第44話 ミーティング・9 ~モンスター・テイミング~
第06節 大戦の足音〔4/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
あたしらは、リングダッド王都チャークラの冒険者ギルドのブリーフィング・ルームで、今回の依頼の説明を、他の冒険者たちと共に聞いていた。
とはいえ、はっきり言って、聞き流していた、というべきか。あたしらにとっては、これは「表の依頼」、擬装の為のモノでしかないのだから、しなければならないものではない。
にもかかわらず、飯塚はかなり身を入れて聞いていた。そして、幾つか職員に対して質問もしていた。それが、気になった。
「飯塚。今回のクエストの、何をあんなに気にしていたんだ?」
だから、〔倉庫〕に入ってミーティングをする際、それを彼に聞いてみた。
「中鬼の異常行動。普通、魔物の異常行動と言えば、その縄張りを離れて出没するとか、普段狙わない小動物を貪り喰うとか、そういった、どっちかって言うと能動的な行動を指すものだ。
けど、今回のホブゴブリンの異常行動。『姿が見えなくなっている』って言うものだという。
なら、ここに第三者の〝意思〟を見るのは、穿ち過ぎか?」
「第三者の意思?」
それは、つまり。
ホブゴブリンたちが、何者かによって使役されている、と?
「魔物使役。これは、古代カナン帝国の時代から、各国の支配者たちが研究し、けれど実現には至っていない魔法技術だと言われている。
けれど、現在。俺たちは実際に、テイムされたモンスターを、何度も目撃している。
具体的には、魔王国の有翼獅子。まだ間近に見た事はないけれど、有角騎士団の一角獣もそうだろう。
カラン王国は、大鬼や犬鬼、喰屍鬼などをテイムしていた。
そして、魔王国やスイザリア王国サウスベルナンド領とカラン王国の関わり合いも、第三者から見たら〝テイム〟と看做されるだろう。
また、俺たちの〝森〟に住むユニコーンたちも、分類的にはテイムかもしれない。
だけど、これらは。大きく三つに分類する事が出来る。
魔王国や俺たちの、グリフォンやユニコーンに対する扱い。
魔王国やサウスベルナンド領と、カラン王国の関係。
そしてカラン王国の、オーガやグールに対する扱い、だ。
魔王国のグリフォンやユニコーンに対する扱いは、生物の三大欲求、食餌と繁殖、そして安全を人類側が保障する代わりに、その力を魔王国の為に役立たせるというものだ。
グリフォンやユニコーンは、魔物であるがゆえに、生物としては通常の動物より弱いんだろう。リリスさまがおっしゃっていたじゃないか、『足りない分は魔素が補う』って。つまり、欠落があるんだよ。なら、魔力で補う方法を習熟していない幼生期は、場合によっては普通の動物より弱いかもしれない。何らかの条件が成立しない環境では、ただ生きることさえ難儀するのかもしれない。
それを、人類側が補い、保護する。それが、おそらく魔王国の魔物使役の基本だと思う。
魔王国やサウスベルナンド領とカラン王国の関係。これは、〝テイム〟じゃない。一般の人々がどう思おうと、ゴブリンを人間と対等な存在と認めて、〝交易する〟。それだけだ。ただそうと認められない人間からは、〝テイムした〟と思われるだけのことで。
そして、カラン王国のオーガやグールに対する扱い。これは、完全に支配・被支配の関係になる。
支配・被支配の関係というと、――俺たちは自分たちのこともあるから――〔奴隷契約〕を連想する。では、この奴隷契約とは、一体何だ?
