第15話 自分たちがやった事
第03節 魔王国へ〔2/8〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ブルックリンに入港して、姫さんは総督の下へ。ボクらは今後のスケジュールの確認をしました。
お姫さんの歓待のセレモニーは、明後日の予定。そして船の出港準備が整うのは、更に四日後。随分のんびりしていると思ったけど、公女殿下をお迎えするとなればこの程度の時間感覚が通常なのかもしれません。
しかも。お姫さんは「モビレア公女」ですけど、いずれ「サウスベルナンド伯爵夫人」となる訳で、「南西ベルナンド地方」はそのサウスベルナンド伯爵領の一部になります。現総督はそれを前提に今年の春に着任した為、ここでいい加減な対応が出来ないというのが本音のようです。
そういう訳でボクらも、職員食堂で食事してから〔倉庫〕でミーティングの後、総督館の来客用寝室で就寝。
翌日。ボクたちは、この町にあるローズヴェルト王国の総督館を訪れました。
ブルックリン地方は、カラン王国の問題が解決するまで、ローズヴェルトとスイザリアが共同統治することとなっています。その為ローズヴェルト側の地図では、ここはベルナンド伯爵領。その為「領事館」ではなく「総督館」が置かれているのです。
けれど、街を歩けば、どこを見ても「スイザリア王国サウスベルナンド伯爵領旗」が翻っています。特に町を出入りする商隊は、例外なく。
この情景を見て、「ブルックリンは何処の国の領地だ?」と問われれば、十人中十人が「スイザリア王国サウスベルナンド伯爵領だ」と答える事でしょう。
「止まれ。何者だ!」
「冒険者です。以前ベルナンド伯爵閣下より、これを託された者です。
総督閣下にお目通り願えることを希望します」
名は名乗りません。平民の名前には意味はありませんから。
国籍も告げません。冒険者などはどうせ根無し草です。余程の高位冒険者でない限り、所属国に意味はないのですから。
そして提示したものは、以前ベルナンド伯爵から頂戴した、王貨。換金が目的ではなく(総督にはその権限がない)、ただ自分たちとこの地方の領主との関係を証するものとして、それを提示したのです。
王貨は、盗難により本来下賜された者以外の者がそれを所有することが、充分にあり得ます。けれど、それの対策は取られていません。何故なら、「王貨の換金」はその国の貴族の裁量で行うものであり、その持ち主が品性下劣であるのなら、その王貨を正規に取得したのだとしても、換金する立場の貴族はわざわざ相手にする必要はないのですから。
だけどだからこそ。王貨の所有者は、確実に領主貴族本人と面会する事が出来るのです。その貴族がその目で相手を検分する為に。もっとも、その為「暗殺者が王貨を所持した時が恐ろしい」とも言われるのですけれど。
「それで、其方らはどのようにして王貨を手に入れた?」
総督閣下へのお目通りが許されて、まず尋ねられたのがそれ。つまり、身元確認です。
「一年前に起った、冒険者ギルドによる叛乱事件の当事者です。〝ア=エト〟の名で報告されていると思いますが」
そしてその事件も、その後の顛末も。そして何よりア=エトの名も。
総督閣下が御存じないはずがないのです。何故なら、あの事件のきっかけとなった、モビレア公からの親書。そこから派生して、現在のブルックリン地方の、スイザリアとローズヴェルトによる共同統治という仕儀になったのですから。
「ア=エト。黒髪の男女五人の冒険者と、ドレイクの女騎士の旅団。成程、報告にあった通りだ。では其方らをア=エト本人と認めよう。
だが、私には王貨を換金する権限がない。その為には一旦王貨をベルナンドシティに送り、領主様のご裁可を経て、改めてここに金貨を届ける、という仕儀になると思うが――」
「否。今回王貨を提示させていただきましたのは、我々の身分証明の代わりです。身分なき冒険者の身の上としましては、ローズヴェルト国内で提示出来るものが、他にはありませんでしたので」
それに。カネの無心をする必要は、現在全くありません。お姫さんの護衛である以上、必要経費は全てモビレア公に請求出来ますから。
「では、何の為に?」
「共同統治の現状を確認する為に。」
この、ブルックリン地方の共同統治は、ボクの発案です。
けれど、カラン王国とスイザリア王国サウスベルナンド伯爵領が、一応の講和を見た事により、あの時とは状況が変わっているのです。
サウスベルナンドの旗幟を掲げれば、あの『二〇三高地』と化したオールドハティスをも安全に通行出来ます。そしてスイザリアから見ると、陸路をオールドハティス経由でブルックリンに来るのはかなりの大回りにはなりますが、それが可能であるということは大きなアドバンテージ。
