第13話 出港
第02節 寄ってたかってMy Fair Lady〔5/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
第848日目。
マキア市内に入る直前、俺たちは〔倉庫〕から馬車を出し、その馬車にモビレア公の旗幟を掲げてから入境した。
当然ながら、市民の目線に歓迎の色はない。しかも、俺たちが「〝大弓使い〟とその一党」と呼ばれる、旅団【縁辿】だという事も知られているのだろう。まぁ先日のような考え無しの行動を採る間抜けはいないようだが。
「皆さん、よくぞご無事で。お早い到着に驚きましたが、道中何事もありませんでしたか?」
マキア市内のスイザリア領事館に入り、そこの職員たちに驚かれた。
それくらい、モビレア公の旗幟を掲げるという事は、現在のこの町では自殺行為になるらしい。
「どうやら市民にとっては、モビレア公の旗幟よりも、〝大弓使い〟とその一党の方にこそ印象深いようでね。おかげさまで、アドリーヌ姫にはあまり良からぬ視線を向けられずにすんだよ」
ちなみに。俺たちは依頼としては「アドリーヌ姫の護衛」だが、公爵閣下の旗幟を託されているという事情から、武装特使としての立場が認められている。つまり子爵級となり、領事館の上級官僚と同格になる。その上で、平時の身分として官僚と冒険者の差があることから、領事館内での身分格差はなしとして振る舞うことになっている。
つまり、俺たちは領事本人(子爵)に対しては膝を折らなければならないし、領事は姫さんに対して、やはり膝を折らなければならない。けれど、領事館の職員と俺たちは、基本同格として扱われることになる訳だ。
「それで。船の用意は?」
「はい、それなのですが。
皆様には、まずブルックリン行きの船に乗ってもらいます。これは、ブルックリンの総督館への補給と交代人員を送る為の船ですので、心苦しいのですが、公女殿下には充分な環境を用意することは出来ません。
その一方で、ブルックリンでは公女殿下の御座船として相応しい船を仕立てていると連絡が来ています。
ブルックリンの総督館での歓待の後、そちらの船に乗り換えてもらうことになります」
「わかった。それで、どの程度時間がかかる?」
「海路としては、明日朝出港して、ブルックリンには明後日の夕刻入港になります。
そしてブルックリンを朝出港したら、ドレイク王国ボルド港に入港するのは、おおよそ5日後。潮と風によっては、8日かかることも覚悟なさってください」
合計7日から10日かかる、という訳か。しかもブルックリンでの歓待とやらが一晩で終わるとも思えない。常識で考えれば、丸二日間船に乗って疲れたお姫様を休ませる必要があるから、2-3日置いてから歓待の式典を行い、それから数日後に出港、となるだろうから。だけど、あまりのんびりしているつもりはないのが本音のところ。
「潮と風によっては、更に短い時間で。とはならない訳ですか」
「はい。この季節は北東からの風が強くなりますから」
「強い南風でも吹けば、早く着くと思ったんだけどね」
「……思い出させないでください。
私は北の地方の出身なのですが。
私が幼い頃、冬に、いきなり風向きが変わって強烈な南風が吹いたことがあるのです」
「何か、問題でも起こったのですか?」
「その日。北の地に星が落ち、そしてそこに〝魔王〟が生まれたと聞きます。その風は、魔王の誕生を寿ぎ、〝魔王〟の下に集う為に吹いたのだとか。
真偽は不明ですが、その一年後に、ドレイク王国が誕生したのです」
「〝魔王〟の、誕生、ですか」
「だからこそ。ドレイク王の使い魔とされる鷹は、〝南風〟と呼ばれているのだそうです」
〝魔王〟(神に叛くモノ)の誕生、って……。
そもそも、その〝概念〟がどこから生まれていたのかと思っていたけど。
成程。そんな世界規模の演出をしていたのなら、人知を超えた、神の敵としての〝魔王〟という概念が成立する、か。
それはともかく。
「わかりました。では風に期待することは出来ませんね。
夜に出港することは、さすがに危険だと思いますから、今夜のうちに必要な物資を積み込んで、早朝出港、と考えて宜しいですね?」
「そのつもりです。公女殿下に対し、充分な歓待が出来ないのが心苦しいのですが」
「急に決まった話ですからね。問題ありませんよ。と言うか、このマキアで、モビレア公女を歓迎する宴など、市民感情を刺激するだけでしょうから」
「ご理解いただけて光栄です」
◇◆◇ ◆◇◆
