第42話 未来の夢と現在の希望
第06節 大戦の足音〔2/9〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「ついでだ、飯塚。
お前なら、ドレイクの有角騎士団相手に、どう戦う?」
柏木くんの、興味本位の質問。だけど。
「対騎戦の戦術は、もう研究され尽くされている。
対騎戦を想定した歩兵の戦術、
対騎戦を想定した歩兵の戦術に対抗する為の騎兵戦術、
対騎戦を想定した歩兵の戦術に対抗する為の騎兵戦術を迎え討つ為の歩兵戦術、
って言う具合にだ。
そうなると、あとは敵の布陣とその意図を可能な限り早く読み取り、それに対抗する為の布陣を相手に察知されないように組み立てることが求められる。
なら今度は、相手を誘う為に戦陣を組み、戦闘開始の直前直後に迅速に布陣を組み替え、相手がそれに対応する前にその布陣で蹂躙する、なんていう作戦も出てくる。
もっとも、相手の突撃を前にもたもた布陣の組み替えをしていて、陣形が整う前に粉砕される、なんてこともあるだろうし、陣形の組み替え意図を察知され、陣形の組み替えが終わった頃には相手もその陣形に対応する布陣に組み替えられている、なんてこともあるだろうけれどね。
要するに、相手の布陣を読み取る諜報索敵、それに対応する最適な戦術を提示する作戦参謀、そして命令に従い迅速に陣を組み替えまた突撃する各部隊。それがまとまって、初めてその戦闘に勝利する事が出来るという事だ。
以前のテレッサ隊のような、一部隊が他部隊と連携せず、単身突出してくる状況だというのならいくらでも戦いようがある。けど、実際の戦争で、そんな状況はあり得ない。というか、単身突出を誘う事が出来たらその部隊に対しては勝ち確定、だからな。だからこそ、一部隊を単身突出させてそこに敵が群がってきたところを包囲する、なんていう戦術もある訳だし。
つまり、定石通り戦えば勝てる、なんて思っているのなら、経験豊富な実戦指揮官にとってはただのカモ。必勝不敗の戦術なんて、相手が誰であろうと存在しないってことだよ」
机上のシミュレーションに意味はなく、特定の相手に対する特定の戦術を考案しても、むしろ誘い込まれる隙にしかなりません。から、現状のような「知的ゲーム」で考えるのなら。対戦相手の出方を想定出来ない以上、考えるだけ無駄でしょうね。
◇◆◇ ◆◇◆
ユニコーンを敵戦力として想定した戦術研究などは、今のボクらにとっては暇潰し以上の意味はなく。ただその圧倒的な機動力・脚力を認識するに留めることにしました。
そして、リングダッド王都チャークラまでは、昼夜分かたず騎走すれば、ロージス国境から三日で着きます。けど、こんな初冬の内陸部で、夜間に騎走などすれば、また風邪をひいてしまうでしょう。
だから、夜はゆっくり機動要塞で休みます。そうしていても、五日もあれば到着するのですから。
◇◆◇ ◆◇◆
878日目の日没後。ボクらはチャークラ近辺まで着きました。
この時間だと、もう市門も閉まっています。とはいえこの場所にドレッドノートを出したら、目立って仕方がありません。
だから、少し離れた林の中で、ドレッドノートを展開。但し、ここではドレッドノートの強みである「高床式」が意味を成しません。樹を登れば普通に入ってこれますし、魔物は上から襲い掛かってくるのが当たり前。
その為、周囲の樹々には『鳴子』を付けて、登ってくる不審者に対する警戒とします。その上で、三交代制で周辺警戒。
思い出すのは、モビレアギルドに登録する前の、プリムラさんの試験を受けていた頃。
あの時とはだいぶ状況が変わっていますけど、あの時は髙月さんと飯塚くんが同じ班になる、と二人と一緒の班になった柏木くんが嘆いていました。
そして、今回の班分けは。
「別に、難しく考える必要はないだろう? 飯塚と髙月、武田と松村。どうせペアなんだから、ゆっくり話す時間を採ればいい」
「なら柏木くんも、ソニアとゆっくり話をすべきだね?」
と、変に気を回した柏木くんに対し、〝お節介小母さん〟と化した髙月さんにツッコまれていましたけど。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、ボクらの班は最初から23時まで。確かに、雫と二人きりの時間を採れるのは、貴重かもしれません。
「雫は、やっぱり将来は清酒造りを?」
「ああ。数少ない女杜氏となり、姉さんの作った『泪の雫』に負けない清酒を作りたい」
「でも、やっぱりあの業界って、女性にとっての参入障壁って高いんじゃないですか?」
「確かにな。酒造りは男社会だから、女に対する偏見は、少なくない。
酒造りに携わる職人は同じ場所で寝泊まりするから、そこに女がいれば風紀が乱れる。女が船に乗れば船が沈む、って言われるのと同じ理由だな。
或いは、血の穢れ。経血は雑菌の塊だし、生理痛で動けない杜氏なんて、邪魔にしかならないし。
それに、昔の女は家庭で糠を漬けていたからな。漬物も酒造りも、乳酸菌が作用する。けど、全く違う働きだから、糠漬けの乳酸菌を酒の醸造樽に持ち込む訳にはいかないって問題もある。ちなみに、パンのイースト菌も同様だし、最悪なのは納豆菌だな」
