第02話 ドレイク王国 ~仇敵国への報復方法~
第01節 国際情勢〔2/6〕
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「陛下。スイザル王城より、セレーネ新教皇猊下の演説の草稿が届きました」
新暦22年の1月(旧暦725年の末)。ドレイク王アドルフの下に、文官が書類を持ってやってきた。
「有り難う。……、どうした? 何か気になることでもあるのか?」
しかし、この文官は。どことなく不満そうな表情を隠しもしていなかった。
「やはり、納得がいきません。
二重王国が、神聖教国と戦争をする。それは結構なことです。けれどそれは、我が国とは関係のない話。出来れば両国が共倒れになってくれれば、万々歳でしょう。
けれど、陛下は二重王国を支援する方向で動いていらっしゃる。それが、理解出来ません」
この文官は、ボルド市の出身だ。ボルド市は、もともとフェルマール王国の地方都市であり、フェルマール王国が滅びた後も、ドレイク王国建国時までは事実上の都市国家として、独立不羈の立場を貫いていた。けれどそれは、フェルマール王国に対して距離を置く為ではなく、むしろフェルマール王家以外に仰ぐ旗を持たない、という意志の顕れだった、とも言われている。
アドルフ王が、建国と共にフェルマール第二王女ルシル姫を正妃に迎えることが内示されており、またフェルマール王家の王権の剣を唯一の正嫡であるムート王子より託されたことから、ボルドはドレイクに編入されることを受け入れたのだ、とも。
にもかかわらず、王太子として指名されるであろう者が、ルシル妃殿下の御子ではなく、魔王陛下が外に作った庶出の王子であるという。これは、ボルドの旧家出身の文官にとっては、裏切りに等しい差配としか思えない。
そしてその上、ここに来て。
フェルマールを事実上滅ぼした、二重王国を支援すべく、国を動かそうとしている。それが、納得出来ないことであった。
「確かに、国民からも不満の声は出ている。
特に、我が国の建国の地であるネオハティスは、旧ハティスの住民たちが拓いた町だ。そしてその、旧ハティスを滅ぼしたのも、彼らが難民となりこの地まで流れて来ざるを得なかったのも、スイザリア軍の侵攻に起因する。
それだけじゃない。この、旧フェルマール北部地方では、二重王国の一翼たるリングダッド王国軍によって焼き払われた町村も、少なくない。そしてそこから落ち延びた難民たちも、我が国で受け入れた。彼らにとって、二重王国は不倶戴天の敵だろう。我が国にとって、二重王国との〝縁〟は、悪縁の類なのかもしれない。
だが、だからといって、〝国〟と〝国民〟を、同一視することがあってはならない。
〝遠い国の言葉〟に、『神官憎けりゃ法衣まで憎い』というのがある。
だが、憎むべきは〝町を焼いた炎〟ではなく、〝火を放った悪意〟だ。一人ひとりの民を憎む必要はない」
「ですが、今陛下が事実上の同盟を結んでいる相手は、スイザリアの王その人です。
スイザリアは、当時の、フェルマールを業火の中に叩き込んだ王が、今なお玉座にて冠棚を務めていると聞きます。
陛下は、彼の王をお赦しになるのですか?」
確かに。そう考えると、ドレイク王が引用した格言は、的を外しているともいえる。だからアドルフ陛下はちょっと考えて、言葉を繋いだ。
「これも、〝遠い国の言葉〟だがな。『縁は異なもの味なもの』という。
この〝縁〟は男女の縁のことだが、国同士でも同じだろう。
どういう理由でその縁が結ばれるのかはわからない。悪縁が良縁に転ずることもあるし、良縁と思っていたものが悪縁で終わるかもしれない。
そして悪縁となった場合、多くの人は、その〝縁〟自体を無かったものにしたいと思うだろう。
けれど、〝縁〟が結ばれたなら。それによって齎されるモノが、必ずあるんだ。
なら、悪縁ごと、その齎されたモノを捨て去り無かったことにするか。それとも、悪縁ごと、その齎されたモノを受け入れるか。
