第24話 物資の調達
第05節 備えあれば〔1/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
第36日目(武田の時計に刻まれる、外の世界の経過時間をベースにした経過日数。俺の時計に刻まれる、俺たちの主観経過時間をカウントしたら、どんどん乖離が大きくなるだろうから)。
朝、俺たちの部屋を訪れた女使用人に、多くの物資の注文を出した。
当然不愉快な気持ちをその表情に見せたが、「国王陛下との〔契約〕を履行する為に必要なこと。文句があれば国王陛下に言え」と告げたら、渋々ながら承諾してくれた。
おそらく、女使用人にとって俺たちの印象は最悪になっただろう。けど、残念ながら彼女も〝敵〟の末端構成員。自覚していようがいまいが、それを前提に俺たちも対応する必要がある。
組織としては敵対していても、個人としては友好を築くことが出来る。
そんな、ご都合主義のラノベ的展開を期待するより、俺たちにとって優先順位が高いものが他にある。
俺たちを嫌悪するならすればいい。それが〔契約〕に抵触したらどうなるかを、わざわざ教えてあげる義理もない(俺たちが教えてほしいくらいだ)。
◇◆◇ ◆◇◆
「部屋の環境を改善する為の物を、要求したのだそうだな?」
講義の為に、魔術師長の許を訪れたら。早速朝のことを追及された。
「あたしたちの世界で、あのような劣悪な環境に置かれるのは、貧民窟の孤児たちだけです。あたしたちは生まれてからこの世界に来るまで、あのような環境に置かれたことはありません。
あんな環境では、すぐに病気になってしまいますし、力も蓄えられません。
魔術師長。あたしたちは、〝魔王〟討伐の為にすべきことをしなければなりません。当然、体調管理や心理状態の保全もその為には必要になります。
つまり、あたしたちの要求は昨日の〔契約〕に則ったものになります。言い換えれば、この国は、それに応じる『義務』が〔契約〕に定められているんです。
違うというのなら、仰ってください。それが〔契約〕に反しないのなら、魔術師長の言葉は有効となるでしょうから」
松村さんは、昨日の敗北の屈辱を晴らすかの如く、攻撃的に反論した。
確かに、既に契約は成立している。なら、心情的な敵意を隠す必要もない。
「そうか。それ程までキミたちの元の世界での環境と、かけ離れていたものがあったのか。
なら、最低限その水準までは満たさなければ、キミたちが力を発揮出来ないというのも頷ける。
しかし、〔契約〕を言い訳に贅沢がしたいだけなら……」
「それは、〔契約魔法〕が判断してくれるのではないですか?
もし、あたしたちの要求が〔契約〕とは無関係の言いがかりなら、当然それを拒絶しても〔契約魔法〕は反応しないでしょう。
けど、それが〔契約〕に則った要求なら、それを拒絶することは、魔術師長が〔契約〕に反する行いをしたと〔契約魔法〕が判断するはずです」
実を言えば、本当にそうであるかはわからない。けど、取り敢えずぶつけてみようという事になった。たとえ間違っていても、この場合俺たちに損失は無いのだから。
その結果は、果たして。
「確かに、キミの言うとおりだ。キミの要求を拒絶しようとすると、〔契約魔法〕が反応する。キミたちをサポートするという〔契約〕に反するようだ。
では、その範囲に於いて、構わないから要求しなさい」
生活環境の最低水準を、俺たちの元の暮らしの日常に設定する。
これは、魔術師長が俺たちの世界の生活水準を知らないから生まれる、誤謬だ。何故なら、王様でさえ、俺たちの元の暮らしに比べたら質素で不便な生活をしているはずだから。
この世界に於ける最上級の羽根布団は、日本では予算五千円で探せる。一方某家具製品量販店で、一万円未満で買える木製家具と同等の製品が、この世界ではどれほど頑張っても入手出来ない。
いや、それどころか。「水に溶けて、排水管に詰まらず、柔らかいトイレットペーパー」などは、日本では1ロール(ダブル)が100円を切る値段で探せるが、この世界では「水に溶けるペーパー」自体が存在していないのだ。
本当の贅沢とは、金銀宝石で部屋を飾ることではない。
高品質のものを、湯水の如く消費することだ。
そして、それを一部の富裕層のみならず一般市民でさえ行えることこそが、「高度文明」というものなのだ。
