第22話 六花の国の、王女様
第03節 教えて、魔王様〔1/7〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
ネオハティス市の冒険者ギルドで。
美奈たちに声をかけてきた人。それはさっきの観艦式で、リンドブルム提督を支えていた人。それが誰かなんて、考えるまでもないんだよ。
だけど確認の為に、一応聞いてみた。
「失礼ですが、貴方様は?」
「そうだね、ここでは〝アレク〟と呼んでもらえるかな?」
アレク。冒険者としての偽名でしょうか?
と思っていたら。
「陛下。今ここで、そんな無意味な名乗りをしても、時間の無駄です。
王子様がたを含めて、陛下の正体をわかっていない人などこの場にはいないのですから」
と、受付嬢が。
何故か、この町ではショウくんが王子様呼ばわりされているけど、それはともかくとして、やっぱり間違いがないみたいです。
「……すまないね。君たちの前で、俺の名前はあまり名乗りたくなくてね」
「では、〝ボヘミアの伍長〟閣下とお呼びしましょうか。それとも、〝売れない絵描き〟閣下が宜しいですか? あとはどんな呼び方があったかな……?」
武田くんの並べている呼び名は、全てアドルフ・ヒットラーに対する蔑称です。
「ネタバレしたオタネタほど、面白くない物はないな。構わないから〝アディ〟と呼んでくれ。敬称も不要だ。まぁ君たちがコンロンシティに来て、正式に〝ア=エト〟の名で謁見を申し込む、という時は話が変わってくるけどね」
そうだね。国王陛下ともあろうお方が、護衛も付けずに気軽にホイホイ町中を歩いているという時点で、礼儀だの作法だのを考えるのが莫迦ばかしくなるんだよ。大名行列みたいに、町民に平伏させて練り歩く、というのではない以上、必要以上に謙遜するのは、逆に失礼だよね?
だけど、それはそうとして。美奈にとっては、この人に一定の礼儀を保たなければいけない理由があるんだよ?
だって。
「エリス。ご挨拶なさい。
貴女のお父様です」
この方は、エリスの本当のお父さん。一歩間違えれば、美奈たちは幼女誘拐・(〔倉庫〕内への)監禁で、訴えられても文句は言えない立場なんだから。
「黄金の瑞穂から白銀の六花へと色彩を変える、
この佳き日。
お父様には初のお目通りをお許しくださり、光栄に存じます。
私の名はエリス・ドレイク・ショゴス。
お父様と、リリス・ショゴスの間に生まれた娘に御座います」
スカートの裾を摘まみ、右足を引いて、優雅にカーテシー。
時候の挨拶に敢えて「瑞穂」つまり日本を意味する季語を入れることで、異世界日本を匂わせ。
外見3歳の幼女の完璧な貴婦人としての挨拶は、この荒くれ者の集う冒険者ギルドの空気を一瞬で支配したんだよ?
エリスの名乗りに、ちょっと不穏な単語が混じっていたような気がするけれど、それが氏ってどういうこと? って物凄く気になるけれど、それはともかく。
ドリーと一緒に勉強した、礼法講座の成果を十二分に発揮したんだよ? うん、エリスは王侯貴族の前に出しても、恥ずかしくないだけの作法を身に付けているの。
「氏より育ち、と謂うけれど……。
いや、そんなことは後で良いな。
初めまして、エリス。生まれたこと自体を知らなかったとはいえ、これまで放置していたことを謝罪する。
キミは正しく、リリス大公と我の間に生まれた娘であり、ドレイクの正当な血を継ぐ姫であることを、ここに宣言する。
キミが望むのなら、コンロンシティにキミの部屋を用意するが――」
「否。母からは、ぱぱ……ショウさまたちに鍛えてもらい、その一方でショウさまたちを守り導きなさい、と言われています」
え? エリス、それはどういうこと?
「ま~たあの駄女神が暗躍しているのか。
いやもとい、エリス。キミがショウくんのことを『パパ』と呼ぶことを、我に遠慮する必要はない。
キミの育ての親は、間違いなく彼らなのだから。
ショウくん、ミナくん、シズクくん、ヒロシくん、そして雄二。
これからも、遠慮なくエリスのことを、厳しく鍛えてあげてほしい」
エリスは、お母様と何らかの方法で連絡が取れている? だとしたら。
否、多分、それは良いこと。エリスはご両親に棄てられたわけじゃないんだから。もっとも、「ショゴス」という氏と、今陛下がおっしゃった「駄女神」という表現で、ちょっと不穏な想像も出来るけど。あの、お札の真贋鑑定の呪文の文言のこともあるし。
「それから、ソニア。
難しい任務を託しているけど、今では君にそれを託したことが間違っていなかったと自分の選択を誇っているよ。
これからも変わらず、彼らとともにあり、彼らの良き支えとなってほしい」
「勿体無いお言葉です。
非力ながら、これからも皆様のお役に立てればと思っております」
陛下が次いで声を掛けたのは、ドレイク王国有翼騎士の、ソニア。うん、美奈たちはソニアに頼りっぱなしなんだから、どれだけお礼を言っても足りないんだよ?
