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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第六章:進路調査票は、自分で考えて書きましょう
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第17話 嵐

第03節 魔王国へ〔4/8〕

◇◆◇ 美奈 ◆◇◆


 翌日の、ドリーを歓待する式典(セレモニー)は。

 異様な雰囲気だったそうだよ。


 どうも王様からの、御璽(ぎょじ)()された親書には、総督閣下の更迭(こうてつ)を知らせるものであったらしく、当然それを知るのはドリーと総督閣下だけだけど、だからこそ総督閣下の振る舞いが精彩に欠けるものになっていたみたい。

 多分、あと四ヶ月ほどで、正規の交代要員がブルックリンにやってくる。普通なら、飛び地の代官や総督の不正や不実、国王陛下への二心(ふたごころ)等は、そうそう簡単に処断出来ない。所要時間を考えると、早馬で約一ヶ月、貴族の馬車なら四ヶ月かかる距離にいるのだから、中央がその(うわさ)を聞き付け、調査員を送り込み事実を把握し、その調査員が戻り、決定を下すだけで軽く一年はかかるから。そして代官や総督の任期は大体三年なので、その時にはもう任期が満了しているというのが普通。精々留任があり得ない、という程度。

 なのに、とある冒険者旅団(パーティ)への聴聞(ちょうもん)を行った、その日の夕方には、その聴聞の内容を理由にして御璽入りの解任通知が王都から届く。着任(わず)か一年で任地を離れなければいけない。そんな事態、想像すらしたことがなかったというのが実状みたい。


 国王陛下にとっても。美奈たちが、公開出来る相手を慎重に選んでいた、美奈たちの秘密の一部を、敢えて初対面の総督閣下に開示することで、それを〝踏み絵〟に使ったみたい。ブルックリンは、「サウスベルナンド伯爵領ブルックリン地方」になる訳だから、ウィルマーを拠点にする美奈たちも今後関わることが増えるから。面倒ごとの芽は早めに()んでおきたいという事みたい。


◇◆◇ ◆◇◆


 さて、当初の予定では、ドレイク王国ボルド港行きの船は、セレモニーの四日後に出港予定だったの。

 けれど総督閣下は、可能な限り早く美奈たちに町を出て行ってほしいらしく、三日後には出港準備が整っていたよ。そしてその間。本来であれば毎日ドリーと色々な打ち合わせをするはずの総督閣下は、その「打ち合わせ」の内容がその日のうちに王城に報告されるという現状を恐れてか、〝急用〟やら〝不意の来客〟やらで逃げ回っていたみたい。


 そして、ブルックリン入港七日目。第856日目に。

 美奈たちは再び、船上の人となったのでした。


◇◆◇ ◆◇◆


 実は。経験豊富な船長は、出港予定を繰り上げるどころかもう2~3日繰り延べた方が良いと、総督閣下に進言していたの。ドリーにも、そう言って総督閣下を説得してほしいと懇願していた。


 どうも雲行きが怪しいらしい。現代日本風の言い方をすれば、「大型の台風が接近している」状況だって。2~3日以内に船をマキア港に避難させるか、或いは桟橋(さんばし)に厳重に固定しなきゃならないみたい。だから、その日のうちに港に戻る漁師ならともかく、別の港(それも嵐の針路に近い北)へ向けて船出をするのは、自殺行為というのが船乗りの常識。

 でも、「この嵐の中で針路を見失わずに済むのは、ドレイク王国のラザーランド提督とリンドブルム提督くらいだ!」という船長さんの言葉で、思わず(ほお)(ほころ)んじゃったんだよ?


 だけど、貴族である総督閣下が平民である船長さんの言葉を聞き入れるはずもなく、またドリーを遠ざけたい総督閣下は、だから自分の決めた予定通りに美奈たちを船に乗せたの。


「つうことで、この船は嵐の中を航行することになる。正直、お客さん方の生命の保証は出来ねぇ。だが、最善を尽くすことを約束する」


 船長さんは、一介の冒険者に過ぎない美奈たちに対しても、随分(ずいぶん)丁寧(ていねい)に接してくれたんだよ? そして、その船長さんの言葉に対し、ショウくんは。


「有り難うございます。何とか避難出来る港はないのでしょうか?」

「あることはある。ローズヴェルトのパスカグーラ港。だが、嵐が激しいときに下手に港に入ると、走錨(そうびょう)して他の船や港湾施設を巻き込んで大惨事になりかねない。要するに、沈むなら一隻(ひとり)で勝手に沈め、他の船(たにん)を巻き込むな、ってことだ」

