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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第六章:進路調査票は、自分で考えて書きましょう
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第11話 加害者と被害者

第02節 寄ってたかってMy Fair Lady〔3/5〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


機動(ドレッド)要塞(ノート)を囲むように、人が集まってる。

 人数は、おおよそ20人。農民か町民みたい」


 その日の朝、美奈がそう報告してきた。

 現在地は、ベスタの峠を越えて二日。今日明日と馬を走らせれば、明日の夕方にはマキアの港に着く。そこの領事館で一泊して、明後日の朝に船を出すつもりなのだけど。


「その、囲んでいる相手は、モビレア公の旗幟(きし)が見えていないのかな?」

「見えているからこそ、かもしれないぞ?」


 二年前のマキア戦争は、モビレア公爵領軍が中核だった。だから、マキア市民にとってモビレア公爵の旗は、憎悪の対象だという事も、あるのだろう。


「さて、どうする? 話し合いか、それとも問答無用で戦闘に入るか。

 まずは、姫さんの考えを聞かせてもらおう」


 飯塚が最初に指名したのは、ドリー。確かに身分的に考えれば、公爵令嬢であるドリーが最も上になり、最終決定権を持っていることになる。

 また、マキア戦争に於けるモビレア公爵の戦争責任、という話でも、ドリーが判断しなければならないことだろう。

 けれど、飯塚がドリーを指名したのは、そういう事以前に、自分の決断が周りにどういう影響を及ぼすのか。それを理解させる為に違いない。


「出来れば、話し合いで解決したいと思います。けど、その余地はあるのでしょうか?」

「相手の目的がわからない。その意味では、話を聞く必要がある。

 だけど、戦争被害の報復だというのなら。仮令(たとえ)姫さんが連中に(なぶ)られ殺されたとしても、犠牲者が(よみがえ)ってくる訳じゃない。

 それに、戦争被害の賠償を求めるのなら。姫さんはそれに責任ある約束が出来る立場じゃない。

 それ以前に。戦争絡みの賠償問題は、既に解決している。それは国と国の和解条項であって、直接の被害者だからと言っても被害国の市民が加害国の市民に何かを言うのは本来筋違いだ。言いたいことがあるのなら、その内容で講和を妥結した、自国の政府に言うべきだ。

 だけど、それじゃぁ済まないのが人間感情かもしれないけれどね」


 『可哀想』という感情論に立てば、ドリーは領主様の代わりに(ゆる)しを()うことを考えるかもしれない。

 けれど、それで赦されるものではないし、それ以前にドリーが頭を下げたら、それは単なるパフォーマンスに()してしまう。だからこそ、むしろそんな大道芸じみたことは、してはならないのだ。


「わかりました。では、まず話し合いを求めます。相手が話し合いに応じるのであれば、相手の要求を聞き、応じないのであれば、別の策を求めます」

「おっけ。それで行こう。ちなみに、普通はその『別の策』も立てておく必要がある。ただ俺たちの場合は〔倉庫〕を使えるから、相手の対応を確認してから次の手を考えられるのが利点(メリット)だけどな」


 その、ドリーの方針に従って、あたしたちも動く。

 それは、状況が戦闘方面に偏った場合の即応態勢だ。


 あたしは、弓を。

 飯塚と武田は、(クロスボウ)を。

 柏木は、投石紐(スリング)を。

 ソニアは、苦無(くない)を。


 そして、周囲にいる集団の、代表者が出てくるのを待つ。


◇◆◇ ◆◇◆


「〝大弓使い〟とその一党に告げる。この地にて、モビレア公爵の旗幟を掲げ、何を目論んでいるか!」


 ……ご指名は、あたしたちでした。

 あたしたちの〔亜空間倉庫〕の収納力は、この地で大々的に披露している。なら、こんな『機動要塞』を野営施設として持ち運べるのは、あたしらしかいないと考えたという訳か。


 それを聞いて、飯塚が前に出ようとしたから。


「連中の指名は、あたしだ。あたしが矢面に立とう」


 そう言って、前に出た。


「あたしが〝大弓使い〟、シズだ。

 あたしらは、貴方たちに用はない。貴方たちはあたしたちに何を求める?」

「言うまでもなかろう。二年前の戦争で、お前たちが殺した同胞に対する、謝罪と賠償だ!」


 『謝罪と賠償』て。


「あたしらは貴族でもなければ将軍でもない。二年前の戦争当時はただの一兵卒だった。

 戦争責任を問われる(いわ)れもなければ、謝罪する立場にもない」

「そうやって責任逃れをしようというのか!

