集落を構えていたゴブリンたちは、カラン村並びにハティス市と良好な関係を築いていたと()います。そこに意味があるのではないかと思います。

 ともかく、それゆえカランのゴブリンたち――知性ある(ワイズマン)ゴブリン、と称すべきかもしれませんが――は、自力でその支配(テイム)から逃れたのか、それとも〝サタン〟の魔物(モンスター)支配(テイミング)の最初の大規模実験だった為その魔法の効果が不十分だったのか。その辺りは何とも申せません」


 答えたのは、飯塚。

 はじめからこの(シナリオ)()いていた彼だから、これも想定()問答()()にあったのかもしれない。


「どちらにしても、〝(サタン)〟の〔魔物(モンスター)支配(テイミング)〕の効果とその対策について、カランのゴブリンから情報を得る必要があると思います」


 これは詭弁(きべん)ではなく、事実だ。

 いみじくも以前雄二が言ったように、ジョージ四世或いはその麾下(きか)の魔術師が使う、〔魔物(モンスター)支配(テイミング)〕の魔法は、カランのゴブリンから(もたら)されたモノだろう。つまり、カランの〔魔物(モンスター)支配(テイミング)〕と神聖(アザリア)教国の〔魔物(モンスター)支配(テイミング)〕は、同じものだという事だ。ただ、〝どちらからどちらに齎されたか〟という件に関する矢印の方向が逆なだけで。


「ですがその上で。テイムされたモンスターの群れは、ある意味自然に発生する〝魔物(モンスター・)氾濫(スタンピード)〟より、(くみ)(やす)くなる部分があります」

「それは、どういう事だ?」

「テイムされたモンスターは、その行動に明確な目的があります。例えば、先日の一件では〝セレーネ姫を抹殺する〟、という。その為、まずコボルトたちを指揮している術者とコボルトを物理的に隔離した上で、コボルトとセレーネ姫を繋ぐ直線上に(わな)を仕掛けておいたら、面白いくらい簡単にその罠にかかってくれました。

 もし(わず)かなりとも知性があれば、そのあからさまな罠は回避されたでしょう。けど、コボルトたちは回避する事が出来ませんでした。『罠を回避せよ』という術者からの指令を受け取れなかったからだと思われます。


 モンスター・スタンピードが恐ろしいのは。対策をする余地がないほどの数と勢いで蹂躙(じゅうりん)されるからです。けれど、テイムされたモンスターは、いくら数が多いと言っても数千が限度。テイムされたモンスターが更に別のモンスターをテイム出来るのなら――つまりカランのゴブリンたちのように、です――話は変わってくるでしょうけれど、その場合カランのように支配(テイム)から逃げてしまうのかもしれないのでしょう。

 個々の魔物の戦力は強大です。が、連携戦を練習出来ない魔物は集団戦では文字通り烏合(うごう)の衆であり、また臨機応変な独自判断能力に欠け、テイム下にあれば猶更(なおさら)自由な行動は採れません。

 ならあとは、指揮官たる術者の意図を読み解くだけで、単純な落とし穴程度の罠でもあっさり全滅せしむると思われます」

「……軍師に率いられた、腕力自慢の破落戸(ごろつき)、か。指示に従う事と、目の前の敵を粉砕することは出来ても、罠を見破るとか、仲間と協力して戦うとかは出来ぬ、と」

「おっしゃる通りです」

「よくわかった。その情報は、此度(こたび)戦争(いくさ)では明暗を分かつものになろう。冒険者ギルドに、報酬に色を付けるように(ことづ)けよう」

「有り難うございます」


◇◆◇ ◆◇◆


 実は、この会合を前にして。あたしたちは〔倉庫〕で話し合っ(ミーティングし)ていたことがある。


「考えなきゃならないことは、戦略目標と落し(どころ)、だ」

「どういう事だ?」


 飯塚の言葉に対して、柏木の疑問。


「俺たちの目的は、『魔王の討伐』。だが、〝魔王〟をジョージ四世と断じても、それを確認するのは誰だ? 〔契約〕では、それは教皇猊下の役割とされている。ではここで言う〝教皇猊下〟とは、誰だ?」

「〝現教皇・ジョージ四世〟と定義したら、当然〝魔王〟がジョージ四世本人だとは認めないでしょう。一方〝新教皇・セレーネ一世〟と定義したら、今度はセレーネ姫が〔契約〕に()う〝教皇猊下〟と認められるか、という問題が生じますね」


 雄二の回答は、今更な、根本的な問題だと思うが。


「そうだ。だからこそ、〝教皇〟がそれを否定出来ない環境を作り上げる必要があった。

 つまり、近隣諸国の王家や民衆が、『ジョージ四世こそが魔王(かみにそむくモノ)』だと認識すれば。本人が何と言おうと、ただの言い逃れにしか聞こえないだろう。

 では、近隣諸国の王家や民衆がそう認識する為には、何が必要だ?」


 それは。


「大きな事件。つまり、戦争だ」


 飯塚の戦略。それは、戦争を起こすことが前提にあったという事か。

 だからこそ、飯塚はそれを、あたしたちにさえ秘密にしていた。戦争になれば、当然無辜(むこ)の市民が巻き込まれるから。町が焼かれ、田畑は蹂躙され、女子供が犯され殺されるから。あたしたち五人の為に、万を超える赤の他人が犠牲になる策だから。

 その被害は、おそらく戦争が終わった後も長く続く。荒廃(こうはい)する人心、飢餓(きが)。それがわかっていても。

 〔契約〕を出し抜き、あたしたち五人が生き延びる為には、それが堅実な策だったから。


 だから。現在のこの状況は、あたしたちにとって飯塚にとって、幸いなことでもある。


 あたしたちの(せき)ではなく、国家の思惑(おもわく)により、戦争が起こるのだから。

(2,595文字:2018/11/30初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/17 03:00掲載予定)

【注:時系列的には、今話(からしばらく)は第01話と第02話の間の時期です】

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