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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第六章:進路調査票は、自分で考えて書きましょう
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第02話 完了報告・裏 ~勅許の短剣~

第01節 姫君の留学〔2/8〕

◇◆◇ 雫 ◆◇◆


 ここから先、アマデオ殿下に報告するのは、胸糞(むなくそ)悪い話ばかり。

 特に、アマデオ殿下もパトリシア姫を溺愛していたそうだから、そのパトリシア姫の駆け落ちの顛末など、はっきり言って聞きたくもないだろう。ましてやその結果、スイザリアとリングダッドの両王家に於いては、パトリシア姫は事実上死亡したと扱われることになる、なんて。

 けれど、アマデオ殿下も王族の端くれ。それこそ、さっきアマデオ殿下がアドリーヌ姫に言った「知らなければならない話と、知らない方が良い話と、知ってはならない話」の中の、これは「知らなければならない話」。だから、あたしたちにとっても重い口を開いた。


「そう、か。パトリシアは、自分の紋章を自分で削った、か」


 あたしたちが知り得た限りの、リーサ(パトリシアひめ)とエフラインの、聖都での暮らし。あたしたちが発見した時の、リーサ(パトリシアひめ)の状況。その怪我の様子と、簡単な(現代日本の)〝家庭の医学〟でわかる、栄養の(かたよ)りから想像される食生活。物が無いからゴミ屋敷にならずに済んだだけの、不潔なアパート。王都(スイザル)では将来を嘱望(しょくぼう)されていた庭師の、零落(れいらく)ぶり。

 極めつけは、そこまで行っても、なお自分の立場を理解していなかった、リーサ(パトリシアひめ)の愚かしさ。


「スイザルでは、大々的なパレードで、その輿入(こしい)れを送り出しました。けれど、前日に告知された為市民は充分な歓迎の準備が出来ていたとはお世辞にも言えません。

 そして、リーサ(パトリシアひめ)の輿入れに、同行しようと申し出た侍女・侍従は、一人もおりませんでした」


 それが、現実。城内の使用人たちにさえ、リーサ(パトリシアひめ)は見限られた。そしてあたしたちも、彼女のことを「リーサ」としか、もう呼ばない。第三者の前では体裁を取り繕うけれど。

 おそらくは。将来の「リングダッド王妃」となるリーサ(パトリシアひめ)は、けれど主だった式典等は「病気の為」ほとんど全て欠席することになるだろう。そしておそらく、リングダッドの現王太子様と一度も情を交わすことなく、「パトリシア姫の御子」が世にお披露目されるだろう。

 その数年後には、毒杯を(あお)がされ、病死として(形だけ)リングダッド王家の霊廟(れいびょう)(まつ)られることになるに違いない。


「わかった。むしろ、其方(そなた)らには感謝する。

 (いや)。パトリシア――と、呼ぶべきではないな――リーサの件だけではない。

 アドリーヌ姫に関しても、だ」

「どういうこと、でしょうか?」

「シズ、お前がアドリーヌ姫にどういう教育を(ほどこ)しているか、聞いている。

 おそらくは、王都の教育係も、そして私や王太子(あに)も、そのようにリーサを導かなければならなかったんだ。

 私たちがリーサを甘やかした結果、リーサは自らの紋章を削ることになった。なら、これは私たちの罪でもある」


 そんなことはない。リーサは自分で自分の人生を選んだ。現在の境遇は、その結果だ。

 それが事実。だけど、それは言っても(せん)の無いこと。平民が王族を(なぐさ)めるなど、それこそが不敬。

 それがご自身の後悔だというのであれば、ご自身のお子様の時はそうならないようにしていただければ、それでいい。


◇◆◇ ◆◇◆


「それから。王太子殿下より、預かり物がございます」


 そう言って、あたしたちはスイザルで受け取った木箱をアマデオ殿下の前に差し出した。


「私たちは、中身は存じ上げておりません。後ほどご確認下さい」

「その必要はなかろう。今ここで開ければいい」

「しかし、その中には私たちが目にしてはいけないものが――」

「――入っているはずがない。ここまで王家の恥部を見せていながら、それ以上に見せられないものなど、あるはずがないからな」


 その木箱の中に入っていたのは、(いく)つかの書類と、箱がふたつ。

 殿下は、まずその箱を手に取った。


 ひとつの箱に入っていたのは、小さな、メダル?

