第26話 満員魔車の問題点
第03節 教えて、魔王様〔5/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
路面鉄道は、文字通り『市民の足』となっていることがわかる。
役所や市場、孤児院や商店街。住宅街や学校。広軌鉄道との乗換駅や、馬車や物資輸送用のトラムの停留所等を縫うように走る。路線図を見ると、大体三系統に分かれており、住宅街――学校――商店街――飲食店街を繋ぐ路線と、港湾区――卸市場――商店街を繋ぐ路線と、役所――軍施設などの公共施設を繋ぐ路線とに分かれているようだ。
そして市民は、ごく普通にトラムに乗り、目的地で降りる。どう見ても難民や貧民にしか見えない人も、貴族や豪商に見える人も、このトラムの中では平等だ。そもそも行商のおばあちゃんが坐り、国王陛下が吊革につかまって立っている時点で、身分を云々することが莫迦ばかしい。だけど、それでも貴族としての体裁を求められる場合はどうするんだろう?
「あぁ。その時は騎走の許可を出すよ。事前に申請があれば、そのルートは通行止めにして、その道の真ん中を馬車で行進してもらうんだ。だからトラムのレールも、実はそういう状況でも交通が止まらないように複数の迂回ルートもあるからね」
直接聞いてみたら、そういう答えが。成程、外国の要人を招く場合もあるから、当然そういう事もあるんだ。それに、事前に予定がわかっていれば。トラムは速度こそ速くはない(時速12km程度)けど定速だから、極端な話その場所が通行止めになる15分前から5分後までの時間帯にその場所を通らないようにスケジュールを調整することは、おそらく難しい事でもないんだろう。
「ちなみに、トラムの中での痴漢事件なんかも最近はないとは言えない。一番多いのは通学時間だ。特にメイド学校のような女子校の生徒と同じ空間にいられる数少ないチャンス、とはっちゃけた他校の男子生徒たちが、対人距離を確保出来ない混雑しているトラムの中で、過激なスキンシップを競い合っているなんて言う話もあってね。
昔は『男女七歳にして』とまではいかないけれど、それでも女性は肌を見せないのが普通で、男性は無暗に女性に接触しないのが普通だったはずなのに、どうにも倫理の乱れが嘆かわしい」
「それ、陛下自身にも責任があるんじゃありませんか?」
トラムの痴漢問題を嘆く陛下に、松村が鋭いツッコミを。
「……遺憾ながら、それ、否定出来ないんだ。
否、俺にも反論はあるよ? 嫌がる女性に手を出したことはないし、拒絶しないからって立場の弱い相手に強要したこともないし。
だけど、周りから見たらそんなのはただの言い訳だしね。俺は女好きで、身分も立場も年齢も構わずに女を抱いてあちらこちらに胤を蒔いている、って言うのが客観的な事実だ。
そしてこの国では、女性の婚前交渉も、未婚での妊娠出産も、社会的に許容されている。だからそれを見た男たちは、『責任を取ることを考えずに女に手を出して良い』みたいに思ってしまう部分もある。
冗談じゃない。だからこの国の女性に対する保護は、ある意味では日本より厳格だ。強姦は事後でも成立する。ベッドインの時には和姦でも、行為の内容が女性にとって許容出来ないものであったなら、後になって強姦で訴えることも出来る。だから男性は、〝夜這い〟が成立する状況か、夫婦関係――我が国では重婚も認められているけれどね――でもなければ、女性に手を出すときは訴えられるリスクと共にあるんだ」
「だけど、だとしたら冤罪事件だって起こりうるんじゃないですか?」
つい、オレも口を挟んでしまった。
「あるだろうね。多くの意味で女性優遇のこの町では、それを逆手にとって男に冤罪を吹っかけ、示談金を毟り取ろうとする女性も、いないとは言えない。
そして強姦ならともかく痴漢の場合、現行犯以外では取り締まれない。動機なんか男であるというだけで充分だし、証拠なんか残らない場合の方が多いし、それ以前に科学捜査を行うにはまだまだ文明の発達度合いが未熟だし。
その一方で、このネオハティスの町の人口はまだ十万人足らずだ。この世界の都市としてはもう大都市と言えるけど、新宿駅の一日の昇降客数の三十分の一程度だからね。
だから、同じ時間のトラムに乗るのはいつも顔見知り、ってことになる場合が多い。なら積極的に乗客相手に会話することで、そういった冤罪なんかを、それ以前に痴漢行為なんかを抑止することも出来ると思っているよ」
ふと周りを見渡すと、他の乗客も興味を持ってオレたちの会話を聞いている。乗客同士が顔見知りで、陛下の顔も知れている。だから余所者はオレたちだけ。だけど、そのオレたちに対して陛下が親しげに会話をし、この町のことを話している。
