第41話 戦略的価値
第06節 大戦の足音〔1/9〕
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〔ポストボックス〕の意義、というか有用性を最初に知らしめたのは、やっぱりブルックリンの総督解任事件だっただろう。本来なら疑惑を察知し、調査員を送り、結果報告を受け、決断し、それを通知するだけで軽く一年はかかることが、(いくら状況が整っていたからといっても)半日で終わってしまったんだから。
だけど、オレたちがネオハティスに着くまでは、それはアドリーヌ公女が個人的に手紙を書く為にしか使われなかった。
けど、俺たちがネオハティスに着き、「000-0009」の〔ポストボックス〕がアドルフ王の手に渡った途端。それぞれが、すさまじい勢いで〔ポストボックス〕を活用するようになっていった。
一番頻繁に使われているのは、モビレアギルドとウィルマーギルドの冒険者ギルド間通信。朝晩の仕分け時には、常に〔アイテムボックス〕満杯の書類が投函されている。
また、スイザリア王宮とモビレア領主城或いはアマデオ殿下との間の連絡も、一日一便は必ずある。スイザリアの王族間通信として上手に運用されている。
オレたち宛の連絡も、少なくない。一番多いのはやっぱりアドリーヌ公女からのモノで、一昨日は、公女に婚約者がいると知った森妖精の級友が、「〝殿方を悦ばせる48の方法〟研究会」なるサークルに勧誘して来たと報告してきた。どんな内容なのかという質問だったけど、とにかく髙月が激怒し、「ドリーが今考えることじゃない!」とかなりきつい言葉で返事を書き、同時にアドルフ陛下の下に苦情を入れた。
そして、意外なほどに頻繁に手紙の遣り取りをしているのが、スイザリア王宮とドレイク王宮の間で、だった。朝にスイザリア王宮から手紙が投函され、晩にはドレイク王宮から手紙が投函される。内容は開封していないから知らないけれど、おそらくはお互いの返事を半日のタイムラグで送り返しているんだろう。朝晩が逆にならないのは、多分アドルフ陛下が夜間に仕事をしたくないからに違いない。
けれど、これはオレたち素人の目線からでも、別の効果があることがわかる。
これまでは、「得体の知れない魔王」と思っていた相手と、下手な貴族より頻繁に手紙を交わし、様式も体裁も無視して感情をぶつけ合う事が出来れば。当然ながら相互理解が進む。誤解は解け、疑問は解消する。なら。
単純に相手を敵視することが、難しくなるという事だ。
当然、これまでの二十年の歴史を考えると、いきなり方針転換することは出来ないかもしれない。けれど、上手くすれば軟着陸させる事が出来る。その為の一手となるという事だ。
そして、873日目の朝。
スイザリア王宮から投函された手紙。いつもの通りドレイク王宮宛と思っていたら、それとは別にオレたち宛の連絡もあった。
それによると、ロージス・リングダッド間の国境の関を、サウスベルナンド伯爵旗並びにモビレア公爵旗を掲揚して通過せよ、とのことだった。
リングダッドの国境警備兵に対し、既にその両旗を掲揚する馬車が〝ア=エト〟のモノであり、一切の臨検を必要としない旨通達してある、とのこと。そして、そのままリングダッド王都チャークラ、その王宮に向かうようにとの指示があった。
また、同時にウィルマーギルドからも分厚い封筒が。開けてみると、中にはオレたち宛の手紙と、「チャークラ冒険者ギルド長」宛の封筒が同封されており、オレたち宛の手紙には、「リングダッドの王陛下との謁見の後、同封の封筒をチャークラのギルドマスターに渡せ」との指示があった。
何かが、起こっている。二重王国両国にとっての重大事が。そして、それに関する冒険者の立場で、オレたちに依頼が指名されることになる。それはもう、間違いない。けれど。
それは本当に、オレたちでなければならないことなのか? さすがに便利使いされて、本来のオレたちの旅が遠回りになるのでは、文字通り本末転倒だ。場合によっては、リングダッドの王陛下との謁見後、ギルドマスター宛の手紙は破棄して帰路に就くことも考える必要がありそうだ。
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ともかく、細かいことは王都チャークラに着いてから、と考え、チャークラまでの騎走を開始した。
ただ、従前は馬を休ませる為に小まめに休憩を取り、また一定間隔で馬を交換する必要があったけど、馬が一角獣に進化した今となっては、馬より先に人間がばてる。だから、90分走って〔倉庫〕で休憩、その際に馬を換える、ということにした。
しかも、「馬を換える」といっても、馬がばてるから、じゃない。馬たちの間で「お前らばっかり乗ってもらって狡い!」という喧嘩が起きるからだというのが、また業が深い。
「だけど、こうしてみると。
二十年前の『十文字戦争』で、ドレイク王国が圧勝した理由がよくわかりますね」
「確かにな。空には有翼騎士団が遊弋して索敵と通信それに輜重を担い、要所では狙撃と爆撃で地上部隊を掩護する。
またその輸送に於いても〔アイテムボックス〕で事実上上限なしで物資を運べる。
更に地上部隊には脚力も持久力も、一般の馬とは比較にならないユニコーン。
これじゃぁリングダッドに勝ち目なんかある訳がない」
「言い換えると。兵の質に依らず、装備と運用だけで勝てる戦争を構築したってことだ。
そもそも、それが現代地球の地上戦の戦略教義だし、有翼騎士団――独立騎士のような例外はあるけど――の運用コンセプトもそうだし、そしてそれ以上に戦争する時は必ず勝てるように状況を整えてから開戦するのは、最高司令官である元首の義務だ。
なら、アドルフ王が有翼騎士団と、ユニコーン部隊――なんて言ったっけ? 〝紅の有角騎士団〟と〝翠の有角騎士団〟、か――を擁することになった時に、ドレイク王国と武力衝突する要因を残しておいたことこそが、リングダッドの敗因だといえるだろう。
装備に差があるのなら、戦端を開かず多少の譲歩――或いは屈辱――を呑んででも、外交で決着を付けるべきだったんだから」
「でも、リングダッドはその時に、その事を知っていたんでしょうか?」
「知らなかったのなら、ドレイク側は外交戦でも勝利していたってことだろう。隠し通したのか、それとも気付かれる前に戦端を開いたのか。
何にしても、ドレイク王国はその戦争で、勝つべくして勝った。それだけは事実だろうな」
そして今。オレたちは100頭を超えるユニコーンを擁している。場合によれば、これは一軍団に匹敵する戦力になる、という事だ。この件でも、国家による干渉を警戒する必要があるだろう。
(2,631文字:2018/11/10初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/21 03:00掲載予定)
・ 欧米の駄洒落に、こんなのがあります。「問:ドラゴンが昼間にしか活動しないのは何故?」「答:ナイト(夜/騎士)が怖いから」
・ 二十年前の『十文字戦争』の頃には、ドレイク王国に有角騎士団は一つしか有りませんでした。またその頃の、有角騎士団以外の騎兵は妖馬という、「角の無いユニコーン」と言うべき魔獣を騎獣として利用していました。もう少し具体的には、「ユニコーン」は雄で、「コーサー」は雌、だったり。瞬発力と筋力はユニコーンが勝り、持久力はコーサーが勝る、という違いもあります。そして〝森〟にいる、ユニコーンとコーサーの合計数は現在300頭(仔馬を除く)を超えています。