そのレベルの要求をし、しかし実現出来ない場合。連中はどのように、その〔契約〕違反を補填するのか。楽しみでさえある。
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許可が得られたからと、女子たちが遠慮なく色々注文した。女子の身の回りの物こそ、贅沢であり且つ高度文明の象徴だ。例えばブラジャーなどは、立体縫製が出来なければ満足のいくものを作れない。それ以外にも、例えば生理用品などは、高分子化学の結晶だという話も聞いたことがある(さすがに細密な構造や組成まで知りたいとは思わないけれど)。
魔術師長は、目を見開いた。それはそうだろう。王族の姫が身に付けるほどの物さえ、彼女らにしてみれば「質が悪い」の一言なのだから。〔契約〕が保証した、「通常程度の水準」に満たないのだから。そして、いつの時代、どこの世界でも、女という生き物は欲深いと相場は決まっている。彼女らの「小遣い」で買えないものでも、「親が買ってくれれば普通に手に入る」モノであれば、〔契約〕に反しないのだから。
要求は、他にも続いた。
例えば、水と蒸留器。
この世界の生水は、どんな微生物や細菌が含まれているかわからない。文明社会の、乳母日傘で育った俺たちにとって、生水を飲むことは命懸けだ。けど、常に煮沸出来るとも限らない。
だから、大量の水と、蒸留器を用意してもらい、水を片端から蒸留する。勿論燃料も連中持ちだ。
どうやら酒造りの為の蒸留器は普通にあるようだが、「水を蒸留する」という知識・その目的は、まだ知られていないようだ。
ついでと言っては何だが、蒸留酒も購入した。俺たちは未成年だから、日常で飲むのは倫理的に問題があるけど、消毒液代わりとか、度数の高いアルコールには使途が多い。その辺りは、専門家でもある松村さんに任せておけばいい。
木材と布類。言うまでもないが、俺たちの巣作り(〔亜空間倉庫〕の環境改善)の為だ。俺たちが、〔亜空間収納〕に類する魔法が使えることは、この際ばれても構わない。その正体さえ知られなければいい。今更俺たちが、この国に隠し事をしている(つまり好意的な感情を持っていない)ことがばれたとしても、〔契約魔法〕によりこの国にとってはそれがマイナスになるとは思われない。現時点で、俺たちが王国と敵対したら、〝魔王〟を討つという〔契約〕の大前提が覆り、俺たちが〔契約〕違反したという事になるのだから。
他にも、鍛冶師や大工職人の仕事を見学し、必要な資材・工具等とそれを運ぶ荷車(大八車)を入手した。
これで、〔亜空間倉庫〕に棚や壁を作れる。
こうして、身の回りの物を、少しずつ(?)揃えていったのだった。
(2,920文字:2017/12/09初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/17 03:00掲載予定)
・ 既に一ヶ月この世界で生活し、また一週間の野外演習を経験していながら(精神的にはともかく)肉体的には病気も衰弱もない、何だかんだ言って丈夫な身体している連中が「乳母日傘」www
とはいっても、現地生まれの人々に比べれば、病原菌等に対する先天的耐性は劣ります。現代日本では既に絶滅した病原菌に対する抗体などはありませんし。一方で破傷風菌やその他の伝染病等で現地人にとっては死病とされているものに対して、予防接種のおかげで心配無用、という場合もあります。
・ 美奈「駄目だよ、おシズさん。そんな安っぽいブラ選らんじゃ」
魔術師長「『安っぽい』って、それは王家の姫の為に作られた下着で……」
美奈「おシズさんはまだまだおっきくなるんだから(現在Cカップ)、ちゃんとサイズがあったブラにしないと、形が崩れちゃうよ?」
雫「だが、この中ではこれが一番質が良いみたいだから」
美奈「駄目。じゃぁおシズさんのブラは、美奈が作るよ。後でちゃんとサイズを計らせてね? でも生地が足りなければ、網目状のブラとか、いっそ紐だけとか――」
雫「魔術師長、充分な量の生地を用意してください」
翔「頼むから、そういう話題は女子だけでだな……」
美奈「ねぇ、男子はどんなブラがおシズさんに似合うと思う?」
雫・翔・雄二・宏「ヤメロ!」
『安っぽい』ブラよりも、『セクシーな』デザインを選ぼうとしている時点で、髙月美奈さんが目的を見失っている点について。