ひとつ。被支配者側が何らかの理由で、支配者の意思に従うことを受け入れるもの。
ひとつ。暴力などの〝力〟で、被支配者の抵抗意欲を奪い、支配者の意思に従わせるもの。
前者は、借金奴隷や犯罪奴隷がこれに該当する。要するに、『借金を棒引きにしてもらう為に』『犯罪を赦免してもらう為に』、その立場を奴隷の側が受け入れるものだ。ちなみに、俺たちの〔奴隷契約〕も、これに該当する。俺たちが、それを受け入れた。だからこそ、それを〔契約〕の外から破棄する事が出来ないんだ。
魔法は、ただ単にそれを補助しているに過ぎない。魔法の介在しない契約なら、自分に嘘を吐いたり、前言を撤回したりすることは簡単に出来るからな。
後者は、地球人類史に於ける奴隷と同じだ。暴力で。権力で。或いは社会保障的に。つまりは〝奴隷〟という立場を失ったら、生きていくことさえ出来ない境遇に置くというものだ。海を渡って別の大陸に連れていかれるとか、ガレー船の櫂を漕がなければ海に放り出されるとか、な。
なら、その支配の裏付けとなる〝力〟を上回る〝力〟があれば、その立場から解放される。十九世紀の人権運動なんかが、いい例だな。
魔法による支配も、ここに含まれる。そして、ほぼ間違いなく。カラン王国が、オーガやグールを支配していた方法も、これだと思われる。
だとすると。
カラン王国は、その魔法の開発に成功していた。けれど、その情報統制は、どの程度出来ていた? 魔王国のように、人類国家のように、その秘密を厳密に管理出来ていたのか?」
飯塚の、まるで演説のような長口舌。けれどその内容は、到底聞き流すことの出来ない重大な意味を持っていた。
「ゴブリンは、魔物。それが、この世界の常識です。だからこそ、魔物から情報を得ようなどと考える非常識な人間は、滅多にいないでしょう。だから、カラン王国も、情報漏洩を怖れていなかったのかもしれません。
けれど、非常識な人間など、いつの時代にもどこの世界にもいます。そして、時代を作り世界を動かすのは、常にそういう非常識な人間です。
もし、どこかの誰かが、カラン王国の秘密に気付き、そのゴブリンに対し交渉なり脅迫なり拷問なりをして、その秘密を得たのなら。
その者が、今ホブゴブリンをテイムして、組織化しようとしていても、不思議じゃないってことですね?」
雄二が、飯塚の言葉を総括した。
「そうだ。それが誰かはわからない。
ちなみに、この世界の魔術師ギルドの総本山は、アザリア教国の大聖堂にある。
異端魔術師は本流から当然ながら外れるが、万一何らかの理由で、その異端魔術師が組織の頂点に立っていたら?
騎士王国の魔術師長も、異世界から人間を召喚するなどという異端の考えを持っていた。けれど、あの国の魔術師の長に立っていた。
そう考えると、状況証拠でしかないけれど、容疑者筆頭はあの国、という事になる」
擬装のはずの、表の依頼。けれど。
もしそうであれば、アザリア教国は、本来の国力以上の戦力を擁したという事になる。
「その場合。〝悪しき魔物の王〟の悪名を、現教皇・ジョージ四世猊下自らが引き受けてくれるってことでもあるけどな」
(2,642文字:2018/11/18初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/27 03:00掲載予定)
・ 魔物から知識を得ようとする〝非常識な〟魔術師。そういった連中が、廃都カナンに赴き、そこに住まう〝古の大賢者〟から知識を得られるのでしょう。ちなみに、教国の某『筆頭魔術師』がカラン王国並びに廃都カナン(二度目。一度目は〔縁辿〕を学ぶ為)に赴いていた時。聖都では、聖堂騎士団の一軍が10人弱の冒険者集団相手に戦争を吹っかけ、全滅するという事件が起こっておりました。
・ 飯塚翔「前者は、『社畜奴隷』や『派遣奴隷』が該当する。つまり、『社会保険に加入する為』とか『お給料を受け取る為』、その立場を奴隷の側が受け入れるものだ」
柏木宏「そうなりたくなければ経営者になれ、ということか」
武田雄二「経営者は経営者で、苦労が多いんですけどね。社畜労働者より長時間働いて、給料は額面では何十万と示されていても、その全部が会社の運転資金に回されるなんてザラですし。それで足りなくて定期預金を解約しなきゃならないこともあります。従業員にボーナスを出す為に家を売る経営者だっているんですよ?」
・ 一見関係のない話ですが。ドレイク王国の魔物(それも国家に保護される立場にある魔獣)は、総じて体内に持つ魔石が小さいです。それは一般の魔物にとって体内の魔石が育つ幼少期に、ドレイクの魔物たちは人間の手によって保護されまた魔力が外圧的に循環させられてしまうので、人間や亜人のように、体内に凝る余地が少ないんです。
その意味では、「体内に魔石を持つモノは魔物」という認識(魔石を持たないのは、〝ヒト〟)は、間違いではないのかもしれません。
ちなみに〝森〟で進化した一角獣たちは、はじめから体内に魔石を持ちません。魔石が凝る幼少期は魔獣ではなく一般の稚獣だったので。




