第04話 マキア王国・カナリア公国 ~敗戦国の雪辱方法~
第01節 国際情勢〔5/6〕
◆◇◆ ◇◆◇
「聞いたか? 神聖教国のセレーネ姫が、スイザリアで。現教皇猊下に対する弾劾を宣言したそうではないか」
カナン暦726年の新年。
マキア王国王宮にて、同国国王は侍従にそう語りかけた。
「はい、伺っております」
「教国の教義に異論のある国は多い。しかし、それでもあの国は。
この大陸の、ひとつの正義の象徴だ。
それを、正面から弾劾した。しかも、教皇猊下の令嬢ともあろう者が、他国の王宮を借りて、だ。
……これから、この大陸の歴史が大きく動くぞ」
アザリア神は、そもそも正義と人間の善性を司る神だ。四大精霊神の上に立つ存在としてのその神の実在性に疑問を持つ者は少なくないし、マキアは公的にはアザリア神という存在を認めてはいない。しかしそれでも、ひとつの象徴としての『正義を司る神』の存在の意義は肯定出来る。
その、善神の代弁者であるはずの、教皇猊下の善性に対して、その娘が弾劾する。その影響は計り知れない。
無視をすればそれこそセレーネ姫の弾劾に反論出来ないと看做され、反論すればそれはすなわちセレーネ姫を担ぎ上げたスイザリア国王並びにリングダッド国王に対する弾劾になる。つまり、事ここに及んで、穏便な解決手段は無くなったと言えるのだ。
「これまで、大陸は。〝旧フェルマール〟派と〝反フェルマール〟派で二分されていた。
けれどこの演説の結果、〝親セレーネ〟派と〝現教皇〟派に二分される。
魔王国は、〝親セレーネ〟派として、二重王国と共同歩調を取ることもあり得るだろう」
「そんなこと、あり得るのでしょうか?」
「現に、二年前――年も明けたから、三年前、か――、ドレイク王国は、スイザリアの冒険者〝大弓使い〟とその一党の引き渡しを拒み、解放している。
そして昨冬、スイザリアのモビレア公女が、ドレイクに留学したと聞く。
両国は、この数年で急速に距離を縮めているという事だ」
「それは、我が国にとってあまり嬉しくないことですね」
「そうだな。我が国は、世間からはドレイク王国の支援で再独立が成ったと言われている。現実にはドレイクの支援など、大して意味がなかったにもかかわらず、だ。
だが我は、旧来の区分に謂う〝反フェルマール〟陣営に属することを選び、ドレイクとは距離を置いた。事物の真理を弁えない連中は、我の決断を恩知らずなどと、幼子を叱るかの如く放言するがな。
しかし、そのドレイクとスイザリアが手を取り合うというのなら。我が国は、その両国から敵対される危険があるという事だ。
その一方で、ローズヴェルト王国。あの国は、古きフェルマールの化石どもの国だ。
いくら情勢が変わろうと、宗主国を滅ぼした二重王国に与することはあるまい」
「それでは、我が国はこの歴史の節目に、如何に振る舞いましょう?
スイザリアがアザリア教国との間で戦端を開くというのであれば、西側国境に意識を向ける余裕がなくなるでしょう。なら、王都の一等地を占有する領事館を破却し、スイザリア本国なり北のブルックリンなりを切り取りましょうか?」
「祖国解放が成って、まだ丸二年だ。一時的に切り取ることは出来るだろうが、そこを恒久的に支配するにはまだ力が足りぬ。
だが、スイザリアとドレイクが手を取るのなら。海路を通じてやり取りをすることになろう。なら、両国の通商に我が国は欠けてはならぬ重要な要素になるという事だ。なら、その立場を両国に、高く売ることにしよう」
つまり、立場上は〝親セレーネ〟派に属しながら、〝親セレーネ〟派の両国の足元を見て対価を徴収する。それが、マキア王の選んだこの時代の戦略であった。
◆◇◆ ◇◆◇
「先の、セレーネ姫の弾劾に対し、教皇猊下が反論をなさったそうです」
カナン暦726年の春の二の月。
カナリア公国公王宮にて、公王はその報告を受け、既に引退した上公(先代公王)に報告をしていた。
「セレーネ姫は魔王に誑かされた、か?」
「おっしゃる通りです。ドレイク王アドルフを僭称する〝魔王〟によって誑かされた。セレーネ姫の奉じる〝神〟とは〝悪神〟のことであり、悪神の甘言に乗せられた姫は背神者となり下がった。と。
加えて物知らぬ姫を扇動し精霊神殿に弓引く二重王国は、早急に聖堂にて懺悔することこそが、神の寵愛を保つ唯一の方法である、と」
「だが、ここで猊下に膝を折ることを良しとするのなら、はじめからセレーネ姫の演説など認めはしなかっただろう。
……二重王国は、神聖教国と一戦を交える覚悟を決めていた。だから今更教皇猊下の意に従うことはない、という事だ」
カナリア公国は、軍事国家である。旧カナン帝国皇帝家の末裔を自称し――旧帝国皇帝家との血縁が全くないことは周知の事実だが――、旧領回復を国是として、近隣諸国相手に幾度となく干戈を交えてきた。しかしそれでも、カナリア公国はアザリア教国との間で戦争をしたことは、直接・間接を問わず、歴史上一度もない。それは立地的な理由でもあるが、同時に〝善神に歯向かう邪悪〟と認定されるのを恐れたという事もあった。
そしてそれは、ここでも大きな意味を持っていた。
「二十年前の、十文字戦争。我が国が負ったその傷も、既に癒えました。
リングダッドに、あの時の借りを返させていただきましょう」
二十年前の十文字戦争では。基本的に、リングダッド王国は(最終局面を除いて)カナリア公国と協調し、アプアラ王国と戦争していた。カナリア公国と戦争をし、その公都に騎士団を暴れ込ませたのは、ドレイク王国である。
そして、ドレイク王国がカナリア公国に攻め込んだその理由は、現公王が正妃にすべく連れ帰った、フェルマール王国ルーナ王女を手中に納めんが為、だった。
しかし。妃を奪われた現公王は、その報復の矛先をドレイク王に向けるのではなく、「リングダッドが不甲斐なかったから」とそちらに向けた。ドレイクに勝てなかった、どころかまるで相手にされず、それどころか「(当時の)公子である自分など、ルーナ王女に比べたら塵芥程度の価値もない」と言わんばかりの振る舞いを以て公都に背を向けたドレイクに対する憎悪の感情を、見せることはなかった。
これは、現公王が寛大だからではない。敗北を認められず、その事実ごと目を逸らしているからだ。
だが。当時のドレイク王国の戦力から、現在の戦力を推察すると。今ドレイク王国相手に戦争をしても、当時以上に圧倒的に勝算がない。なら、リングダッドを攻め、領土を切り取るなり戦費賠償を求めるなりして力を蓄える方が、現在の戦略としては正当だろう。
上公は、現公王の不甲斐なさに内心嘆息しながらも、基本的に公王の選択を否定することはなかったのであった。
(2,686文字:2018/12/01初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/15 03:00掲載 2021/08/13誤字修正)
・ 今話の分析はあくまでも両国王の主観に基づくものであり、その正確さを保証するものではありません。取扱説明書の注意事項をよく読み、その用量・用法は読者様ご自身で判断なさってください。




