第40話 シュトラスブルグという町
第05節 示された道〔5/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
アプアラ王国ロージス領都シュトラスブルグの駅に着いたのは、871日目の夕方だった。ので、王都ウーラと同じく、駅舎併設の宿に。
この、「駅舎併設のホテル」。鉄道というインフラが出現したことで、俄かに増えているのだそうだ。鉄道(それも長距離列車)の場合、出発も到着も時間が明らかだから予定が組み易く、予約がないとしても利用客数を事前予測出来る。
しかも、最近はレールを使った電信が実験的に始まっており、簡単な短文形式ではあれど駅と駅、駅と列車の間での通信も出来るようになっているのだとか。その為、終着駅で降りる客数も事前に想定出来、かなり便利になっているようだ。勿論、祭りなどがあれば収容客数をオーバーしてしまう事もあるだろうけれど、逆にそれは駅舎併設であるか否かを問わない事情だから、対応も出来るという訳だ。
そして、一夜明けて、872日目。
今日は一日町を散策し、夕方町を離れるという予定になっている。
この領地には、誰でも入境出来る。農民であれ、職人であれ、前科持ちであれ、〝違約紋〟持ちであれ。だけど、入境してからの生活が保障されているかと言えば、そんなことはない。
そもそも入境自由と言っても、もともとの領国からの出国が自由に出来るかと言えば、そうとも限らない。農民に移動の自由などは本来ないし、職人だってギルドの制約事項があるだろう。前科持ちや〝違約紋〟持ちとなれば、猶更。
だから、多くの入境者は夜逃げ同然にロージスを目指す。そしてだからこそ、追手は領境で待ち伏せる。
そうなると、次に生まれるのは「逃がし屋」だ。外国側の関で出国を認めさせる為に手筈を整える(手形や身分証明書を調達したり、或いは偽造したりする)者、ロージス入境後の保障を請け負う者。勿論その全てが善良な人間とは限らない。手数料だけ取ってあとは知らんぷりする「逃がし屋」も、少なくないであろう。彼らはそれぞれの国では非合法活動をするという事なのだから。
そして、そういった苦労を超えて入境しても、彼らはすぐに生活出来るとは限らない。農地だって湧いて出るモノじゃないし、仕事だってすぐに見つかるとは限らない。それこそ信用問題に繋がるから、前科持ちや〝違約紋〟持ちの場合猶予期間が置かれることになる。また〝違約紋〟持ちの場合、そうなるに至った状況の確認が必要だろう。
それでも、少しでも確実に職にあり就きたいと、領都シュトラスブルグを目指すのだそうだ。
領都シュトラスブルグには、現在大陸一の規模を誇る冒険者ギルドがある。
冒険者ギルドは、手に職を持たない移民たちに仕事を与えることが出来る機関でもあり、また制限なく入境を許している関係上、トラブルの種は尽きない。そして〝違約紋〟持ちであっても、ここのギルドで銅札を得られれば、一定の禊が済んだと判断される。もっとも、銀札以上となると、大本の〔契約魔法〕の内容次第では国やギルドにまで影響が及ぶことになるので、そちらを片付けてからという話になるようだけど。
同じく現在大陸一の規模にまで成長したのは、商人ギルドだ。
領内に無制限に人が流入するという事は、すなわち「ヒト・モノ・カネ」が集まるという事。特に、北の「鉄道網による流通」と南の「馬車で編成された商隊による流通」の結節点でもある訳だから、商機などいくらでも転がっている。と、一旗揚げようと夢見た商人たちが、商人ギルドに集うのだそうだ。
同様に、入植者に対して開拓地を紹介したり、休耕地を有償譲渡したりするのも商人ギルドの業務となる。
鍛冶師ギルドや職人ギルドなどは、どうしても縄張り意識が強い。けど先任者もまた移民であり、先祖代々の住民の方がごく少数、というこの地の特性を考えると、『来る者拒まず、去る者は追わず』となるのは必然。しかも、「持ち去られたら困る知識や技術」などこの地には無いに等しいし。
逆に言うと、それがこの地の欠点だ。「この地にしかないもの」がない。「この地でしか生まれないもの」はあるけれど、それは近隣各国の文化の合成物だから。それはそれで凄い事でもあるんだけど。
◇◆◇ ◆◇◆
