第30話 ミーティング・8 ~帰りの切符~
第04節 北の国から〔2/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
色々と、わかってきました。
そして何故陛下は、この女の種族を「ショゴス」と呼んだのかも。
そもそも、〝神話〟は虚構です。
神話生物の名が冠せられているからと言って、その相手が神話生物そのものであるなどという根拠にはなりません。
その上で、アドルフ陛下が語った三種の〝神話〟生物の共通項は、不定形。
「這い寄る混沌」、「白痴の王」、「奉仕種族」。けれどこの三つの存在の、「不定形」の持つ意味は、全て違います。
ニャルラトホテプは「混沌」、アザトースは「無限」、ショゴスは、「柔軟」。
ニャルラトホテプは混沌の存在であり、だから「形」という〝秩序〟には囚われません。
アザトースは純粋な力。制御不能な原子爆弾のように、意思も方向性も持たない力。だから「有形」という〝制限〟さえないんです。
ショゴスは無限の柔軟性。神話では「奉仕する為に必要とあれば自身の脳さえ創造する」と描かれています。つまり、第三者(主人)の意思やそれに応えたいという自身の希み。それに伴い、〝如何なる姿をも採り得、如何なる力にもなる〟。
確かに、その微小細胞は。呼応する対象のその意志に応じて、どんなことでも成し得るのでしょう。
そして、エリスの正体。
エリスが、リリスさまの分体に過ぎないといっても、誕生と同時に自我が生じ、その自我発生にボクらが少なからず関与しているのであれば。ボクらこそ、エリスの人権を守らなければいけないんです。なら。
確かに、エリスの正体が人間か魔物か神様か、なんてことは、どうでもいいことです。エリスはエリス。仮にその母親であるリリスさまが女神であっても、神話に描かれる邪神であっても、エリスがその分体であり同等の力があるのだとしても。
エリスがエリスであるという事には何ら違いはなく、ボクらにとっては純粋に守らなければいけない、か弱い少女に過ぎないのですから。
「確認、させてください。
エリスの出生については理解しました。
けれど、ボクらが貴女様のことを〝エリスのお母さん〟と認識することで、何か問題がありますでしょうか?」
「妾の説明を聞き、尚そう問うか。
以前妾の実在可能性に思い至り、恐怖で思考を麻痺させたことがあるというのに」
「〝神話の怪物〟が目の前に現れれば、恐怖で正気を失うでしょう。
けれど〝エリスのお母さん〟が目の前にいて、何を恐れることがありましょうか。
否、エリスに失礼をしたと叱られることに怯える必要はあるかもしれませんが、どちらかと言えば『こんないい子に育っています』って胸を張って報告したいくらいです」
「くくっ。『もう何も怖くない』、ということじゃの。既に手遅れという気もせんでもないが」
……なんか、神話生物にはあり得ないフレーズが引用されたような気もするけど?
「あの、リリスさま。その――」
「妾は人間世界の知識や常識などは何も知らんかったからの。御屋形様の知識と記憶を転写させてもらったのじゃ。じゃから向こうの世界の知識や、〝アニメ〟についても相応に通じておる。
そして雄二よ。其方の幼い頃のことも、の」
「……あんまり、知られたくはないですね」
「中小とはいえ、会社社長の令息として生まれ、それゆえ傲慢に振る舞っていた子供時代の話かえ? 御屋形様の前世に於いて、それを矯正する為に行ったオタク文化の刷り込みは、ある意味間違ってはいなかったのじゃろうな」
そうかもしれません。爺さんに染められて、アニメやラノベに耽溺するようになって、その結果。一時期教室内カーストの最底辺に落とされましたから。けどそのおかげで、それまで見えなかったものが見えるようになったのもまた事実です。
それまでの自分の環境も、学校の教室も、とても小さな〝世界〟だと知る事が出来たのは、やっぱりオタク文化に染まったおかげでもあります。
そしてその結果、所謂クラスカーストに関係なく、柏木くんや飯塚くんと髙月さん、そして松村さんと縁を持つことが出来たのですから。
◇◆◇ ◆◇◆
「さて、改めて話を続けましょう。
エリスは、この〔亜空間倉庫〕を通じて、元の世界に戻れるって言っていましたね?」
エリスの正体については、もうどうでもいいです。
畜舎や厩舎内の動物たちが、魔物に変異し始めているという話も、あとで確認すれば良いことでしょう。
この〔倉庫〕の活用法も、もう少しゆっくり考えれば良いことです。
けれど、リリスさまがいらっしゃっている今この時。話題にすべきは〔契約〕のこと。すなわち、〔契約〕に定められた内容の履行と破棄、その報酬として定められた「元の世界への帰還」。
「考えてみれば、出来て当然なんだよな。
俺たちが使う、〝ゼロの転移攻撃〟。あれを行う為に、俺たちは何をしている?
