第45話 走査
第06節 大戦の足音〔5/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
中鬼が、誰かに支配されている可能性がある。
その〝誰か〟は、神聖教国の教皇の可能性が高い。
とはいえそれは、単なる可能性。そしてその可能性を検証することは、現時点での優先順位は高くない。むしろ、今後確実に起こるアザリア教国との間の戦争で、その可能性を無視することは出来ない、という程度だ。
そう。セレーネ姫の保護に失敗したら、アザリア教国は姫を誘拐し暗殺した、と二重王国を指弾し、進軍するだろう。
保護する事が出来たら、今度は二重王国がセレーネ姫を擁立して、教皇ジョージ四世の退位を迫り、それを拒む神聖教国との間で戦争になるだろう。
事此処に至り、二重王国は戦争を行う覚悟を決めた。『悪人の庇護者』となっている神殿教会、聖堂騎士団、神聖教国の存在を、悪と断じたんだ。
これは、各国の魔術師ギルド、各国の神殿(末殿)と対立することにもなるだろう。国は、内外に敵を擁することになる。それでも、戦いを決意した。
そこには、俺たちの知り得ない事情もあるんだろう。例えば、教会が各国に要求する喜捨の額が国家予算に対する負担になっている、など。或いは、魔術師ギルドに所属する魔法使いが宮廷で幅を利かせ過ぎている、とか。
けれど、そこまでは各国の事情。俺たちの事情じゃない。
けれど、各国は俺たちの事情を利用し、そして俺たちは各国の事情を利用する口実を得た。それが、このセレーネ姫の亡命だという事だ。
◇◆◇ ◆◇◆
「だけど、飯塚。どうやってセレーネ姫を捕捉するって言うんだ?
逃げ回ったその結果、スイザリア王宮を目指すはずがリングダッド領内に入っている、ってことは、律儀に街道を走っている訳じゃないってことだと思うが」
柏木の言葉。その通りだ。
「だから、今回はソニアに一方的に頼ることになる」
「私に、ですか? 構いませんが、どのように?」
「有翼騎士団の、本業だ。つまり、ボレアスくんに乗って上空から偵察してもらう。
その際、俺たちのスマホを持って行ってもらう。動画モードで進路上を撮影・記録してもらう。
何かを狙って撮影する必要はない。一定角度で固定して、90分。なるべく広範囲を遊弋してほしい。勿論、肉眼で気になる物が見えたら、そっちに向かって構わないけど、90分したら、俺たちのところに戻って来てほしい。
そして、〔倉庫〕でその映像を解析する」
昔は、ソーラーバッテリーひとつで充電を賄っていた。だから、電池の無駄遣いは出来なかった。
けど、魔王陛下から魔石動力充電器を貸してもらっている。これがあれば、〔倉庫〕内でも充電が出来るってこと。つまり、外界で充電の為の時間を作る必要がないという訳だ。
「大体の針路を定め、その両翼30度を走査範囲に指定し、撮影してもらう。この方向は、湿地があっても背の高い密林の場所は限られる。それ以外の場所を確認してからでも、密林の中に足を踏み入れる必要はないだろう」
「けどその上で密林に足を踏み入れていたら?」
「だけど、セレーネ姫が、密林の中を走破出来るスキルがあるとは思えない。追い立てられて密林の中に入った、という可能性はあるだろうけれど、その場合はその森の周囲を、アザリアの騎士たちが包囲しているはずだから、すぐにわかる。包囲が成立している状況なら、もう救助は諦めた方が良いだろう。
俺たちが見つけ出し、保護する対象は、確かにセレーネ姫だ。
だけど、セレーネ姫を捜すより、それを追跡しているアザリア聖堂騎士団の動きを追う方が、確実にセレーネ姫を捕捉出来ると思う。
だから、ソニア。その意味では、ホブゴブリンの動きもヒントになるかもしれない。
もしホブゴブリンが神聖教国にテイムされているのなら、セレーネ姫包囲の為に動員している可能性もあるからな。
そうでないとしたら、表のクエストの有力な情報にもなる。だから、ホブゴブリンを発見したら、その動きも記録しておいてくれ」
「かしこまりました」
「俺たちの現在位置は、15分ごとに直上に〔光球〕を打ち上げることで示すつもりだ。けど、基本的には針路247、平均時速20km程度で移動する。地形によって予定通りの進路が取れない可能性もあるけれど、それと〔光球〕による位置表示で特定は可能なはずだ。
90分の撮影時間、そして帰還に要する時間。合流し次第〔倉庫〕を開き、休憩と動画の解析をする。
ソニアも休むときにはしっかり休むように」
「わかりました」
◇◆◇ ◆◇◆
この世界に来て、880日目の朝。俺たちは、チャークラを出立した。
ホブゴブリンの調査にしても、セレーネ姫の捕捉・確保にしても、一日で終わるクエストでは、普通ない。けど、俺は今日の日が暮れるまでに、少なくともセレーネ姫の所在だけでも捕捉しておくつもりだ。
有翼騎士の索敵範囲と、〔倉庫〕で情報分析に充てる時間、並びに休息の時間。これを併用することで、ソニア単騎で特殊部隊一個中隊並みの諜報能力を期待する事が出来るからだ。そして、作戦基地となる俺たちもまた移動することで、ソニアが帰還に要する時間を節約出来、更に活動範囲を広げられるのだから。
秋も終わりのこの季節、日の出の時間はずいぶん遅い。
そして、市門の開門は日の出と共にとなっているから、何となく時間を無駄にしたような気になってしまう。
だけど、午前中だけでソニアは四往復出来る。俺たちも、80kmは移動出来る。つまり、このペースなら今日のうちにスイザリア・リングダッド・アザリアの三国国境まで辿り着けるという事になる。そして、セレーネ姫は既にリングダッド領内に入っているとの情報がある。なら、単純計算で、昼前後の時間帯にソニアはセレーネ姫或いはその送り狼たちを捕捉出来るという事だ。
逆に言えば、それまで手掛かりさえ見つけられないのであれば、捜索範囲を間違えているという事。それでもその時には手掛かりを見つけられているものと思われる。
朝11時の走査まででは、セレーネ姫の手掛かりは見つからなかった。また、ホブゴブリンたちの影も。その一方で、魔兎や魔鹿などが、通常の生活圏から離れて北西方向へ移動していることが確認出来ている。まるで、南東方向にある湿地帯から追い立てられるように。
そして、12時半の走査で、東の方の森を廻り込むように移動している冒険者たちの姿を捕捉。
「この冒険者、クエスト中の罪のない一般市民、だと思うか?」
「十中八九、神聖教国に雇われた猟犬だろうな。が、〝十中十〟でない以上、問答無用で攻撃する訳にもいかない」
「それに、〝猟犬〟だとしても、どの程度情報を持っているかは確認する必要があると思うわ。場合によってはあたしたちにとっても有益な情報を持っているかもしれないし」
俺の問題提起に、柏木と松村さんが。そう考えると。そして武田が総括する。
「なら、取り敢えず接触しましょう。無関係ならそれで善し、そうでなければ可能な限り生かしたまま捕らえて情報を吐かせる。抵抗が激しければ斬り捨てる。それで行きましょう」
「よし。なら全員、近接対人戦闘用意」
(2,843文字:2018/11/20初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/29 03:00掲載予定)
・ 走査(録画)時間90分でも、〔倉庫〕内で5時間かけて分析出来ます。うん、こう考えると本当に〔倉庫〕はチートだな。