夕方になって、俺たちは都市を離れた。
「こんな時間に外に出たら、次の村に辿り着けないぞ。この辺りは魔物の脅威は小さいけれど、外まで治安を保証出来ないからな。大丈夫なのか?」
市門を守る衛兵に心配されてしまったけど。
「大丈夫です。一応腕に覚えもありますから。
お気遣い有り難うございます」
礼だけ言って、町を離れた。
実際、下手なホテルに泊まるより、俺たちの機動要塞の方が安全で快適だ。それに、もう一つ確認しなければならないこともあったんだ。そしてそっちに関しては、日中人目のある所より、夜間の方が適している。
それは、一角獣に進化した、馬たちの能力確認。
馬達とは、意思疎通が出来るようになっているのが有り難い。馬たちが無理なく長距離走れる速さで走ってもらって、どの程度の違いが出るか。
……結果は、俺たち人間の方がばてた。
スピードは、体感で以前の3割増し。そして航続距離は、2時間休まず走っても、まだ疲れた様子が見えない。けど、乗っている俺たちはもう耐えられなくなっていた。
「だから、騎乗には正しい姿勢と体重移動が重要なんです」
「大変よくわかりました。これから精進します」
ソニア先生からの、説諭。馬たちのスピードが上がっているという事は、それだけ鞍上の騎手に係る振動や負担が大きくなっているという事。今までは馬の持久力の方が低かったから、「45分並足で、5分速足で、そして10分休む」というサイクルだと、人間側の疲労もそれほど蓄積せずに済んだ。けど今は、「90分以上速足で」となると。
騎乗に於ける「正しい姿勢」とは、騎手の負担が最も小さい姿勢。その〝姿勢〟を維持するのはそれなりに負担だけど、長時間騎乗する時にかかる負担を最小限にする姿勢だという事だ。これまでは馬の方が先に休憩を必要としていたから、騎手の俺たちは多少姿勢が悪くても次の休憩まで持たせられたけど、これからはそういう訳にはいかない、という事だ。
そして、このまま走れば今夜中に、国境を越えることが出来そうだけど、当然夜間は国境の関は開かれない。だから関の手前でドレッドノートを出して、野営をすることにした。
そして、翌朝。
従前の予定を変更し、馬車を引っ張り出して馬たちに牽かせることになった。
それは、〔ポストボックス〕のスイザリア王宮から届いた、一通の指令書に従った結果だった。
(2,640文字:2018/11/07初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/19 03:00掲載予定)
・ 「シュトラスブルグ」という地名は、フランスのアルザス州の州都シュトラスブルグ(ドイツ語発音:フランス語発音で「ストラスブール」)から借用しており、その意味は「街道の町」です。
・ シュトラスブルグの冒険者ギルドは、「人間相手の」業務を主に行うギルドの中で最大。「魔物相手の」業務を主に行うギルドで最大の規模を誇るのは、ネオハティスです。
・ 商人ギルドも、シュトラスブルグのギルドの値付けが大陸北方の基準となります。ボルド(ネオハティス)のギルドは、どちらかというと倉庫業・輸送管理(運送仲介)業が主体。ちなみに、陸運商人の本拠地として最大となる都市はシュトラスブルグ、海運商人の本拠地として最大はボルドです。
・ 「『持ち去られたら困る知識や技術』などこの地には無いに等しい」。鉄道関係の知識は、「持ち去られたら困るもの」に該当します。が、残念ながら他国ではまだ再現する技術がありません。高炉製鉄技術がなく、その為「製鉄と鉄工」が分業されていないので、「鉄製品の量産」はまだまだ難しいのです(ドレイク王国も、国外に製鉄所を置いたりはしていない。それ以前に高炉製鉄は戦略級機密情報だし)。ましてや魔石動力と言っても、無属性魔石は「竜の山」(ドレイク王国の本領)から離れれば、ただの消耗品(消費し尽くしたら、霧消する)であり、ドレイク王国から輸入する以外、再入手不可能ですから。
その一方で、幾つかの農法や優良種子の選別法などは、この領地から他国へと流出しています。
・ 騎乗の姿勢は、短距離・短時間だとむしろ「正しい姿勢」の方が疲れます。が、長距離・長時間だと、疲労蓄積の度合いが桁違いです。




