第23話 ミーティング・2 ~ビハインド・ゲーム(後篇:反撃の狼煙)~
第04節 契約〔6/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
大体の方針はまとまった。けど、抑えておかなければならないことがもう一点ある。
「もう一つ、契約について、意識しておく必要がある。
それは、今回の契約の裏側だ」
「契約の裏側? どういうことだ?」
「連中にとっての今回の契約の肝は、俺たちが任務を達成出来れば儲けものだけど、現実的には任務不達成となることが前提だ、という事だ」
「どういうこと?」
「任務不達成となったとき。その場合の契約書に記された内容は、『違約条項に基く罰則』じゃない。
不達成となったときは、契約上『別の契約を定める』とのみ記されている。『立場に配慮した内容』との但書もあるけど、この場合の『立場』は、〝異世界から無理矢理拉致られた被害者〟としての立場じゃない。〝従前の契約に定められた任務を達成出来なかった者〟としての立場だと考えるべきだ。そうなると、その『別の契約』とやらは、字義通りの奴隷契約になると思った方がいい。女子は、性奴隷にされる可能性も高いだろう。
『死ぬまで戦えとは命じない』という言葉は、つまり『死ねという命令以外なら何を命令してもいい』ってことになる。だから、『任務不達成でも、殺される訳じゃない』って思ったら、とんでもないってことだ。
言い換えると。『任務不達成』となるくらいなら、『永遠に任務遂行中』の方がマシだ。
そして、そう考えると。
『任務不達成』を判断するのが教国とやらの教皇なら、教皇とコンタクトをとらない方がいいってことになる。そうすれば、教皇は絶対に『達成不可能』と判断する事が出来ないからね」
そして、俺たちに付けられるであろう、監視役。
「その為には、どこかのタイミングで俺たちに付けられる監視役を撒く必要がある。
東大陸に渡った後、監視役を暗殺するってことも選択肢のうちだ。連中は『俺たちをフォローする』ことが契約に定められているけれど、『俺たちがそのフォローを妨害してはならない』とは契約書のどこにも記されていないからね。
おそらく監視役に就くのはエラン先生だと思うから、暗殺は心情的にどうかと思うけど、それでも監視役が付いたままでは、教国に行って教皇に謁見せざるを得ないと思うから」
◇◆◇ ◆◇◆
「大体、結論が出たな」
松村さんが、まとめに入った。
「大目標としては、〝魔王〟を討つ為の行動をしながら、〔契約魔法〕を解除する方法を探すことと、元の世界に帰る方法を探すこと。
中目標としては、契約に則り連中に嫌がらせをすること。
小目標としては、物資の調達と生活環境の改善。
そんな感じか」
いや、「嫌がらせ」って身も蓋も無いんですが。でも、それに付け加えるのなら。
「それだけじゃない。
魔法をはじめとする、多岐に亘る知識の習得も、今すぐにでも始めなきゃならないことだ。
もう二度と、『知らない』ことで不利益な契約を結ばされることがないように。
知識があれば回避出来る罠に、二度と嵌まることのないように」
そう。知っていれば避けられたのなら、知らなかった俺たちの自業自得という事になる。
だから、俺たちは学ばなければならない。
俺たちにとっての〝敵〟である、魔術師長に師事してでも。
◇◆◇ ◆◇◆
〔亜空間倉庫〕でのミーティングは、2時間近くかかった。
これまでで、最長滞在時間という事になる。
けど、誰も息苦しい思いはしなかった(雰囲気最悪だった最初の頃の息苦しさは、酸素不足が原因じゃない)。もし、最短でも8時間程度の滞在が出来るのなら、表の世界では眠らず、〔亜空間倉庫〕の中で寝た方が、俺たちにとっては安全だという事になる。
そして。就寝を〔亜空間倉庫〕で済ませれば、表の世界で俺たちは24時間動ける、という事になる。
親父たちの更に上の世代のサラリーマンじゃないけれど。
でも、それは俺たちのアドバンテージだ。
今まで、監視の目を掻い潜る為には〔亜空間倉庫〕を使うしかなかった。