お互いの相対位置を〔倉庫〕の中で変えている、という訳じゃない。ただ、『あそこに出たい』と念じるだけだ。
つまり、〔倉庫〕を開扉するその瞬間に存在していた場所を起点にして、そことは違う『あそこ』に出ることを念じている。
そしてこの〔倉庫〕が、外界と文字通り切り離されているのであれば、別の世界、元の世界へと繋がっても、それは不思議なことじゃない。
その起点は、あの『放課後の教室』、で良いんだ」
そう、それは簡単なこと。だけど、「出来ない」という思い込みが、試すことさえ躊躇しただけです。
だけど、もしかしたら。ボクら自身に、それを拒む気持ちがあったのかもしれません。〝今〟ひと時、それこそ「自分たちの進路」を決める前に、あの世界から逃避していたかったのかも。
けれど、帰る方法があるのなら。ボクらはちゃんと、それに向き合わなければならないでしょう。
「良いかの?」
と、リリスさまが口を挟みます。
「どうぞ」
「うむ。結論から言えば、それは可能じゃ。そしてエリスが傍にいれば、向こうの世界でも変わらずに魔法が使える。つまり、〔亜空間倉庫〕を開くことも可能という訳じゃ。
じゃが、妾の立場から、其方らに枷を嵌めたい。
〔契約〕を、履行せよ。
勿論、その当事者である騎士王国の者たちと改めて話し合い、契約内容を修正乃至は確認することは構わない。少なくとも、〔契約〕の報酬を其方らが自力で達成してしまった以上、契約内容を修正しなければ其方らは働き損じゃからの。
その一方で、其方らが〔契約〕を満了させたなら。
妾が、この空間を守護することとしよう。
〔倉庫〕の開扉は、五人全員ではなく、誰か一人の意思で良い。
そして定点を複数定めれば、どのマーカー周辺にでも扉を開けるようになろう。
制限事項として、世界を渡る扉は五人全員で開く必要があるが、世界の内側であれば事実上の瞬間移動が単独で且つ全く魔力の消費無しで可能になる。
そして、妾との〔契約〕には、〝首輪〟は生じぬ。
あるのはただ、騎士王国の用意する報酬とは別に定める、報奨じゃ」
ボクらからの追加の持ち出しは一切なく、一方で得られる報酬が増えるのなら。
断る理由はないじゃないですか。
(2,999文字⇒2,807文字:2018/10/21初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/30 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
【注:「もう何も恐くない」は、〔シャフト制作テレビアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』〕の登場人物、巴マミの台詞です。「夢と希望の正統派魔法少女アニメ」という擬態が、この台詞を最後に消えてなくなり、そのアニメを視聴した子供の保護者がBPOにクレームを付ける騒ぎにまで発展したとか】
・ 武田雄二くんの過去について:彼は「創業社長の令息」ですが、厳密に言えば三代目です。初代が会社を作ったのですが、初代は出資だけして役員にさえ名を連ねず、当時まだ三十代(結婚し雄二は既に生まれている)の二代目を創業社長の座に据えました。だから、雄二の父は初代が財産を形成する際の苦労を目の当たりにしていますし、また会社創業期と謂われる数年間の苦難を(初代の助けがあるとはいえ)乗り越えていますが、雄二が物心ついた頃には、家には既に充分な財産があり、父親が会社でその地位に値する権限を振るい尊敬の念を集めていることが当たり前という環境で育ちました。その為、幼い雄二は勘違いしてしまったのです。社員や顧客から父である社長に寄せられる敬意は、努力の結果ではなく当然のものである、と。
・ 武田雄二「体が軽い……。こんな幸せな気持ちでいられるなんて初めて……。もう何も恐くない――!」
飯塚翔「武田、お前……。そうか。もう既に、SAN値が消し飛んじゃったか。いや、神話生物を前に、よくやったよ」
髙月美奈「武田くん。マミっちゃっても、ずっと友達だよ?」