その日の夕食は、姫さんは領事閣下との会食、俺たちは職員食堂での夕食となった。姫さんは売られ行く仔牛のような表情でこっちを見ていたけど、知らん。これこそ貴族の義務だ。
もっとも、領事館の女使用人たちは、姫さんに長旅の疲労の痕跡が見えないことに吃驚していたようだけど。
当然だ。何せ町に入る直前に〔倉庫〕の中で、入浴と食事、そして睡眠を採っているのだから。その入浴だって、女子自慢の薬草風呂。ちなみに、上がり湯を生活用水に使えない(使える先が限定される)薬草風呂は、男子からするとなるべく控えてほしいのだけど、この件で男子の意見が通ったことなど一度もない。
食事だって、デザートを付けて。下手をしたら、領事閣下との会食で饗される料理より贅沢だったかもしれないのだから。
そして、姫さんの主観時間では、目を醒ましてまだ数時間。はっきり言って、一番頭がすっきりしている時間帯だ。
領事閣下は敵ではないけれど、姫さんにとって、一人きりで貴族(それも経験豊富な実務家)と向き合う環境というのは、飛び切りの緊張を強いられるだろう。だけど、それに対応出来るだけの心理的余裕を作れる時間帯ということも出来る。
貴族の令嬢としてのお披露目、とはまた違った意味での、姫さんの初陣だ。頑張ってもらおう。
なお。姫さん付の侍女さんたちは、さすがに疲労の色を隠せていないようだ。姫さんのように〔倉庫〕で休憩出来た訳ではないので。
◇◆◇ ◆◇◆
夕食後。俺たちの宿舎として宛がわれたのは一人部屋。だけど打ち合わせがあると称して全員が一旦松村さんの部屋に集合した。少し遅れて姫さんも来たので、全員で〔倉庫〕を開扉。
姫さんの、領事閣下との会食に於ける反省会(という体裁の、情報共有)や、今日のカリキュラムの残りの消化。今日は外界で眠るのだから、ちゃんと疲労しておかないと眠れなくなる。姫さんが睡眠不足などという事になれば、俺たちが変に疑われてしまうのだから。
そして、姫さんの身柄を侍女さんたちに託し、一晩過ごしたその翌朝。
軽く食事をして、近くの桟橋に係留されていた船に乗り込んだ。
その、桟橋。
二年前、ドレイク王国の戦艦『エンデバー号』が停泊していた桟橋だ。
あの、初対面のはずなのに懐かしさすら感じられた、敵のはずなのに敵対するというイメージが全く湧かなかった、あの不思議な女性。
サリア・リンドブルム公爵と出会ったこの桟橋から、あの女の住む魔王国へ。
俺たちは、今旅立つ。
(2,969文字⇒2,762文字:2018/09/07初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/27 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正 2022/06/15脱字修正)
・ 領事の身分(子爵)は、当然「公女」より上です。が、貴族の子女に対しては父親の身分を尊重するのが通例であることから、領事は「公爵」に対する礼法を以て公女を遇します。
・ 領事館内での「基本同格」という身分差は。言い換えれば、TPO次第でころころ変わるという事でもあります。シチュエーションによっては、つい五分前まで対等に歓談していた相手に膝を折らなければならなくなるし、その十分後にはその相手が膝を折ることになるかも。そうなると余計面倒くさいので、職員同士では儀礼を全廃してしまうのです。その上で、丁寧語で喋るのは、職員の自由。
・ 「薬草風呂」に使われる薬草は、魔法草である場合も少なくありません。つまり、ギルドに卸したらかなりの報酬が得られるモノを、ただ入浴の為に惜しげもなく使うという。けど、男子にとっても「後始末の大変さ」「上がり湯の再利用が出来ない」という点についての不満はありますが、コスト的な意味での苦情は思い至りもしていない模様。
なお、薬草風呂の入浴タイムは、女子が先。だけど、薬草のエキスが充分に湯に染み渡るのは、男子が入浴する頃だったりして。
・ ここに至ってなお、サリア・リンドブルム提督の正体(前世)に気付かない、飯塚翔くん。けど、これは〝フシアナEYE〟というよりも、〝親過ぎて見えない〟の方かと。
もう少し言うと。髙月美奈さんにとっての水無月麻美さん、武田雄二くんにとっての〝爺さん〟は、ともに師匠筋だった為、その一挙手一投足を見つめ、分析し、研究していたんです。が、飯塚翔くんにとっての水無月麻美さんは、‶近しい親戚〟。「親戚が実は有名人だった」なんていうのは、現実にもよくある話で。




