第05話 ア=エト・ザ・ポストマン?
第01節 姫君の留学〔5/8〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
〔亜空間倉庫〕と〔アイテムボックス〕を同期させることによって実現させる、郵便事業。これの利用料金は、どう考えるべきか。
まず、〔アイテムボックス〕は魔王国でなければ作れない物のはず。それを借りて行う訳だから、あまり高い値付けをする訳にはいかない。
そして、「アドリーヌ姫さまが悲しむ」とプリムラさんが言っていた。ということは、何らかの事情で、アドリーヌ公女がこれを使う状況になる、という事だろう。だとしたら、如何に貴族の令嬢だからといって、あまり高い値段を設定したら、姫様が困ってしまう。
更にその一方で、この〝ポストボックス〟は、確実に一つは王城に届けられることになる。王族間の通信に使われるものが、あまりに安価に行えば、逆に信用に関わる。
これは消費者心理の問題なのだが、「良いモノを安く」といっても、限度がある、という事だ。普通に考えれば、「良くて安いモノ」と「悪くて高いモノ」があれば、「良くて安いモノ」を選ぶだろうと思う。けれど、実際購買の現場では、必ずしもそうなるとは限らない。「安いという事は、どこか問題があるに違いない」「値段以下の粗悪品を、高性能だと謳って売りつけようとしているに違いない」と考えてしまうのだ。
それは、経済活動が活発な平成日本と、そうでないこの世界でも、程度の多寡は有れど同じように考えるだろう。
具体的には。王都スイザルとモビレア市。早馬が頑張っても、二週間以上かかる。
けれど、〝ポストボックス〟を使えば、一日(俺たちの仕分けタイミングによっては、半日或いはそれ以下)。そうなると、常識的に考えれば、早馬を仕立てる費用の20倍以上の対価を請求しても、そのスピードを考えれば当然、と言われることになる。
なのに、例えば「銅貨一枚でいいよ」なんて言ってしまえば。そこに生まれるのは、ただ不審だけだろう。そうなると。
「ポストボックスに使われる、〔アイテムボックス〕は、魔王国ではどの程度の値段で取引されているんですか?」
武田が、ドレイク王国民であるソニアに質問。
「非売品です。私たち有翼騎士団には、全員に支給されますけれど」
……あかん。非売品ってことは、市場価格が算定出来ない。
となると、〔アイテムボックス〕自体はレンタル物品と考え、借主であるモビレア公やサウスベルナンド伯と、貸主であるドレイク王の間で、賃貸契約を結んでもらえばいい。
あとは、俺たちの仕事に対する管理料。
「難しく考える必要は、無いか。
俺たちの労働と、その成果に対して対価を請求する。そう考えればいいんだ。
この小箱ひとつに入る大きさであれば、一律銀貨一枚。それで行こう」
その代わり、誤配や配達遅延、その他のリスクは許容してもらう。
「その辺りが妥当だろうな。無償にすると、逆に問題が生じたときの、その責任の所在が問われることになる。けど、代金を安くする代わりに、トラブルが生じたとしてもこちらは責任を負わない。それを、利用者に周知してもらおう」
「その一方で、郵便物には必ず、送り主の記載と封印をしてもらう。
送り先が不明の場合は、郵便代だけ俺たちが受け取り、物品の配達はしない。
そして、宛先に届いた時に、封印が破られていることがあれば、俺たちが賠償として金貨一枚を支払う。そういうルールにすればいい」
松村さんの承認を受け、もう少し具体的な取り決めをした。
ら、柏木が、
「その取り決めだと、金貨欲しさに『封が破られていた!』ってクレームを付けてくる利用者が出るかもしれないぞ?」
「それは、これに関しては、さすがに利用者の方を制限出来るからな。
〝ア=エト〟に扱わせるのが不安だ、というのであれば、はじめからポストボックスは使わず、従来通りの早馬に頼れば良い、って言えばいいんだ」
柏木の不安も、松村さんが笑って一蹴。そう、その場合に支払う「金貨一枚」は、そう表明しておくことで、利用者に対する誠意の表明、という事なんだ。
封を開ける・開けない以前に、俺たちに悪意があれば、それを相手先に届けないという事さえ選択出来るんだから。
その辺りをルールとして取りまとめ、俺たちは外界に戻っていった。
◇◆◇ ◆◇◆
「プリムラさん。この小箱、‶ポストボックス〟を使うにあたってルールを策定したいんですけど」
「……どう使うのか、って話はまだしていないと思ったけど、ルールの話まで飛ぶのね?」
「はい。まず使い方として、手紙であれば封蝋をして、封筒には宛名と、この箱の宛先の7桁の番号を記載してもらいます。出来れば裏面に、差出人の名前と、差出人の使う箱に記載してある番号を書いていただけると、事故が起こった時に対処がし易くなります。
そして、銀貨一枚と共に、ポストボックスに入れてください。
そうしたら、その日のうちに――場合によっては翌日にずれますけど――、宛先のポストボックスにその手紙を移しておきます。銀貨一枚は、俺たちが受け取る手数料です」
「銀貨一枚って、いくら何でも安過ぎない?」
「その一方で、誤配――別のポストボックスに入れてしまう――や遅配――ポストボックスの移し替えに一日以上の時間がかかってしまう――が起こっても、そういうものだと納得してください」
「……考えている利用状況からすれば、一日や二日遅れても、充分早いってことになるけどね」
「それから、この郵便サービスは、俺たちの都合で中断・終了することがあります。その時は、事前に告知をする予定ですけど、永続するサービスだとは思わないでいただきたい」
〔倉庫〕内で打ち合わせた、そのルール。それをプリムラさんに告げて、理解を求める。
「事故が起こり届かない可能性がある。間違って別の人のところに届いてしまう可能性がある。それ以前に、極秘文書のはずなのに〝ア=エト〟たちが中身を知ってしまう可能性がある。そして、このサービスは永続せず、〝ア=エト〟の都合で中断・終了するものである。
このマイナス条件があるから、対価は一回銀貨一枚、と格安になるってことね?」
「そういう事です」
……通信の秘密が守られないかもしれない。そのリスクまで、ちゃんと認識してもらえているみたいだ。
「おっけ。それで問題ないわ。利用者はそれぞれ、秘匿を要する場合の通信手段を持っているはずだから。大丈夫よ」
「ちなみに、どなたが使用する予定なのか、聞いても構いませんか?」
「ええ、問題ないわ。
1. スイザル城
2. モビレア城
3. アマデオ殿下
4. (未定)
5. モビレア冒険者ギルド
6. ウィルマー冒険者ギルド
7. アドリーヌ公女
8. ア=エト
9. ドレイク王国コンロン城
……って、感じかな?」
成程。でも。
「何故、アドリーヌ公女にも、ポストボックスが割り当てられるのですか?」
「アドリーヌさまは、もうすぐご留学なさることになっているから」
(2,808文字⇒2,751文字:2018/08/31初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/11 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
・ 「良くて安いモノ」は売れないから、「悪くて高いモノ」より高値を付けざるを得ません。だから「値段相応の付加価値」を付けようとメーカーは考え、結果「こんな無駄なギミックやアプリを仕込むくらいなら、その分安くしろよ!」と消費者に言われる羽目になるんです。
・ No.4はサウスベルナンド辺境伯領南西ベルナンド地方の代官(総督)に託す予定です。
・ No.8は形だけ。あくまで五人に対する親書の宛先、という意味でしかありません。




