第31話 なんか、増えてる
第04節 北の国から〔3/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
エリスのお袋さん、リリスさまが(文字通り)姿を消して。
オレたちはミーティングをお開きにした。
リリスさまの言葉の中に、気になる言葉があったからだ。
「地下の動物たちが、変異を始めている、って言っていたよな?」
「この〔倉庫〕が、時空間的に元の世界から切り離されていて、その空間を保持しているのが魔素だというのなら。確かに下手な迷宮より高濃度の魔素に満ちている、ってことになる。
その影響を、確認しておいた方が良いな」
そして、皆で連れ立って地下に下り、厩舎などがある場所に通じる扉を開けたら。
◇◆◇ ◆◇◆
そこには、青空と草原、森と泉があった。
◇◆◇ ◆◇◆
「……これは――」
「ままがね? 〝竜の食卓〟、じゃなく、〝崑崙平原〟の一角を切り取って移設した、って言ってた」
と、エリス。
ってか、「平原を切り取って」って。
飯塚や武田が口にする「神話」って奴のことはよくわからないけれど、確かにこれは、神様の所業だろうよ。
「この場所の、時間経過を把握することは。多分不可能だろうな。
今迄みたいに、『俺たちがいた時だけ時間が流れる』、というのとは違う。
既に、リリスさまの影響を受けているから、外界とも〔倉庫〕内とも違う、第三の時間が流れていると考えるべきだ」
飯塚の言葉。つまり、外界にいるときには〔倉庫〕内では時間が経過せず、〔倉庫〕内にいるときは外界で時間が経過しないのと同じように、この場所(便宜上〝森〟と呼ぶ)にいるときは、〔倉庫〕内では時間が経過しない、という事か。
「だけどよ、これまでは、オレたち五人の経過する時間は一定だった。
なら、〝森〟の中ではどうなる?」
「当然、実験してみる必要があるだろうな。
まず、一旦出よう。そして、一人だけ〝森〟に入る。
そして、主観時間で5分経過したら、戻ってくる。
その5分間で、〔倉庫〕内でどれだけ時間が経過したか、計測してみよう」
まぁ5分なら、それほど大きな問題にはならないだろう。だけど、誰が入る?
「言い出しっぺだ。俺が入るよ」
◇◆◇ ◆◇◆
そして飯塚は扉を閉め、すぐに開けた。
「何かあったのか?」
「いや、何も。
予定通り5分経ったから戻って来たんだが、こっちではどれだけ時間が経過した?」
「全く。お前がドアを閉めた直後にお前は戻って来たように見えた」
つまり。扉を開けたその瞬間が、戻ってくる為の〝時空的な起点〟になるという事か。
「で、そうなると、次は。
馬たちや鳥たちはどうなった?
自由に走り回れるのは良い事かも知れないけれど、あたしたちが乗りたいときに乗れないんじゃ、意味がないぞ?」
「……その時々で、狩猟しなきゃならないんだったりして?」
女子二人、無茶苦茶なことを言っているが。
「だいじょうぶだよ? おうまさんたちなら、呼べば来るから」
けど、エリスが懸念を払拭してくれた。って、「呼べば来る」?
……えっと、なら、呼んでみるか。
「おーい。えっと、うま!」
名前なんか、付けてない。全部で80頭いた訳だから、それぞれに名前を付けていたらキリがないし、ローテーションで乗り換えるから一部の馬だけ贔屓する訳にもいかないし。
だから適当に呼んでみたところ。
ざっと100頭を超える数の、一角獣の群れが、襲い掛かってきた!
「うわぁぁ!」
「ちょ、これは一体――」
「なんでなんでなんで?」
当然戦闘なんか想定していなかったから、誰も武装はしていない。ソニアや松村は素手でも強いって言っても、野生動物(魔獣)相手に素手で勝てる類の強さじゃない。
流石にパニックになって、取り敢えず〔倉庫〕に逃げ出そうとしたのだけど。
あっという間に距離を詰められ、けれど5mくらいの距離を置いて馬達は静止した。
「……繁殖、しちゃったのかな?」
「或いは、エリスの言っていた〝崑崙平原〟だっけ? に初めから棲んでいたのか」
「少なくとも、敵意はなさそうですね?」
騎乗が必要な時には、背中を預けてくれるのだろうか?
