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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第六章:進路調査票は、自分で考えて書きましょう
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第37話 藪と水車と煉瓦の町で

第05節 示された道〔2/5〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 あたしは、アイルランドに実在するブッシュミルズには、行ったことがない。

 そして。イギリスで行方不明になった、(るい)姉さんの旅券(パスポート)には、アイルランドへの渡航記録はなかった。

 けれど。

 異世界ドレイク王国ビジア伯爵領ブッシュミルズ。この世界でも有数の、高級ウィスキーの産地。

 ここに、泪姉さんの足跡があるというのであれば、この地名さえも姉さんと何か関係があるのかもしれない。


 ブッシュミルズ。スコッチ、バーボン、カナディアン、ジャパニーズと並び称されるアイリッシュの、更に最古を自負する蒸留所を(よう)する町。アイルランドのブッシュミルズは、「ブッシュ(Bush)(River)」の(ほとり)に作られた水車(Water)小屋(Mill)に由来すると聞いたことがある。けれど、この世界のブッシュミルズは、点在する灌木(Bush)()うように流れる川の畔に作られた水車(Water)小屋(Mill)に由来するのだという。けど、どう考えてもその名をこじつける為に、〝この町の始祖〟が水車を作ったようにしか思えない。


◇◆◇ ◆◇◆


 駅で、途中下車証明書を貰って改札を通過した。ドレイク王国の長距離列車の場合、所要日数一日につき二回(二泊)までの途中下車が認められるのだという。あたしたちの切符は、オークフォレストまでで二日間行程だから、合計四回。それを計算に入れ、切符の有効期限は六日あるのだそうだ。このブッシュミルズで三泊しても、問題はない。もっとも、そんな長逗留はしないだろうけど。


 まっすぐ歩いたその先は、この町でも最古の蒸留所。その名も「パインヴィル蒸留所」。……「(パイン)(ヴィル)」って、そのまんまじゃないの!

 呆れた気持ちになりながら、蒸留所の見学を申請。一通り見学する。うん、日本酒のそれとは全然違う。まぁ蒸留所と醸造所が同じなはずはないけれど。

 熟成中の樽の貯蔵庫を通り抜け、こういうツアーでは定番の、試し飲み(テイスティング)

 当然、最上級の『ティアードロップ』に一直線。


 だけど。そのボトルのラベルを見て。あたしは(なみだ)(あふ)れるのを、止められなかった。


「【雫】、って、書いてある」

「下の文字、英語だね。

 〝Dedicated to My Dear Little Sister.〟 『親愛なる妹に捧げる』」


 このラベル。日本語を知らない人には、紋章のように見えるかもしれない。

 英語を知らない人には、模様にしか見えないだろう。

 けれど、漢字とアルファベットで、そう書かれていた。それが、このラベルの図案だったんだ。


 この町には、姉さんの足跡がある。

 ……そんな次元の話じゃ、なかった。


 この町そのものが、姉さんがこの世界で生きた(あかし)

 そして、このお酒は、姉さんが生涯を掛けて追い求めたモノ。

 そこに込められた無辺の愛情。


「ここに、このお酒の開発経緯が書いてあるよ。

 この町の始祖・ルイさんが、生涯を()けて研究し、でも死ぬまで納得するお酒が作れなかったんだって。

 だから、その開発は子孫たちに委ねられたって。

 四代目の村長さんが、ようやく満足出来る物を作れるようになったって。多分、これならルイさんも満足してくれるだろうってお酒が。

 そのお酒を、ルイさんが付けたがっていた銘柄『ティアードロップ』としたって。

 そして近年、ネオハティスからガラス製のボトルが(やす)く入手出来るようになって、それにルイさんがノートに(のこ)した図案を描いたんだって。


 アドルフ陛下がこの町に来て、初めて『ティアードロップ』を飲んだときは、まだこの図案は世に出ていなかったんだね」


 美奈が、解説書を読んでくれるのを聞きながら。

 あたしは、震える手で、改めて『ティアードロップ』をグラスに注いだ。


(ねぇ、このお酒、美味しいね。パパの作るお酒より辛いけど、おじいちゃんが笑った時みたいにすっきりするよ?)

(アンタねぇ、6歳で酒を語るんじゃないわよ。ってか、父さんは洋酒はあまり好きじゃないみたいだから、そんなこと言ったら怒られるわよ?)

(でも、美味しいものは美味しいよ? パパの作るお酒もこのお酒も、どっちも美味しい。それじゃ駄目なの?)

(……そうだね。どっちも美味しいね。なら、あたしは父さんの清酒に負けないウィスキーを、造ってみようかな?)

(お姉ちゃんの造るお酒、かぁ。楽しみだな)


 そう言えば、あれがきっかけだったのかもしれない。姉さんが蒸留酒造りを志したのは。でも洋酒嫌いな父はそれを認めず、喧嘩になり。

 姉さんのことを支持してくれた祖父が資金を出してくれて、姉さんはイギリスに留学し、その先で行方不明になった。誘拐された、という可能性が一番高く、だから治安の悪い外国(とつくに)なんかに行かなければ、って父は(いきどお)っていた。ちょうどその頃、イギリス国内で政治事情だかを理由にテロが頻発しているって話もよくニュースになっていたから、猶更(なおさら)


 でも、今でも。

 父は、洋酒を飲むことが増えた。けど、その時はいつも一人で。

 多分、和解出来ないまま永別した、長女のことを想いながら。


◇◆◇ ◆◇◆


 あたしは、一人でこの町を散策した。誰も、ついて来ようとはしなかった。

 アイルランドのブッシュミルズと言えば、北緯55度。アジア地方では、樺太(サハリン)の北端あたりか、カムチャッカ半島の一番幅の広いあたり、或いはアリューシャン列島の北寄りがそれくらいの緯度になる。けれど、大西洋を渡る風のおかげで澄んだ青い空を(あお)ぐと聞いたことがある。

 一方こちらのブッシュミルズは、内陸の、大森林が途切れた小高い丘。空の色も、北の空のような澄んだ色、とは、もしかしたら言えないのかもしれない。

 けれど、空は高く、渡る風は優しく、どこか故郷を思い浮かべる。

 そう言えば、柏木も言っていたっけ。ウィルマーの風景は、日本の銀渓苑のある町に似ているって。やっぱり、こっちに根を下ろす人は、故郷の風景になるべく近い町を選ぶんだろうか?


「松村さん」


 そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。この声は、武田だ。


「どうした? もう列車の発車時刻か?」


 夕方発の便だと、明日朝にオークフォレストに着く。あたしたちは、それに乗る予定だ。


(いいえ)。まだ少し、時間があります」

「そうか」


 そして、あたしたちはまた、無言の時間を過ごす。

 けれど。


「なあ、武田」


 あたしは、元の世界に戻れるという目途が立った時から、考えていたこともあった。

 それを、ちょうどいいから口にしてみたくなった。


「何でしょうか?」

「元の世界に戻れたら、だけどな」

「はい。」


「あたしと、結婚しないか?」

(2,570文字:2018/11/05初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/13 03:00掲載予定)

【注:地球・アイルランドのブッシュミルズの蒸留所オールド・ブッシュミルズは、1608年創業で、現存しているウィスキーの蒸留所では最古であると()われています。但し蒸留所自体の開業(登録)は1784年ですので、1757年に設立されたブルスナ蒸留所を起源とするキルベガン蒸留所(1957年閉鎖、2007年操業再開)の方が古いという主張もあります】

・ 『泪の雫(ティアードロップ)』って、「(いもうと)(あたし)のもの!」っていう主張に聞こえる(笑)。うん、シスコン姉妹。

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