「それで善い。
ところで、君たちはこのあとどうするつもりだい?」
そして、美奈たちに。対してショウくんが。
「全く予定はないです。アドリーヌ公女の試験が終わるまではお待ちするつもりですが、その後のことは。
俺たちが始めた戦争の話もあるから、最終的にはモビレアに帰らなければならないでしょうけれど、急いで帰る理由もないし。
陸路で、リングダッドを経由して帰ろうかと思っています」
「そうか。では試験が終わるまでは、ゆっくり出来るね。
もしよければ、軽い食事なんかどうだろう? 君たちも聞きたいことがあるだろうし。
現時点では、質問の全てに答えることは出来ないけれど、答えられる範囲で答えてあげられるよ?」
聞きたいことは、たくさんあります。答えてもらえるのなら嬉しいです。
けど、それは聞いても良いことなのかな? これは、カンニングにならないのかな?
「わかりました。幾つか教えていただきたいことがあります。
けど、自分たちの目と耳で知り、自分たちの頭で考えて出さなきゃならない答えは、やっぱり自分たちで考えます」
「そうだな。当然だ。まぁヒントくらいは出してあげられるかもしれないけれどね」
そう言って、美奈たちは座を移したの。
◇◆◇ ◆◇◆
行った先は、歓楽街に程近い、ちょっと客層の悪そうな酒場だった。
ちなみに、まだ開店時間じゃなかったみたいなのに、無理矢理店を開かせていた。
「ここはね、秘密の話をするのに持って来いの場所なんだ。
なんせ、この店のマスターは盗賊ギルドの元締めだからね。どんな密偵でも、この店の中での話を聞き出すことは出来ないんだよ」
「あ、テメェ! 一見の客の前で、そんな秘密を暴露するんじゃねぇ!」
「大丈夫大丈夫。マスターだって、彼らの素性をもう知っているんだろう?」
「おめぇの隠し子。って言われているけど、血縁関係はないようだな。
西大陸の騎士王国で、異世界とやらから召喚された、若者たち。
今は、〝ア=エト〟っていう名で『対〝サタン〟大連合』を各国に働きかけている。
その〝サタン〟の正体は、アレク、アンタだっていうのが通説だけど、〝ア=エト〟の足跡を辿ると、別の答えが見えてくる。
アザリア教国の、教皇。善神の名の下に、むしろ悪人の庇護者になっている瀆神者。それが、〝ア=エト〟の敵だ」
(3,025文字⇒2,859文字:2018/09/30初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/14 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
【注:「瑞穂」は「瑞々しい稲穂」を意味し、秋の季語であると同時に、日本国の雅称のひとつです。正確には、「豊葦原千五百秋水穂国」(『古事記』『日本書紀』より)と詠みます。
「六花」は雪の雅称のひとつで、その結晶が六角形(或いは六方に広がる花の形)であることに由来します。ちなみに冬の季語でもありますが、季語として使われる場合は「りっか」より「むつのはな」と詠むことの方が多いようです。なお日本の気象庁の天気記号で「雪」は、「円を六分割」したものを使用します。
この二つの雅称を重ねることで、「瑞穂の国から六花の国へ」という、魔王自身の転生の様子と、転移してきた五人、そしてそれらに守られたエリス自身を隠し詠っています。ちなみに他の季節であっても、日本を暗示する季語はあります。
このエリスの言葉がきっかけとなり、ドレイク王国の雅称として「六花の国」という表現が生まれるのは、また後の話】
・ ネオハティスの冒険者ギルドの受付嬢は、ソニアと同じ世代の民間人。だから「アレク」が「アドルフ王」の本名(というか生まれた時に付けられた名)だという事を知りません。また五人も、(既に何人かが彼らの前で魔王を指して「アレク」と呼んでいましたが)それを意識していませんでした。
・ 「閣」とは建物を意味し、転じて「政治を執る場所」の意味となり、そこから派生して「閣下」は「閣の下に集う人」つまり大臣を指します。だから、君主の敬称として「閣下」はむしろ侮蔑語。当然ここでは、冗談として使っていますが。
・ 姓に『ドレイク』を持てるのは、嫡子のみ。つまり、エリスは「ドレイク王の落し胤」ではなく、王妃との間に生まれた正式な娘であるという意味です。ちなみに、「名・姓・氏」です。
・ アドルフ・ヒットラーの蔑称には、「チョビ髭」なども。尚「総統」も異称のひとつです。
・ ドレイク王は、自分の正体(前世)が雄二にばれていることを前提として話をしています。というか、「気付いていないのなら破門だ!」くらいの評価かな? だから、「雄二」と日本語呼びをしても動じない彼の態度に、内心にんまり。
・ 松村雫「おのれ何奴! 朝乱か! これより先は冒険者ギルドぞ! 全冒険者、こやつを止めろ!」
髙月美奈「お待ちなさい! エリス、ご挨拶なさい。貴女のお父様です」
エリス「ひゃー、ひゃー……」
美奈「臣下の非礼、申し訳ありません。私、〝ア=エト〟なる形なき古の亡骸を守る神女、髙月美奈にございます」
アドルフ陛下「アンタいつから詩女になった?」(FSS 9巻より)
・ (別バージョン)
髙月美奈「エリス、ご挨拶なさい。貴女のお父様です」
エリス「Addie, I’m your daughter.」
アドルフ陛下「真のラスボス、キター!」(StarWarsより)