多くの人は、前者を選ぶだろう。悪縁となった相手の痕跡など、ひとつ残らず消し去りたいと思うだろうからね。
だけど、だからこそ。その齎されたモノを受け入れ、活かせれば。
それだけ、普通の人よりも多くのモノを得るという事だ。
人間は、感情の動物だ。だから、憎しみを消し去れなんて言うつもりはない。
相手を赦せとも、『罪を憎んで人を憎まず』なんて綺麗事を言うつもりもない。
だが、一度縁が結ばれたのなら、その結果生じるモノから得られる利益を、最大化することを考えるべきだろう。
スイザリア王が、フェルマール王国を焦土とした? なら、彼の国との関係が改善した後、利子を付けて報いてもらおう。もしそれが無かったら、ドレイク王国はスイザリアと隣接して、友好的に興っていたのかもしれないのだから。
リングダッド王が、フェルマール王国を蹂躙した? なら、彼の国との関係が改善した後、我が国の国益の為に搾取させてもらうことにしよう。
精々、我が国に富を齎す為に、二重王国には発展してもらわないとね」
勿論、自国に富を齎す為には、相手国もそれなりに豊かになってもらう必要がある。その実例が、今では「北方三国」などと、ドレイク王国と一括りに呼ばれている、リーフ王国とアプアラ王国であろう。
リーフ王国は、国体としてはドレイク王国と敵対しながら。アプアラ王国は、『ドレイク王国の盾』としての立場を甘受しながら。両国はドレイク王国から大量の資本と技術、そして知識と人材を受け入れ、それ以前とは比較にならないほど豊かになっている。そしてそれが、またドレイクにとって良縁なる交易相手国としているのだ。
そんな実例があっても、目先の憎しみに囚われた文官にとっては、「報いてもらう」「搾取させてもらう」という、字面の印象に引き摺られ、アドルフ王の言葉に溜飲を下げ、理解を示した。
「それから、カケル……、ぢゃなく、ショウ王子に関してだが。
彼は、確かに王統譜に記載された子ではない。
が、彼の 母親 は、リンドブルム公爵だ。
つまり、彼の正規の身分は、公子。他の公子たちと、身分の上下はない。
まぁその母親 は、宮廷でドレスを着てダンスに興じるより、洋上の戦艦で船長服を着て元帥杖を振り回して悦に入るタイプだから、その息子も似たようなものなのだろうけれどな」
〝カケル・リンドブルム公子〟の名が世に知られるようになるのは。『魔王戦争』終結後のことである。
(2,536文字:2018/11/24初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/11 03:00掲載予定)
【注:「冠棚」とは、化粧棚の一種で、冠を置く為の家具です。なお後に、香炉を置く台として使われるようになりました。
「元帥杖」は、元帥(海軍は大提督)の位を示す儀仗(通常は長さ20cm程度のバトン)です。ちなみにサリア・リンドブルム提督の元帥杖はバトンではなく、流体操作補助に特化された魔法杖兼三叉矛という、実用を兼ねた形状をしています。刃物として戦闘でも使用出来ますが、同氏は専ら大型魚の解体の為にその刃を使用している模様】
・ リングダッド王国の王位は、二十年前の十文字戦争後に譲位されています。現王は、当時シュトラスブルグ攻囲戦に参加して、敗戦の責を負わされ一時は継承権剥奪を取り沙汰されたとか。
・ 独立都市ボルドがドレイク王国に併合される時の、ボルド評議会の判断は、前作『転生者は魔法学者!?(n7789da)』第八章第25話(第349部分)をご覧ください。
・ 一方的な搾取の結果、搾取される側が相応に富むのなら。それは立派に「健全な商取引」と言えるでしょう。
・ 今更ですが、飯塚翔くんとサリア・リンドブルム公爵の間に、血縁関係はありません。前世の関係が今世にも影響を、なんて言い出したら、字義通り「人類皆兄弟」になってしまいますから。