《 勿論だとも 》
どこからか、声が聞こえた。否、耳に響いたんじゃない。脳裏に直接響いたんだ。
目の前にいる、体格のいい馬が、オレの方を見ている。お前か?
《 是 》
お前たちは、オレたちの声が聞こえるのか?
《 我らに向かって意識を向けてくれれば、言葉を発しなくても通じる。
この空間の魔素は、貴方がたの色に染まっているからな。
我ら高位の魔獣は、貴方がたの意思に従おう。
そして、貴方がたの思念を受け取ることが出来ない程度の下位の魔獣たちに対しては、貴方がたが食材として狩ることに何ら支障もない。
貴方がたは、意思が通じ合える相手を殺めることを、忌避する傾向にあるようだからな 》
それは、有り難い。
そして、それはつまり。この〝森〟の中は、オレたちにとって危険は全くないという事か。
《 是。
貴方がたの誰か一人でも欠けたなら、この空間は崩壊する。
なら、この〝森〟に於いて貴方がたを害するという事は、〝森〟の全てを巻き込んだ自殺に他ならない。
だから、万一そのような愚か者が現れたら、他の者がその愚か者を処断するだろう 》
それは、凄いな。
「あれ? でも待って?」
髙月が。どうやらオレと馬の会話は、他の連中にも聞こえていたようだ。
「普通、術者が死んだら、〔収納魔法〕の中の物は術者の足元に現れるよね?
美奈たちの〔亜空間倉庫〕はどうなるのかはわからなかったけど、つまり――」
「〔亜空間倉庫〕。もうその名前も実状を示していないな。
単に〔異空間〕、〝アナザースペース〟とでも呼ぶ方が正しいのかもしれない」
「そうですけどね、飯塚くん。〝言霊〟の概念で考えても、敢えて名前を変える必要はないでしょう。
〔倉庫〕は〝森〟の入り口。それで良いでしょう。
そして、現状では五人全員が揃っていなければ〔倉庫〕も〝森〟も、維持出来ません。
けど、ボクらが〔契約〕を履行すれば、リリスさまがこの空間を守護してくれると約束してくださいました。
なら。
その時になって、初めてこの空間が、独立した空間として確立するのではないでしょうか?」
話のスケールは、どんどん大きくなっていく。だけど今は。オレたちにとっては。
馬たちの運動不足の解消と、下位魔獣の狩りを、〔倉庫〕内で出来るようになった。その程度と認識すれば良いという訳か。
◇◆◇ ◆◇◆
そして俺たちは、馬たちに囲まれながら、泉の畔で仮眠した。
その足元に生えている草も、銅札の採取依頼で提示された魔力草だという事に気付いて吃驚したけれど。
それから、髙月に確認を取ってみたところ。オレと馬の会話は、馬の言葉だけが理解出来ていたとのこと。この〝森〟の中では、思考が駄々洩れになる? というのはさすがに杞憂だったようで。というか、オレには他の四人の思考が聞こえなかった時点で、他の可能性はなかったのかもしれないけれど。
(2,733文字:2018/10/24初稿 2019/07/31投稿予約 2019/09/01 03:00掲載予定)
・ 〝森〟の中には、彼らが飼育していた動物たちが魔獣化したものの他、崑崙平原に先住していた魔獣たちもいます。〝森〟の時間は外界とも〔倉庫〕とも無関係に経過し、そして馬たちも繁殖しています。なお、馬たちの中には去勢された牡馬もいたはずですが、魔獣化(一角獣化)する際に生殖能力も取り戻したようです。でも今回は、〝森〟生まれの仔馬たちは顔を見せなかった模様。まだちっちゃいし。
空気も水も、外界と(どのようにしてか)循環しているようです。だからそこで炭焼き小屋を作っても、空気を汚しません。一方で害虫や微生物・細菌等は、〝森〟の中には普通に生息しています。〝森〟から戻る際は、ちゃんと身体を洗いましょう。
・ 「言霊の概念」:「言葉には魂が宿る。だから本質とあまりに乖離した命名は避けるべき」という考え方です。〔倉庫〕内空間は五人のイメージに影響を受けるので、名称一つで場合によっては効果が変わります。だから〔倉庫〕と〝森〟を一体のものと考えるのなら、改名の必要があるでしょうけれど、〔倉庫〕と〝森〟を別々のものと捉えるのなら、別に改名する必要はない、というのが雄二くんの考え。「べ、別に、厨二病的命名を忌避した訳じゃないんだからね!」