対して、ローズヴェルト王国側は、現状『二〇三高地』を突破する方法がないんです。否。「サウスベルナンド伯爵領旗」を掲げれば通行は可能でしょう。けれど、一国の貴族が、異国の領地の旗幟を掲げて行進することなど、出来ようはずがありません。
結果、スイザリアは陸路・海路両方を使ってブルックリンに来る事が出来るのに対し、ローズヴェルトはベルナンドシティの目の前にあるブルックリン地方に来る為に、わざわざ大回りしてパスカグーラから海路で来なければならないのです。
その状況を、このローズヴェルトの総督閣下は、どのように考えているのか。それを、聞いておきたかったんです。
「そう言えば、〝ア=エト〟の名。最近も聞いたな。
第二次リュースデイルの戦いでの、スイザリア軍の指揮官の名だ。それゆえあの峠に作られる新しい町は、『エトの町』と呼ばれることになると聞いた」
「エトの町って――」
ア=エトの名の由来を考えると。その名が確実に後世に残ることになる、町の命名は。飯塚くんにとってはさすがにショックだったみたいです。
「そしてあの戦闘の後。小鬼どもの領域の中でも、スイザリアのサウスベルナンドの旗幟を掲げれば、ゴブリンどもの襲撃に怯えなくて済むようになったという。
それでも、その他の魔物の襲撃はない訳ではないから、全く護衛が必要ないとは言えないだろうが、それでも他の魔物の襲撃も、他の地方とは比較にならないほど少ないというし、何より人間の盗賊の襲撃を警戒する必要が無いというのが商人たちにとっては魅力的なようだ。
おかげで商人たちは、サウスベルナンドの籍を得ようと大挙して動いている。我が国にとっては、小さくない影響だな」
どうやら、予想以上の成果が出ているようです。魔物の襲撃が減ることまでは予想していましたけれど、盗賊の襲撃も減るとは。でも考えてみれば、盗賊たちは領旗を入手出来ませんから。領旗を持たずにしかも人目に付かない場所に拠点を持とうと思ったら。ゴブリンたちの絶好の獲物でしょう。
だからこそ市民たちは。正規に発行された旗幟ではなくとも、よく似た意匠の旗幟を掲げることで、魔物避けの気休めにしているようです。
これ。サウスベルナンド領が、一兵も動かすことなくブルックリン地方まで、既に占領済み、ってことになりませんか?
(2,983文字⇒2,833文字:2018/09/09初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/31 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
【注:「領事館」は外国にあり、一方「総督館」は地方領(海外領土・植民地)に置かれます。「領事館」はその国の邦人保護が主任務(その国に対する外交権はない。外交権を有するのは「大使館」)であり、「総督館」はその地の管理運営が主任務(領地に隣接する国家との外交権あり)です】
・ 普通の領旗は、平民が気軽に入手出来るものではありません。値段も然ることながらその辺の商店で売られているモノではありませんから。だからこそ、店頭に領旗を掲げる事が出来るというのは、その店の自慢なんです。
ところが、サウスベルナンド領旗は、結構簡単に入手出来ます。勿論通し番号で所有者を管理され、一年に一度は紛失等がないことの確認を行われますが。
そして、ブルックリンの町の人たちにとっては、「サウスベルナンド領旗によく似た旗」を掲げることは。他国の旗幟を掲げている訳じゃないから、(ローズヴェルト側から見て)敵対行為とは言えず、またその旗とそっくり同じものではないから、サウスベルナンド領に対して気兼ねすることもなく。けれど精神的な帰属は。その旗一枚で、スイザリア側に寄ってしまうのは、仕方のないことで。
ちなみに、このことから。ローズヴェルトではこれに対抗して、一般市民が普通に入手出来る略紋旗が平民でも購入可能な価格で販売されるようになったとか。もっとも、共同統治をしているブルックリンのような土地でもない限り、何の意味も持ちえない為見向きもされなかったようですが。
・ 正規に入手した領旗であったとしても。ハティス地方で怪しげな拠点が作られたら、ワイズマン・ゴブリンたちはそれを破却した後領旗を没収することになるでしょう。
・ リュースデイルの峠は、エトの町が出来た後、『エトの峠』と呼ばれるようになります。これはリンクスタウン側の峠(ウィルマーの峠)との区別の意味もあるのですが。




