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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第六章:進路調査票は、自分で考えて書きましょう
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第25話 魔王国の技術

第03節 教えて、魔王様〔4/7〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 〝魔王(サタン)〟こと、ドレイク国王アドルフ陛下。

 その印象は、「隔絶」の一言に尽きる。


 戦士としての力量は、エラン先生に劣るだろう。

 武人としての技量は、あたしの方が勝っているという自負がある。


 にもかかわらず、この人に喧嘩を売って、勝てるというイメージがまるでない。

 勿論(もちろん)、ここがこの人の本拠地(ホームグラウンド)だという事情もあるのだろうけど、この人が国王である以上、それさえ含めてこの人の力という事になる。

 事実、一度この人に殺気をぶつけてみた。直後、複数箇所からの殺気に、あたしは射すくめられた。そのうちのひとつは、酒場の店主(マスター)盗賊(シーフ)ギルドの元締めでもある、と聞いたけど、行政側との関係が良好であることがそれでわかる。つまり犯罪組織をある程度統率することにより、国内の治安を安定させているという事だ。

 また、一際鋭い殺気は、柱の影から飛来していた。他の殺気の飛来源は相応に気配があるが、そこからは気配なく、殺気のみが放たれていた。

 けれど、あたしに殺気を向けられた魔王その人は、飄々(ひょうひょう)とした態度を崩していない。隙だらけ。〝無行(むぎょう)(くらい)〟或いは〝無構(むがまえ)〟のような、自然体というのとも違う。にもかかわらず、打ち込んで打ち抜けるというビジョンを見出せない。

 力の差、ではない。どちらかと言えば、〝力ではどうにもならない〟差。これが、魔王という事か。


 ちなみに、その複数の殺気の源で最も早く動いたのは、あたしの(となり)。あたしの頬で〔泡〕が弾けた。……美奈があたしを叱っているという意味。また、あとで美奈に話を聞いたら、柱の向こう側にいた女性は、風を(あやつ)り空間を遮蔽(しゃへい)して、音と匂いの伝達を完全に遮断していたのだそうだ。魔法を併用した暗殺戦技。言っては何だけどベルダとは格が違う。

 だけど、それさえあっさり見抜く美奈の索敵能力は、やっぱり怖い。


◇◆◇ ◆◇◆


 あたしたちは魔王陛下と連れ立って、アドリーヌ公女が通うことになる学校を視察することになった。女子校に男子を連れて、っていう事にはちょっと気になるけれど、現代日本だって、完全男子禁制の女子校なんかはフィクションの中でしかお目にかかれない。理由のない訪問者であれば守衛さんに止められるだろうけれど、逆に言えば正当な理由がありさえすれば、男子だとて女子校の敷地内に足を踏み入れることくらいは出来る。

 けれど、飯塚が気にしていた〝偏向教育〟。それ自体は、視察してどうにかなるというモノでもないだろう。それは教師の人間性の問題であり、それを排除しようと思ったら教師の人格と思想を調査する必要がある。半世紀前の社会主義国ならいざ知らず、現代教育の場では、あくまでも「教師の〝行き過ぎた偏向思想〟に対する対処療法」しか()りようがない。

 ……異世界で、現代日本の教育行政と同次元の要求をすること自体がどうかしているけれど。


 それはともかく。魔王陛下は、酒場を出てから来た道とは逆の方向に歩を進めた。

 って、あれ? テレッサに先導されたアドリーヌ公女たちはあっちに向かって歩いて行ったはずなのに、逆方向では?

 と思ったら。


「こっちの方が早いんだよ」


 あたしたちの困惑に気付いて、魔王陛下がコメントを。そしてその意味を、すぐに知ることになった。


「これは、路面電車(トラム)?」

「そう。正確には〝電車〟(電気機関車)じゃなく、()うなれば〝魔導機関車〟だけどね」


 無属性の魔石で原動機を回し、歯車(ギア)を繋いで動力とするシステムなんだとか。


「この国の都市部は、基本的に騎乗禁止なんだ。だから市内の交通には、人員輸送用のトラムと物資運搬用のトロッコが行き来する。

 都市と都市を繋ぐのは、貨客兼用の広軌鉄道だ。ちなみに隣国・アプアラのロージス伯爵領都シュトラスブルグまでは、夜行を使えば乗り換え時間込みで六日で着く」


 アプアラ王国ロージス領。それは確か、リングダッド王国に隣接し、二十年前の『十文字戦争』の舞台になった場所。そこまで六日で行けるというのなら、以前武田が呆れた異常に速い物流速度も理解出来るというモノだ。


