第21話 ついに、見《まみ》える
第03節 魔王国へ〔8/8〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
ドレイク海軍第二艦隊の観艦式を至近に見ながら。
見学の為の小舟を縫うように、俺たちの船はボルド北港に錨を降ろした。
「さて、姫さん。否、ここからはちゃんと呼ぼう。アドリーヌ公女殿下。
ここが、これから殿下が四年間を過ごす町です。
殿下はここで、多くのことを学ぶでしょう。
学校で学ぶ、学科だけではありません。異国の生活を肌で知ることも、勉強になるでしょうし、身分の違う――殿下が知らない――平民として生まれ育った子供たちとの交流でも、学べることが多くあると思います。
そんな、様々なことを学んで、精々将来アマデオ殿下を尻に敷いてやってください。
『賢い女は嫌われる』。そんな泣き言を言う男も少なくありませんが、それは男が情けないだけです。そして、アマデオ殿下はそんな情けない男じゃないはずです。アマデオ殿下も、公女殿下からの手紙を読んで、今頃必死で多くの勉強を始めているはずですから。
『男女の仲は、戦いだ』と言う人もいます。だから、アドリーヌ公女殿下。アマデオ殿下に負けないような、佳い女になってください」
「はい、先生。今まで有り難うございました。これからも、何かありましたら手紙を出させていただきます」
「侍女さんたち。アドリーヌ公女殿下をお任せします。
多分この町は、貴女たちの常識からすると、非常識の塊のような町のはずです。だから、貴女たちの方こそ、この町の日常に慣れるのに時間がかかるかもしれません。
けれど、多くのことに関して、否定をしないでください。
母国と違うことを、拒絶しないでください。
その違いを学ぶことこそが、公女殿下がこの町に来た理由のひとつなのですから。
まず受け入れ、理解し、その上で是と非を判断なさってください」
「貴方たちに姫様のことを任される謂れはありません。姫様のお世話をする為に、私たちは今ここにいるのですから。
ですが、おっしゃられたことはわかりました。旅をしていた月が一巡りする間で、姫様は驚くほどに成長なさりました。疑う余地もなく、これは貴方たちの薫陶の賜物でしょう。
それを無駄にしないように姫様をお守りすることを、お約束致します」
これで、俺たちの依頼は事実上完了。あとは、ドレイク王国側の使者に公女殿下を引き渡せばいいのだけど。
と思ってあたりを見渡すと。そこには見覚えのある女騎士が。
「お久しぶりです、皆様」
「テレッサ、ですか」
ソニアが、その女騎士の名を呼ぶ。そう、彼女は、以前ゲマインテイル渓谷で俺たちと戦った、あの騎士だった。
「アドリーヌ公女殿下の案内を、任されました。こちらへどうぞ。
まずは公女殿下が御入居される寮から案内させていただきます」
それを見送り、さて俺たちはどうしよう? と思っていたら。
「ショウさまたちも、宜しければご一緒に。のちほど、ネオハティスの冒険者ギルドを案内させていただきます。クエストの完了通知は、そちらでお受け取りください」
「わかりました。けど、俺たちに対してそんな丁寧な言葉は不要ですよ?」
「そのような訳にはまいりません。ショウさまは、我がドレイク王国の王太子候補のお一人である、王子殿下にあらせられますから」
……! なんじゃぁそりゃぁ?
◇◆◇ ◆◇◆
色々尋ねたいことがあるけれど、尋問する相手はテレッサじゃない。
アドリーヌ公女殿下が、その目を煌かせて俺たちの方を見ているけれど、俺たちの方が疑問でいっぱいだから。
ともかく、テレッサが馭者台に座った馬車に乗り、ある一軒の分譲住宅に来た。
……まるで、アメリカの地方都市や開発地域にあるような、区画整理された、同型の一軒家が並ぶ、小規模の集落。
「ここが、公女殿下がお住まいになる寮です」
貴族だから。侍女たちを従えているから。
だから、所謂集合住宅の〝寮〟という訳にはいかないのもわかる。欧米では、学生寮と言いながら一軒家を用意することもあると聞いたことがある。
だけど、この世界の常識で考えたら。
南向きの庭に面したその窓は、全面ガラス張り。冬は寒い北国で、採光と日差しの暖かさを堪能出来る、贅沢な造り。
と言えば聞こえはいいけど、この窓ガラスだけでスイザリアなら一体いくらになると思っているんだ!