 そしてもう一つの箱に入っていたのは、質素だが優美な作りの、そして何処かで見たような、短剣だった。


 アマデオ殿下は、一緒に入っていた書類を手に取り、中身を読んだ。

 幾つかの書類があったが、取り敢えず全部を流し読みしていた。その間、あたしたちは退出することも声を発することも出来ず。


 やがて、一通り書類を読み終わった後。


「ア=エト。この短剣は、君への贈り物だ」

「……失礼ながらお(たず)ねします。これは、どういうことなのでしょうか」

「スイザリア王家からの、信任の(あかし)だ」


 そう言えば、半年前に王城を訪れた時に、身分証代わりに持たされた短剣によく似ている。こちらの方がはるかに優美だけど。


 この短剣。〝勅許(ちょっきょ)の短剣〟は、身も(ふた)もない言い方をすると、「スイザリア貴族に対する面会フリーパス券」なのだそうだ。ただ原則、勅許の短剣だけで使用されることはない。貴族の旗幟(きし)を掲げた上で、貴族当主本人に、直接提示することで効果を発揮する。つまり、旗幟を託した貴族の意思を、国王陛下が直接担保する、という効果がある訳だ。


「そ、そんな大事なモノ、いただけません!」

「勘違いしてもらっては困る。これは、王太子(あにうえ)からのモノではない。

 勅許の短剣を第三者に渡すことが出来るのは、今上(きんじょう)陛下ただお一人。つまり、国王陛下(ちちうえ)からのモノだという事だ」


 国王陛下、が?


「ア=エト。敢えて君のことをこう呼ぶが、君は兄上に語ったそうだね、私をこの地に送り出したその真意を。遠交(えんこう)近攻(きんこう)。君は私に、そう語ったが、それは同時に兄上を支える為の献策(けんさく)でもあった、と。


 私はこの地で、兄上を見張る。兄上が悪政を()かないように。

 私はこの地で、兄上の鏡となる。兄上が自身を(かえり)みる足掛かりとなるように。

 私はこの地で、兄上の理想を体現する。兄上がしがらみに捕われて実現出来ないことを実現し、それを(もっ)て兄上がそれを実行する為の理由とする。


 そして万一、兄上が敵の手によって(たお)れたなら。

 私が王家の血を繋ぐ。


 私がここにいる。だから、兄上は振り返ることなく前に進める。

 兄上が王都にいる。だから、私は私の理想をこの地で(ため)せる。

 それが、ア=エト。君の策の、真意という事だね?」


 これまでいがみ合い、競い合っていた兄弟が、距離を隔てたことで、手が届かない距離にいることで、逆に手を取り合えた。

 これは和解じゃないのかもしれない。けれど、一定の調和を見ることが出来た。


「こちらの箱に入っていたのは。徽章(きしょう)だ。王族としての。

 私がこの地に飛ばされたことで、返却したはずの、ね。

 私が、この徽章を着けることは、おそらく生涯ないだろう。けれど、これを父と兄が再び私の(もと)に送ってくれた。その事実だけで、もう充分だ。

 改めて言おう、ア=エト。感謝する」


 そうして、スイザリア王国第二王子アマデオ殿下は。

 平民であるはずのあたしたちに向けて、深々と頭を下げた。

(2,932文字⇒2,666文字:2018/08/29初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/05 03:00掲載予定 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)

・ アマデオ殿下に王家の徽章が返還されたことで、彼は「スイザリア王国第二王子」(王位継承権第二位)に復位します。そしてそれに伴い、将来の「サウスベルナンド伯爵領」も、「サウスベルナンド辺境伯領」となります(「公爵領」とならないのは、さすがに中央とのバランスを配慮して)。

 彼の旗幟を預かるア=エトが勅許の短剣を持つことにより、「ア=エトに指示を出したアマデオ殿下は、国王陛下の意に従った行動をしている」という表明になります。つまり、勅許の短剣は、飯塚翔くんたちにとってというよりも、彼らに旗幟を託したアマデオ殿下にとって有利に働くアイテムということになります。

 ちなみに、〝勅許の短剣〟が入っていた木箱は、鍵その他の封印は施されていませんでした。

・ 貴族の旗幟と勅許の短剣の両方を持つ使者は、子爵級(場合によっては侯爵級)の待遇を以て迎えられるのが通例です。『アマデオ王子の使者』なら子爵級、『王太子殿下の使者』なら侯爵級、という感じ。

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