第47話 確保
第06節 大戦の足音〔7/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
殺害した冒険者の死体と、出現した〔収納魔法〕内の収蔵品一式を全てボクらの〔倉庫〕に運び込むことで、証拠を隠滅します。そして改めて方針を確認しました。
「森の中には、聖堂騎士団がセレーネ姫を追って突入しているという話だ。おそらく、戦闘は成立していない。例の強盗団がレジスタンスになり、姫の支援者となってここまで連れて来たのだとしても、騎士団それ自体と戦える力があるとは思えないからな。
なら、もし既に姫が騎士団にその身柄を確保されてるのなら、正面戦闘で騎士団を粉砕する。なんて莫迦ばかしいことはする気がない。暗殺戦で、削れるだけの戦力を削った挙句に姫を強奪する。その場合、松村さんも手を汚してもらうことになる」
「もう既に、覚悟が出来ていると、何度言ったらわかるんだ?」
「と、言っているが、武田。どうだ?」
雫の覚悟に対して、飯塚くんはボクに問います。
「雫の手は、麹と酵母と乳酸菌を育てる為の手です。余計な雑菌に触れさせたくはありません」
「という事で、可能なら回避したいんだけど。今回ばかりはそう上手くいくとは限らない。だからその状況の時は、武田、お前も覚悟を決めてくれ」
それは、命を天秤に載せてまで過保護を貫くな、という事です。
「だけど、もしまだ身柄が確保されていないのなら。
一角獣の脚力で、強引に姫の身柄を奪い取るという選択肢がある。
この場合、余計な戦闘はしない。追撃の矢を逸らすのは、美奈の〔泡〕。場合によっては撒菱代わりに武田の〔クローリン・バブル〕を置いていく」
「わかりました。それで行きましょう」
すると、柏木くんが。
「だが、風向きは大丈夫か? それに、森の中だと――」
「平野部では北風。だが、森の中では風は渦を巻く。だからとろとろしていたら俺たちも捲かれるな。けど、ガスが伝播するより早く森を抜ければそれでいい。そして、森の中のその他の動植物に対する配慮は、する余裕がない」
全員の合意を取り、武装を解除。今度はスピード勝負ですから、なるべく軽装であることが求められます。いくらユニコーンの脚力が強くても、重装備で騎乗したら相応にスピードが落ちますから。
武器を手にするのは、飯塚くんだけ。姿勢を崩さずに攻撃するという点で、弩は優れていますから。そして、六人が密集陣形で、森の中に飛び込みます。
先導は、髙月さんの〔泡〕。すぐに、逃げている小柄な人影と追っている重騎兵約10騎を確認出来たとの報告がありました。
「一発勝負だ、松村さん。確実に拾い上げろ!」
「任せろ!」
そしてボクらは、騎士団の斜め後方から、聖堂騎士団とお姫様の間に割って入り、問答無用で雫がお姫様を掬い上げました。
「確保!」
「ヨシ、そのまま! 武田!!!」
号令しながら、飯塚くんは振り向いて騎士団に向けてクロスボウを発射。ボクも、〔クローリン・バブル〕を放流します。
「あ、あの、貴女たちは――」
「今、ご挨拶申し上げる余裕はないの。わからない? わからないならこの場に捨てていくけど、どっちがいい? わかったのならしっかり掴まっていなさい!」
「わ、わかりました」
「飯塚、何処まで走る?」
「取り敢えず美奈の索敵範囲の外までだ。美奈、〔泡〕は付けたか?」
「大丈夫。先頭の偉そうな騎士さんに、付けておいたよ?」
あの一瞬で、そこまで。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、ある程度の距離を走った後、馬の行き足を止めました。
雫が荷物を抱えるかのように抱えていたお姫様も、ここで降ろします。
そのお姫様。年齢はソニアと同じくらいに見えますが、この世界の人間の年齢は、見た目ではわかりません。けど、文字通り「箸より重いモノを持ったことがない」というような箱入りの令嬢であることが窺えます(箸は現在ドレイク王国の一部にしかないようですが)。
「さて、では改めてご挨拶しましょうか。
セレーネ姫、で宜しかったですね?