「そういえば、こっちに来たばかりの頃に、〝枯草菌〟の話をしてくださいましたね」
「そういう事だ。天敵の研究は、欠かせないからな」
こう並べられると、ただ女性というだけで苦労が多いことがわかります。
「だが、風紀の乱れは、それを管理出来る施設を用意すれば事足りる。生理の問題も、今は昔と比べて生理用品は発達しているしな。……というか、だからこそこっちでは厳しいモノもあるけど」
「そういえば、お二人ともそっちの問題はさすがに表に出しませんね」
「さすがに、な。こっちでは不思議なくらい周期も安定しているから、予定外の生理ってのはほとんどないんだ。ちなみに、そろそろあたしは排卵期だな。何なら既成事実を作るか?」
「……勘弁してください。それに、今雫が妊娠、なんてことになったら、色々困ったことになりますから」
ボクの方から振ったネタですけど、見事に返り討ちにされました。男が女性の生理を気にするのはデリカシーに欠けますが、けど好きな女性の生理の話は自分の人生設計にも直結します。「生でヤれる日・ヤれない日」なんていういい加減な気持ちじゃなく、本人の体調管理の意味も込めて。知っておくことは必要なんです。
「そういう雄二は、将来はやっぱり保険屋か?」
「まだ、決めかねています。保険代理店法人の社長って言うのは、社長の息子がなれば良い、ってモノじゃないですから。経営と事業を切り離すのであれば、保険募集の現場を知らない人間が社長になることも出来ますけれど、やっぱり営業の現場で経験を積んでからでないと、代理店の経営は出来ません。
保険会社によっては、代理店の従業員を保険会社側で出向として受け入れ、コースによっては1年とか2年とか、社員と同列にノウハウを教えてくれるという制度もあります。これを利用するのが、父の会社を継ぐ最短距離ではありますね。
他に、爺さんみたいにコンサルもやりたいですし。だけど、それは代理店経営と共存出来る夢だと思っています」
「雄二の〝爺さん〟。つまり、アドルフ王の前世、か」
「ええ。飯塚くんとは別の意味で、あの人を超えるのがボクの一つの目標ですから」
(2,891文字:2018/11/13初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/23 03:00掲載予定)
・ ここまでの野営時は、睡眠を〔倉庫〕で採り、外界では全員が起きてました。が、都市近郊であれば魔物の危険も下がる為、全員で待機する必要はない、という名目で、二人の時間を作らせてあげたのです。
・ 平成23年次の資料によれば、日本の女性杜氏は30人強しかいないそうです。
・ 女性杜氏がこれまでいなかった理由の一つとして挙げられた、「糠漬け」説は、弁護士・高橋雄一郎氏の平成30年3月27日7時46分35秒のツィートが原典です。が、これは「一説」であって全てではないでしょう。
そもそもが、宗教的戒律、偏見による差別、凝り固まった男尊女卑、歴史的経緯等、理由に事欠きません。酒造りの現場が男社会だというのは、むしろ理由の方が後付けかも。トンデモ説の中には「経血に含まれる雑菌が酵母菌と異常反応するのでそれを忌避して」等というのもありますし、一方で「酒造りは高温蒸気を扱うなど危険且つ過酷な作業だから、女性に怪我をさせたくないから」という説もあります。
もっとも「杜氏」の語源である「刀自」は「女主人」という意味がありますから、語義からすると本来酒造りは女の仕事、なんですけれど。
・ 「イースト菌」は、漢訳すると「酵母菌」になります。より正確には、「パン酵母」(Saccharomyces cerevisiae)が日本での俗称「イースト菌」であり、「清酒酵母」(Saccharomyces sake)が日本では「酵母」と俗称されています。ちなみに、性病の元凶の一つであるカンジダ菌もイースト菌の一種なのだとか。もっとも、酵母菌は更に多数に分化しており、ほぼ毎日新しい菌種が発見されている状況ですから、そういった大区分はあまり意味がないともいえますが。
・ 「経血は雑菌の塊」。ちょっと誤解を招く表現ですが、栄養豊富な液体である血液は、当たり前ですが雑菌の繁殖に最適です。また、泌尿器には常在菌他多くの雑菌がおりますので、そこを通過する経血は、衛生的に清潔とは言い難いものとなっています。経血に限らず血液は、体外に出た時点で不用意に触れることは危険(感染症のリスク)です。
・ 「安全日だから」既成事実に誘うのではなく、「排卵期(危険日)だから」既成事実に誘う、雫さん。「既成事実」=「性行為」、ではなく、「既成事実」=「子作り」。的確に、逃げ道を塞いで行っています。
・ 「保険会社によっては、代理店の従業員を保険会社側で出向として受け入れ(以下略)」というのは、東京海上日動火災保険㈱の「IP制度」をイメージしています。「従業員(幹部職員)育成コース」「後継者育成コース」「独立創業コース」等があります。他の保険会社にも似たような制度があると思いますが、筆者は残念ながら存じ上げません。