「厳しいけれど、当然でしょうね。ですが、俺たちはドli……、もとい、アドリーヌ公女を守る義務があります。仮令(たとえ)走錨して港湾施設や他の船舶を破損させることになったとしても、公女の安全を優先させることを求めます。

 航行中の待遇や乗り心地は気にしないで構いません。パスカグーラ港に避難することを第一に考えてください」

「わかった。嵐の中でお客さん方の世話までは出来ねぇ。それは勘弁してくれよな?」

「当然です。水も食事も、俺たちが持っている携行食で済ませますから、気にしないでください」

「お客さん方がそこまで覚悟を決めていらっしゃるのなら、(こた)えなきゃ男じゃねぇな。任せとけ!」


 そう言って、船長さんは美奈たちの船室から出て行ったんだよ。


「ねえ、ショウくん。美奈たちも手伝った方が良いのかな? 船のことはよくわからないけど、厨房の手伝いくらいは出来るし」

「船が揺れる理由は、基本的には波とうねり。だけど帆船の場合は、風の影響も無視出来ない。嵐の中を進むってことは、かなり大きく揺れるってことだ。この船くらいだと、復元力の限界まで考えると、100度くらいは傾くと思った方がいい」

「ちょ、100度って、直角より大きいじゃんか!」

「そ。壁が床になって、更に傾くくらいだ。美奈、そんな中で、料理なんか出来るのか?」

「うっ。でもでも、〔倉庫〕の中でサンドイッチみたいなのを作れば――」

「そんな揺れの中、通路を歩く事が出来るか? (いや)、通路の横に揺れるのなら、壁が床になるだけで済む。けど、通路が壁になるような揺れの中で、美奈は船の中を歩けるか?」

「それは……」

「ただ船室の外に出るだけで、船員さんたちに迷惑を掛けることになりかねない。ただでさえ忙しい船乗りさんたちだ。それが嵐の中を突き進むっていうんだから、余計な仕事を増やしちゃ駄目だ。俺たちは、船室内で大人しくしているのが、一番彼らの助けになることなんだから」


 しょぼん。でも、確かにそうかも。

 船員さんたちが、美奈たち(というかドリー)のことに気を回さなくていいっていう状況こそ、一番の手助けになるんだと思う。


「美奈。エリスを抱っこして、俺に(つか)まってろ。

 松村さんは、姫さんを。

 あと、柏木は武田を抱っこしておくか?」

「止めろ」「止めてください」


 ショウくんの冗談に、柏木くんと武田くんが本気で嫌がっています。


「そうか、ソニアの方が良いか。

 ソニア、武田を――」

「勘弁してください。自分で何とか出来ます」

「本当に大丈夫ですか? 遠慮なく抱き着いてくださって構わないんですよ?」

揶揄(からか)わないでください!」


「武田。後ろから抱っこしてもらうよりも、前から抱き着いた方が安定するぞ?」

「松村さんまで! 大丈夫ですから、自分で何とかしますから!!!」


 うん、あんまりイジメると、武田くん泣いちゃうんだよ?


「まぁ何にしても、船員さんたちに迷惑を掛けないこと。それが、パスカグーラに着くまでの俺たちの仕事だ。

 こまめに〔倉庫〕を開く。ちょっとでもつらくなったらすぐに言うように」


「はい!」

(2,972文字⇒2,830文字:2018/09/17初稿 2019/07/01投稿予約 2019/08/04 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)

・ 船が傾いても元に戻る力を「復原力」と言いますが、旧日本帝国海軍の戦闘艦は(昭和9年の水雷艇友鶴の転覆事故を契機に復原力確保を堅持した為)、戦艦で70度前後、重巡で90度前後(ともに満載時)の復原力があったといいます。近年の復原力不足を理由とした船舶転覆事故と言えば、平成26年4月に起きた、某K国の海難事故があります。

 帆船は意外と復原性は高く、外洋ヨットなどでは180度(つまり天地逆転)しても回復出来るものさえあるそうです。一方で中世の帆船の標準的な復原力がどの程度かは……、残念ながら信頼に値する資料が見つかりませんでした。

・ 「アドリーヌ」(フランス系)のスペルは、〝Adeline〟です。だから愛称の「ドリー」は、〝Dollie〟(〝R〟ではなく〝L〟)になります。

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