 俺はお前が、殺した女の返り血を浴びて哄笑(こうしょう)しているのをこの目で見たんだ!」

「そうだ! その隣の優男は、子供の(きも)を食らっていた! お前たちは外道にも劣る鬼畜だ!」


 え~っと。


「武田。お前に人肉食(カニバリズム)の趣味があるとは知らなかったな」

「松村さんこそ。いつ〝バートリ夫人〟と名前を変えたんですか?」


 だけど、この発言ではっきりした。

 彼らは、確かに犠牲者の知人・友人・親族なのかもしれない。けれど、直接の被害者ではないし、被害者の直接の関係者でもない。風説からスイザリア軍の行為を針小棒大に解釈し、それに基づいて『哀れな被害者』である自分たちに有利になるようにそれを吹聴している。


 スイザリア軍が、二年前の戦争で『人道に(もと)る行為』をしていたのは、間違いのない事実。だから、あたしらの立場で「それは立場が違えば誰でも同じことをしたはずだ」とは言えないだろう。けれど。

 「殺人者は家財を強奪してから殺したはずだ」と決めつけられ、刑事裁判で殺人の罪を償った後で、やってもいない強盗の罪(それも刑事では嫌疑無しとされたもの)を民事裁判で問われても、どうしろと言うのだ? そしてこういう場合、得てして弁護士を立てるだけで「過去の罪を反省していない!」と糾弾(きゅうだん)される。


「そもそも、この世界の司法は、いつからそんなに優秀になったんだ?

 二年前の犯罪行為を、被害者無し、証拠無し、自称被害者関係者の証言のみで、警察や裁判官の立ち会い無し、法施行地外で糾弾して正当に執行出来るものなのか?」


 飯塚が、言わずもがなのことを言う。

 彼らは、本当にその償いを求めているというのなら。それは、スイザリアと和平を調印したマキア王家に言うべきことだ。そして一度調印された国際合意が、一方の都合で勝手に破棄されることなど認められないし、ましてやその調印を(もっ)て解決したはずの問題を蒸し返すことなど赦されようはずがない。


 はっきり言って、相手をするだけ時間の無駄だろう。

 けど、完全に包囲されているこの状況で、どうすればいい?


 と。武田が前に出た。


「一応、言っておきます。

 この場で戦闘が発生して、ボクらが貴方たちを皆殺しにしたとしても。

 それは罪にはなりません。

 何故なら、この世界の何処(どこ)の国の法律であれ、『町中での刃傷沙汰』を禁じる条文はあっても、町の外での戦闘行為を禁じる条文はないからです。

 何故なら町の外では、自分の身は自分で守らなければならないのですから。

 この場でボクらが貴方たちを殺しても、『集団で襲い掛かって来たから盗賊団だと思った』というボクらの判断に異を唱える人は、いないでしょう。

 この場で、ボクらと命を懸けて戦う意思がありますか?」


 一歩。連中は後退(あとずさ)った。

 ようやく。彼らは自分たちが野盗と認識され、殺されても不思議ではない立場にいることに気付いたようだ。


「柏木。小型弩砲(バリスタ)の用意。連中に向けろ」


 その飯塚の指示が聞こえたのか、それともタイミングが一致しただけか。


 連中は、蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていったのであった。

(2,978文字⇒2,832文字:2018/09/06初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/23 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)

【注:「エリザベート・バートリ」(バートリ=エルジェーベト:ハンガリー語では、「姓・名」の順に綴られる:1560年生)。「血の伯爵夫人」とも言われるハンガリーの貴族。女吸血鬼(カーミラ)伝説のモデルの一人ともなっている、大量殺戮者。若い処女の血を浴びれば若さと美貌を保てると、効果的に出血を強いまたそれを収集することを目的とした『鋼鉄の(アイアン・)処女(メイデン)』という拷問具を作ったという伝説もある(真偽不明)。1614年、獄死】

・ 「スイザリア軍が、二年前の戦争で『人道に(もと)る行為』をしていたのは、間違いのない事実」ですが、それはあくまで二十一世紀の地球(先進国)の倫理基準で見た場合、です。この時代・この世界。戦争(それも戦勝国側)であれば、誰でも同じことをするでしょう。むしろ、手を出さなかった五人の方が異常だと思われるのです。だからこそ、「そういうことをやっていたはず」って適当なことを言っていても、一般兵相手なら大抵的を射ているのですが。

・ 被害者関係者「被害者が金貨百億万枚持っていたのは間違いない。それをスイザリア軍兵が根こそぎ盗んで行ったんだ!」

 加害者弁護人「百億万枚w持っていたという証拠は、どこにあるんだ?」

 被害者関係者「証拠は全て、スイザリア軍が焼き払った!(キリッ)」

 加害者弁護人「どうやって? 侵攻したスイザリア軍は、そのすぐ後にドレイクの戦艦の攻撃を受けて全滅しているんですが?」

 被害者関係者「きっと攻撃されるまでの僅かな時間で証拠隠滅を図ったに違いない! 証拠が残っていないということ自体が証拠を隠滅した確かな証拠だ!!!

 裁判官は、被害者である我らの情緒を理解するべきだ!!!!!」

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[一言] 既視感しかない笑
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