その外観だけで公女殿下らが圧倒されているにもかかわらず、テレッサは全く気負いもせずに家に足を踏み入れた。そして、躊躇いもせずに壁にあったボタンを押して。
「ここを押すと、玄関と通路が明るくなります。もう一度押すと暗くなりますが、わざわざ押さなくても、一定時間が経過すると自動的に消えるようになっています」
……皆まで言うな。よくわかった。
つまり、平成日本の「スマートハウス」を魔法的に再現している、という事か。
どうせ異世界チートの常として、トイレは暖房便座・消音音楽付きのシャワートイレなんだろう?
半分やさぐれた気持ちで寮の中を見学して(暖房は床暖房と魔石式ヒーターの兼用らしい。調理器具は魔石利用の疑似IHヒーター。魔石式羽根車型ポンプで水道を回し、風呂は当然温水・シャワー完備)、公女殿下は一つ一つ驚いていたけれど、俺たちにとっては「へぇ、すごいな」程度でしかない。柏木などは、「ここまでやっているのに電話もテレビもねぇのか」と失望しきり。武田は「インターネットがないなら全部無駄ですね」と一刀両断。
ついでに、「公女殿下の帰宅時間の30分前に暖房のスイッチが入るようにしろ」とか「食事時間に合わせて自動調理が出来るように出来ないのか」とか無茶ぶりしてみた。
ここで、俺たちが「30分」という時間概念を口にしたにもかかわらず、全く違和感がなかったという事実に気付いたのは、あとになってからだったけど。
◇◆◇ ◆◇◆
寮の見学が終わった後、公女殿下は学校へ案内された。そこで、学力到達度確認試験を受けさせられるのだそうだ。俺たちの、この約一ヶ月間の成果が試されるという訳だ。
けど、それはともかく。
道中、冒険者ギルドの建物の前を通り、そこで俺たちは公女殿下らと別れることになった。どうせ学校までついて行っても、学校は女子校だから男子禁制だし、試験が終わるまではただ待つことしか出来ないから。
そしてギルドに入り。
「いらっしゃいませ。出向ですか? それとも、転籍?」
「否、どちらでもない。クエストの完了通知をこちらで受け付けてもらえると聞いているが」
「かしこまりました。クエストの受注書を見せてください」
言われた通り渡すと。
「【縁辿】の、ショウさま。否、ショウ殿下であらせられますね?」
また、「殿下」呼び。本当に、何なんだよ?
「では、少々お待ちください」
言われて待っていると。
「遂に、俺の国に辿り着いたね」
後ろから、一人の男が声をかけてきた。
(2,918文字⇒2,709文字:2018/09/30初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/12 03:00掲載 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正 2019/08/12衍字修正)
・ 12人乗り(キャパ的には、16人乗れます)の大型馬車。実は通勤電車のような向かい合わせのベンチシートで、入り口に当たる場所は「補助シート」のように折り畳めます。なお、そのシートでもこの世界の普通の馬車より坐り心地が良いのですが。
・ 寮の窓ガラスは、断熱二重構造。中空にエアコンの暖気を送り込むことで曇りもありません。
・ ドレイク王国の住宅は、「一石、二石」という形で、使用する動力用無属性魔石の数でグレードが分けられます。一般家庭は一石、所謂大豪邸は五石、崑崙城は十八石。そしてアドリーヌ公女の入居する寮は、四石のものが宛がわれています。実は、最新型の先行販売タイプ。外国要人留学生の入居する寮には、国力誇示の意味も含めて、最新型の住宅を提供するのが伝統なんです。
・ 髙月美奈「フリーWi-Fiアクセスポイントはないのか、って感想欄で要求されていたんだよ?」
テレッサ「……それは、一体何なのですか?」