俺は、〝ア=エト〟と呼ばれています」
「! 貴方様が、ア=エト様でいらっしゃいましたか。
はい、私は現教皇・ジョージ四世の娘、セレーネです」
「スイザリアへの亡命を希望なさっている、という話ですけど、それはあのごうto……、ではなく、レジスタンスから話を聞いたのですか?」
「はい。彼らからア=エト様のことを聞きまして、頼れるのはア=エト様しかいないと思い、勝手ながら――」
「彼等とは、どうやって知り合ったのですか?」
「私の知り合いに、〝下町の聖女〟様と知己だとおっしゃる方がおりまして、その方に紹介してもらいました」
「〝下町の聖女〟とは?」
「私は良く知らないのですけど、彼らは昔、あまり宜しくない素行の方々だったらしいのです。けれど、〝下町の聖女〟様と出会い、諭され、正しい道を見出されたのだとか」
「で、彼らは?」
「ここに来るまでに、全員……」
「そうですか。わかりました。
姫君が〝下町の聖女〟と呼ぶ女性は、俺たちの仲間です。そして、確かに俺たちと聖女は彼らに、『もし正道を行くというのなら、俺たちが支援することも出来る』と安請け合いしました。
それに基づき、姫君が俺に保護を求めるというのであれば、それも良いでしょう。
けれど、本当に理解されていますか? 姫君が外国に助けを求めるという事が、何を意味しているのかを。それは、戦争のきっかけになるという事を。
姫君は、その結果流れる血の量に値する対価を、どのように支払うつもりですか?」
「血は、既に流れています。私を守ってくれた彼らの血、のことではありません。
父の、間違った教義解釈の結果、知られずにたくさんの血が流れているはずです。
だから、それを止める為には、これは必要な仕儀だと思われます」
「表向きは、ジョージ四世猊下の治政で流れた血はありません。悪人も善神に帰依し、全ては善なる神の御意志の下、平等な社会が成立しています。
姫君は、その平和を乱し混沌を生み出そうとしています。
姫君の正義は、何処にありますか?」
「悪を糺さず、贖わず、その罪に報いることなく赦すことが正義だというのなら。
被害者を、犠牲者を、その遺族を。弔うことなく救済することもなく放置することが善だというのなら。
私は邪悪で構いません。それが混沌だというのなら、人間は混沌の中で生きることが宿命付けられているのでしょう。
でも、その中でも仮初の秩序を生み出すことが、為政者のすべきことだと考えております。それが他国の思惑に踊らされることになるのだとしても」
セレーネ姫が、自分の力で或いはその幕僚の力で、国を立て直すことは、不可能でしょう。
だから、他国の介入を必要悪と認めています。それゆえに、此度の亡命劇となった訳ですね。
(2,680文字:2018/11/20初稿 2019/08/31投稿予約 2019/10/03 03:00掲載予定)
・ 麹菌は、日本固有(厳密にはヒマラヤ原産)の菌類で、「有毒な成分を排出する能力を持たない」菌なのだそうです。日本の国菌にも指定されているとか。ちなみに、韓国のマッコリ他の酒類には、日本から輸出された麹菌(通称「河内菌」)が使われています。
・ 美奈さんが粘着性の〔泡〕を付けた騎士さんは、直後〔クローリン・バブル〕の中に突っ込み、急性塩素ガス中毒で呼吸器不全を起こし、儚くなってしまいました。つまり、聖堂騎士団の追跡状況を把握する役には立ちませんでした。
・ 武田雄二「雫の手は、麹と酵母と乳酸菌を育てる為の手です」
髙月美奈「武田くん、失格。そこはちゃんと、『ボクの子を抱く為の手です』って言わないと」
・ 某高位神官の令息「私は、〝下町の聖女〟と親しかったのです。個人的に温情を戴き、また僅かながらも聖女の為に金貨を寄進しました」
セレーネ姫「まぁ、なんという徳の高い。その聖女様とはどのように出会い、どのような話をなさったのですか?」
令息「……(言えない。娼館ギルドで予約して、人気の娼婦を買っただけだなんて、この純真な姫君に言えることじゃない)……では、聖女の友人だという者たちと話をする機会を設けましょう。彼らも聖女と関わったことで、真の神の愛を知ったといいますから」