けど、表の世界で24時間動けるのなら。
寝たふりして一時間程度様子を見れば、監視の目を掻い潜れる。
そして、気配を消す為の何らかの手段を見出せば、深夜という時間帯は俺たちが自由に行動出来る時間になる。
連中は、明確に俺たちの〝敵〟だ。なら、その宝物庫から財宝を頂戴したって、良心は咎めない。否、「俺たちが、契約遂行を前提として、最高のパフォーマンスを実現する為」に必要なことだ(笑)。ならそれは、契約に定められた内容だから、それを阻害すること自体が契約違反だろう。
他にも、知識を求めるのなら。
まず文字を読めなければ話は始まらない。
そして、文字が読めるようになったなら。
この国の、全ての本を盗み出してやる。
読めるのなら、それはきっと福音になる。
知識の不足は、書物で補う事が出来る。なら、今すぐ必要じゃない知識でも、それが記された書物を持っていれば、いずれ役に立つ日が来るかもしれない。
◇◆◇ ◆◇◆
一旦表に出てから、改めて〔亜空間倉庫〕の扉を開き、行動時間について皆と相談した。
「つまり、上手くすれば俺たちの一日は24時間プラス8時間で32時間になるのか」
「否、もっと増やすことも出来ます。けど、人間の体内時計は個人差もありますが25時間前後と言われます。
なら、〔亜空間倉庫〕で8時間の就寝時間を使っても、表の世界で24時間働くことは出来ません。
むしろ、この〔亜空間倉庫〕に12時間滞在出来るなら。
就寝時間8時間をここで費やしても、表の時間と整合性を持たせる事が出来ると思います」
武田の言葉。成程、表の世界で16時間生活し、〔亜空間倉庫〕を開いて8時間就寝。そして更に4時間滞在した後表の世界に戻れば、そこから更に12時間活動出来る。
あとはその積み重ね。〔亜空間倉庫〕を開く時間が、表の世界の時間で12時間おきになるというだけで、不自然さは無くなる。勿論、「12時間おき」にこだわる必要もないけど。
では、この〔亜空間倉庫〕内で、何をして時間を費やす?
答は簡単だ。勉強と運動。
今は学ぶべきものが無いから、勉強は出来ないけれど、運動は出来る。
なんせ、俺たちには「武芸十八般」の松村さんがいるのだから。
柏木は、長柄戦槌の扱いを。
俺は、槍の扱いを。
それぞれ松村さんの指導で鍛錬することにした。
一方、美奈と武田は、武術鍛錬は必要ないと話し合いで決めた。
最低限の鍛錬は、表の世界でエラン先生から学ぶ。けど、全員が脳筋になる必要はない。
この〔亜空間倉庫〕内に於いても、タイムキーパーとか、客観的に鍛錬の成果を評価する人間とかは、必要なのだから。
そして、鍛錬に休憩を挟みながら、俺たちは8時間〔亜空間倉庫〕に滞在した。
誰も、息苦しさを覚えなかった。
一旦、〔亜空間倉庫〕から出て、すぐまた扉を開く。
そして、目覚ましをセットして、8時間就寝。
目覚めてから、また4時間の鍛錬。
合計12時間の滞在に成功した。これで、武田の構想を実現出来る。
さあ、反撃の狼煙を揚げよう!
(2,958文字:2017/12/09初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/15 03:00掲載 2018/05/15誤字修正 2018/06/09衍字修正byぺったん)
*「ぺったん」は、ゆき様作成の誤字脱字報告&修正パッチサイト『誤字ぺったん』(https://gojipettan.com/)により指摘されたモノです。
【注:「人間の体内時計は一日25時間」というのは俗説で、National Geographic日本版「連載 睡眠都市伝説を斬る 第2回 体内時計25時間は嘘だった!」(2012年12月3日号掲載)(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20121203/332679/)に拠りますと、24時間10分(個人差有)なのだそうです。なお武田雄二くんは、お爺さんから聞いた話を根拠にしてますから、25時間説を信じています】