「魔石動力はね。ガソリンエンジンやロケットエンジンのように、瞬間的に爆発的な運動エネルギーを生み出すことは苦手だけれど、一定出力を長時間維持し続けるような使い方が出来るんだ。だから、民生用の輸送機関の動力や大規模発電装置の動力としては、これ以上ないほど優秀なシステムになるんだ。

 そして、大気中の魔素濃度の濃いこの国の領域内では、消費された魔力量は自然に回復する魔力量と大差ない。つまり、事実上の永久機関になっているんだ」


 魔石化する程の高濃度の魔素は、事実上の自己修復が可能なのだという。だけど、魔物の体内から()れる魔石の場合、その力の方向性が偏向し過ぎている為、その力に沿って補充する必要があるから、現実には回復量より消費量の方が多くなる、と。

 一方無属性の魔石は、字義通りその魔力に方向性がないことから、高濃度の魔素環境内では、回復量は消費量に拮抗(きっこう)する((わず)かに劣る程度)のだそうだ。だから、魔導機関車が駅で、或いは夜間に稼働させない時間があれば、それで充分回復出来るのだとか。


「そう言えば、無属性の魔石はドレイク王国内でしか産出されないとか」

「確かにね。厳密には、あれは工業生産物だから。

 細かい話はさすがに君たちにも言えないけれど、所謂(いわゆる)属性の(かたよ)りが生じないように、人工的に生産されている。工業的な量産ベースに乗ったのは、つい最近だけどね」


 魔石を、工業的に量産する。その時点で、他国と、というかこの世界の常識から外れている。

 と、そんな話をしているうちに、トラムが駅に到着した。ちなみに切符は魔王陛下が人数分買ってくださったので、有り難く受け取って乗り込んだ。


衝撃(ショック・)緩衝材(アブソーバー)は信頼出来るものを積んでいるけど、ベアリングは、ね。最近になって超高品質のボールベアリングを仕入れる事が出来るようになったんだけど、先方はそれが専業じゃないから、一回の納品で数万点が限度。それも、定期的な納品を期待出来る相手でもないから、優先順位の策定が難しくてね。まだトラムの車軸(リム)には導入出来ていないんだ」


 ……これは、遠回しな納品請求でしょうか?


「でも、理論真球にこだわらなければ、今のドレイク王国の技術力なら疑似真球を機械的に量産することは、難しくないのではないでしょうか?」


 飯塚の質問。そう、これだけの技術力があるのなら。


「その、工作機械の製造にも、優先順位があるからね。

 なんせ、これは俺の責任だけど、技術の進歩と知識に偏りがあり過ぎて、全般的な発展技術の成果である工作機械が追い付いていないんだ。

 例えばレンズ。作ること自体は出来るけど、その曲率はまだ手作業で、且つ光の焦点の大きさや形状で精度を測っている段階だ。ミクロン単位の精度の製品を量産するには、まだまだ時間と工夫が必要だよ」


 異世界チートで出来るのは、手の届く範囲内。国全体の技術レベルの底上げには、それだけじゃ足りないという事、なのでしょう。

(2,970文字⇒2,815文字:2018/10/12初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/20 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)

・ 「完全男子禁制の女子校」。生徒のみならず教職員も女性オンリーで、業者を含めて男性の立ち入り自体が許されない女子校。実在するのかもしれませんが、少なくとも筆者にとっては寡聞にして存じません。

・ ここでいう「殺気」とは、殺意の込もった気配。だから「殺気を込める」というのは、その目的に最適化された身体の運用を前提とした、筋肉その他の予備動作の顕現であり、指向性あるそれらの総称という事が出来ます。抜剣し易いような姿勢と重心の移動、その目的を達成する為の最短距離を模索する目線、などです。

 逆に「殺気を感じる」という場合は、自分に向けられた「死のビジョン」。「このままならこっちからこう斬られる」、みたいな。だから、「柱の影から放たれる、気配なき殺気」は、松村雫さんの未来予知に近い想念(「どのような過程を経るのかは全くわからないけど、その行動は自分の死という形で阻止される」、という予想)です。

 なお、その「気配なき殺気」の源を〝女性〟と看破した美奈さんでも、その女性に粘着性の〔泡〕を付けることには失敗しています。

・ 酒場の店主「あの娘っ子、おめぇを殺す隙を窺っていたぞ」

 魔王陛下「違うよ。彼女にその気はなかった。けれど本気でそう振る舞うことで、マスターの動きを測っていたんだ。それに対してマスターは、彼女に対処する姿勢を見せた。それで彼女は、マスターが俺に対して敵意がないことを理解したんだよ」

 店主「……俺の方が、テストされていたって訳か――」

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