第14話 船旅
第03節 魔王国へ〔1/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
外洋航路と、沿岸航路は、航法からして違う。
どちらも現在位置の把握が重要になるというのは変わらないけれど、星を見て現在位置を特定する外洋航路と、目線を向ければ陸地が見える沿岸航路では、その難易度は段違いになる。
外洋航路は、風と潮に流されて、計算通りの位置に辿り着けない場合も多いけど、沿岸航路は流されても、あまり時間を置かずにその事実を計測出来、元の航路に戻る為の舵を切る事が出来る。
その一方で、外洋航路に於ける暗礁は、すなわちそこが浅瀬で、漁場になることから魚が集い、その魚を求めて海鳥が集う為、航行中にそれを発見することは意外に難しくない。けれど沿岸航路では、そこに海鳥がいることは普通であることから、暗礁の存在を知り得るか否かは航海士の知識に依存することになる。
そして、スイザリアは内陸国。海洋航海の知識は少ない。
マキアははじめから海洋貿易国の為、沿岸航路も外洋航路も相応に知識があるが、マキアからスイザリアに帰化した船乗りを擁していない限り、スイザリアの船が航海に出るというのは、かなりの冒険になるのだ。
幸運にも、この船の船乗りたちは、マキアというよりもローズヴェルト(旧フェルマール)のパスカグーラ港に母港を持っていた者たちで、フェルマールが滅びてからは文字通り浮草のような暮らしをしていた挙句、マキアに錨を降ろした連中だった。
だから、マキアからパスカグーラまでの沿岸航路は、既に何十回往復したかわからない。それくらい、行き慣れた航路だったのだ。
ついでに。最初の寄港地である、ブルックリンは。実を言うと、フェルマールが崩壊した後に港町として成立した、という、ちょっと面白い歴史がある。
フェルマールが健在の頃には、別に海運に頼る必然性がなく、陸路での輸送が主だったそうだ。けれど、フェルマール戦争の更に前に起った『毒戦争』に於いて。この地に援軍を派遣する為に、海軍が動員されたのだという。
内陸国家に於いて、海軍というのはあまり重視されていなかったらしい。
というのは、嵐などのトラブルが生じたとき、船が一隻沈めば、一軍が消滅する。だから、軍隊の輸送を船に頼るのは、リスクが大き過ぎると考えられていたのだ。
けれど海図が作られ、信頼出来る海路が開拓されたことにより、むしろそういった先入観こそ付け入る隙になる。そう言ったのが、フェルマール最後の王太子だったという。 そのことがきっかけになり、この地に港(それも軍港として利用可能なもの)を整備することが求められ、けれどフェルマール戦争が起こってそれどころではなくなり、その後計画が二度三度変更になりながらも、大型の船舶が入港出来る港が完成したのだという。
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帆船の水夫たちは忙しい。
船乗りは皆忙しいものだが、帆船、それも沿岸航路となれば、正直一瞬の休憩時間さえ採れないくらいの忙しさだ。だから最初は手伝おうかと思ったけど、オレたちが仕事を憶える頃にはもう港に着く。つまり、結局のところ足手纏いにしかならないという事だ。だから諦めて、お客さんでいることにした。
「それにしても、柏木は意外に船酔いに強いんだな」
波が高く、うねりが大きく、だから船は良く揺れる。その中で酔わずに済んでいるのは、オレと飯塚だけだった。
「オレはそういうのに強い体質らしい。むしろ、飯塚が平気な顔をしているのが意外だな」
「そうか。じゃぁ俺も酔うか。……うっ、気持ち悪くなってきた」
「おいおい、そりゃぁいくらなんでも嘘くさ過ぎるぞ?」
「まぁ半分冗談だ。船酔いっていう奴は、人間の平衡感覚を司る三半規管がパニックを起こすことでなるんだ。なら、意図的にパニックを起こしてやれば簡単に酔えるし、それを鎮めてやれば酔いも治まる。
車に酔い易い人も、自分がハンドルを握れば酔わないって言われるのは、そういう理由だ。揺れを予測出来、それに構える事が出来れば、その揺れでは酔わないんだよ」
「そういうこと、か」
「ああ。今、船は〝灘〟と呼ばれる海域にある。灘は、『サンズイに難しい』と書くように航海の難所だ。海底の地形が複雑だったり、複数の海流がぶつかり合う場所だったり、沿岸の陸地の地形の所為で風向きがコロコロ変わり易い場所だったり。それら複数の条件が重なり合うっていうのが、灘の特徴かな?
沿岸地形としては、ブルックリンが岬になり、潮の流れを切り分ける。
緯度的には、貿易風と偏西風が切り替わるあたりだろう。すると、地球の自転によるコリオリの力で生まれる風は、ちょっとの海水温差で西風と東風が入れ替わることになる。それに季節風が加われば、一瞬ごとに風向きが変わっても不思議じゃない。
海底地形まではわからないけど、この海域ではおそらく、この季節の風と潮を読むのは一苦労だと思うぞ」
いや、世界地図的な俯瞰から、航海困難度を予測するってどんだけだよ?
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船の上ではやることがなく、だからこそ姫さんの講義に集中しようにも、揺れる船上で机に向かえば酔いは一層激しくなる。そうなると避難の意味も込めて〔倉庫〕にいる時間が伸びるが、〔倉庫〕に何時間いても外界の揺れが収まる訳でもない。それでも、酔っている中でそれに耐え続けるのと、〔倉庫〕で酔いを醒ましたのちに、改めてその揺れに立ち向かうのとでは、やはり違うみたいだった。
それに、船の上ではやれることは少ないが、〔倉庫〕の中では松村の杖道講座も開催されるし、騎乗訓練も出来る。マキアの町に入った頃には、姫さんも普通に一人で馬を操れるようになっていたから騎乗訓練はもう充分なのかもしれないけれど、有翼獅子に乗ることを考えると、もう少し技術があった方がいいらしい。もっとも、技術云々より、動物たちと触れ合う時間が姫さんにとっては嬉しいらしく、厩舎・禽舎・畜舎の世話は積極的に参加していた。その一方で食肉処理はまだ抵抗感があるみたいだけど。
なお、船の上で出される食事は、姫さんも他の船乗りと同じものとしてもらった(侍女さんたちは反発したけど)。最初は(当然)船長に出す豪華なものを、と言われたが、「ただでさえ忙しい船乗りさんたちに余計な手間を掛けられない」と殊勝なことを言ってお姫さんの方から辞退したのだ。
沿岸航路では、備蓄を可能な限り節約して、と考える必要はないから、その〝贅沢〟が水兵さんたちの命にかかわる、ということにはならないのだが。
そして当然のこととして、姫さんは〔倉庫〕の中で、新鮮食材をふんだんに使った(船長の食事より)豪華なもので舌鼓を打っていたが。
そうして二日後の第850日目の夕刻。オレたちの乗る船は、予定通りブルックリンの港に入ったのだった。
(2,856文字⇒2,710文字:2018/09/09初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/29 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正 2021/07/28誤字修正)