この乗客たちは、オレたちのことを「不審者」とは見ていない。新参者であっても、受け入れる方向でオレたちを見てくれているんだ。
成程。この環境で、例えばオレが痴漢行為を働けば、そのまま陛下の顔に泥を塗る行為になるし、またどこかの女性がこの車両の中で、オレに痴漢冤罪を吹っかけてきても、今ここにいる乗客たちはそれが冤罪であることを証言してくれるだろう。それが、この町での一つの抑止力になるという事みたいだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「陛下、それからそちらの方々も。
今日は学校にどのようなご用件で?」
メイド学校前。
その駅で降りたのは、オレたちの他に3人の少女たちだった。
その手には、棒状の道具が入っているらしき袋と、鞄。イメージ的には、運動系の部活の練習に向かうところという感じ。その少女たちが、気安く陛下とオレたちに語り掛けてきた。
「あぁ、実はある国の貴族の令嬢がね、留学して来るんだ。
彼らはその国で、その姫君を護衛していた冒険者だ。で、姫君が通うことになる学校を視察したいというので、連れて来たんだ」
「そういう事でしたか。
……って、もしかしたら、うちの部室もご覧になるんですか?」
「君たちは……?」
「ラクロス部です。今日は練習があるから……」
「ラクロスか。うん、丁度いいから視察をさせてもらおうかな?」
「うわぁ! ちょ、ちょっと待ってください。今すぐ来られますか?」
「否、まず教務室に行って、講義室を一通り見てから、部室棟に向かうことになると思うよ」
「わ、わかりました。だいたい一時間くらい、ですね?」
「そんなもんかな?」
(……一時間。足りるかな?)
(無理でも何でも、しない訳にはいかないでしょう? 陛下がいらっしゃるのに部室に鍵をかける訳にもいかないし)
(ちょ、部室の隅に積んである洗濯物の山はどうするの? かなり臭いよ?)
(構わないから処理場に放り込みましょう。あれを陛下に見られたら、幻滅を通り越して軽蔑されるわよ?)
(それから、他の部活にも伝えておかないと。陛下がお忍びで視察に来たって)
少女たちが、何やら密談している。
話の内容は聞こえないけれど、何となく想像は付く。女子校と言っても、いや、男子の目がない女子校だからこそ、なのかもしれない。
結構酷いことになっている、ってことだろうな?
(2,956文字⇒2,809文字:2018/10/19初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/22 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
【注:「男女七歳にして(席を同じうせず)」は、中国・前漢時代の経書(儒教の文献・礼法書)『礼記』第12編「内則」の言葉です。
「パークアンドライド」は、「郊外は自家用車で、都市圏は公共交通機関で」という理想の下に構築されるシステムそのものです。なお、パークアンドライドの為の郊外駐車場は、「フリンジパーキング」と言います】
・ トラムの中では、今更「陛下、是非お坐りください」「いや、構わないから。おばあちゃんが坐って」みたいな遣り取りはしません。そして国王陛下が吊革につかまって立っている時点で、老人を立たせて席に坐る若者は、白眼視されます。
・ 港からドリーの寮までは馬車で行きましたが、これはちゃんと許可を得ています。また寮からギルドを経由して学校までは、徒歩での移動でした。これからは馬車に揺られることが滅多になくなるので、地理を憶えてほしいという思惑から。
・ 男性の部屋に女性が(自分の意思で)訪問した時と、女性が自分の部屋に男性を(自分の意思で)招待した時は、後になって「強姦された」と主張しても、相手にされません(この場合は事後強姦も成立しない)。だから訴訟になるときは、「男性に連れ込まれた」「男性が押し入った」ことを証明する必要があります。逆に男性側が訴訟を避ける為には、「そうではない」ことを証明する第三者がいると良いでしょう。ちなみに、合法的な娼館や連れ込み宿の類は、宿帳に記入する際男女ともに自分の意思で入室した旨一筆認めることを求められます(非合法の娼館や宿泊施設までは関知出来ないけど)。
・ トラムの乗客の中に、年頃の息子を持つお母さんもいました。そのお母さんは家に帰った後、息子相手に懇々と説教したそうです。
その息子「解せぬ……」




