第01話 完了報告・表 ~ガラスの杯~
第01節 姫君の留学〔1/8〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
第826日目。
ようやくウィルマーに戻って来たよ。
途中まず王都スイザルに寄って、近衛の制服と儀仗一式、そして馬(式典用の見栄えの良い馬)を返却したの。どうやら王太子殿下は近衛騎士団にも〝ア=エト〟の話を通しているみたいで、返す否その必要はない、で、ひと悶着あったけど、無事返却することが出来た。
幸運にも(失礼)その場に王太子殿下がいなかったから、立場上「弟王子派閥」に組み込まれている〝ア=エト〟が、その上近衛騎士団にも籍を置いたら、色々面倒なことになるって言って理解してもらったよ。美奈たちは、どっちの派閥にも与するつもりはないけれど、アマデオ殿下の旗幟を託されている美奈たちは、周りからはやっぱり「弟王子派閥」と映るし、だからといって王太子殿下の旗幟を預かる訳にもいかないから、なら相応のケジメは付けないと、なんだよ?
だけどその一方、王太子殿下からアマデオ殿下に宛てて届けてほしい、と箱を一つ託されたの。女の手で持つにはちょっと重く大きい、木箱。正直、この中身が王家の兄弟の和解の為の第一歩になれば良い、とは美奈の勝手な思い。
その次には、モビレア。領主様にも面会を。アドリーヌ公女は、最近ずっとウィルマーに行ったきりだそうで、婚約者様との仲も良好な模様。また、聖都でお隣さんだった密偵夫婦(妻)も既に戻って来ていたようで、奥さんが知っている事実は既に報告されていたよ。ただ、奥さんは密偵を廃業したいと言い出しているようなので、説得して翻意を促しているところだそうなの。
その理由が、リングダッドの旦那様との結婚問題があると気付き、一応領主様にはそのことを報告しておいたの。余所様の夫婦の問題に嘴を突っ込むのは気が引けるけど、密偵ともなれば、既に知っている秘密や知り得る秘密の扱いが問題になるから、領主様の立場では他人事と割り切ることは出来ないし。しかも結婚相手が他国の密偵ともなると、そっちの問題もあるし。むしろ逆に、無条件で密偵を辞めさせる訳にはいかなくなったというのが実情みたい。
モビレアの冒険者ギルドでは、ギルマスが何故かブスッとした表情をしていた。「近々お前たちに大きな仕事を任せることになる」って言っていたけど、何だろう?
宿『青い鈴』にも顔を出して、お土産のガラスの杯を出したら、目を真ん丸にしてた。
ガラス器の値段は、モビレアとリングダッド王都チャークラでは10倍以上の差がある、って聞いていたけど、実は値段だけの問題じゃないみたい。
何せ、ガラス器は割れ易いから、商品の内三割が割れてしまうのは、まだ良い方。半分割れてしまうことを覚悟しなきゃだし、全部割れてしまう事だって珍しくない。だから(普通の商品の場合は、商人が現地まで運んで来て、そこで売れるモノを売るんだけど)ガラス器に限っては「全品予約注文・全額前払い。仮に商品が割れてしまっても、値引き・返金無し」という契約しか請けてもらえないんだって。
ガラスのコップ、6脚一セットで20セット。合計120脚。これを一つも割らずに輸送出来るというだけで、物凄い利益を叩き出せるって話だった。
そうなると、『青い鈴』に贈るには金額が大き過ぎるということで、1セットだけ渡すことにした。あとは冒険者ギルドに1セット、領主城には3セットを贈り、10セットほど懇意の商人に卸したの。……凄かった。粗利益だけで、聖都でリーサが売った装飾品の全部を買い取れるくらいの。ガラス器輸送専門の商人になれば、本当に一財産作れそう。
そしてウィルマーに来て、真っ直ぐ領主仮殿へ。アマデオ殿下の隣には、当たり前のようにアドリーヌ姫がいた。仲良さそうで、ちょっと羨ましい。でも本題に入る前に、冒険者ギルドにも使いを出してもらって、プリムラさんに来てもらった。
……プリムラさん、なんかお肌がつやつやしてる。ウィルマーは温泉街だから、水が肌に合ったのかな?
「まずは長期の出張、ご苦労様です。早速報告をお願いします」
場の仕切りは、プリムラさん。依頼主であるアマデオ殿下は、この場合脇に回るの。
そしてアドリーヌ姫は、何故かプリムラさんの隣に移っている。あれ? 殿下よりプリムラさんに懐いてるの?
「一つ。パトリシア姫は、無事スイザルからリングダッドに輿入れされました。
一つ。パトリシア姫を誑した男、エフラインに関しては、聖都に放置しております」
「何故、逮捕して連行しなかったの?」
「詳細は、この場では語ることは出来ません。しかし、エフラインの背後には如何なる組織も国家もなく、放置して問題なしと判断させていただきました。王太子殿下にもご理解いただいております」
リーサの事情は、スイザリアとリングダッド両王家の極秘事項に指定されているの。はっきり言って平民が触れるには、微妙過ぎる内容だから、ギルドマスターと雖も知らない方がいい。加えて女性の前で語るには不愉快過ぎる内容も多々含まれているから、アドリーヌ姫さまの前でも語りたくない。
「わかりました、結構です」
その辺りの機微を感じ取って、プリムラさんは引いてくれた。
これで、依頼完了となり、完了通知(この場合王太子殿下の署名入りのモノ)をギルドに提出し、報酬の受け渡しになるんだけれど。
「ギルドマスター。申し訳ありませんが、完了通知はサウスベルナンド領主さま経由でギルドにお届けする、という形で宜しいでしょうか」
ショウくんの、この言葉で。このクエストの核心部分に係る、けれどプリムラさんが知っちゃいけない内容があることが表明されたんだよ。だって、その「秘密」の内容がクエスト達成評価に影響を与えるモノではないというのであれば、この場で完了通知を渡して、あとは報酬の受け渡しの話に移行すれば良い。けど、その「秘密」が達成評価に影響を与える可能性があるからこそ、通知書は殿下経由でなければならないんだもの。
「それで構いません。領主様、ご面倒をおかけしますが、宜しくお願い申し上げます」
「わかった。アドリーヌ姫、キミもプリムラ嬢とともに、席を外しなさい」
「……ここに、いちゃいけませんか?」
「立場によっては、知らなければならない話と、知らない方が良い話と、知ってはならない話がある。
まだキミには、何の責任をも負わせるつもりはない。なら、知らない方が良い話は、聞かない方が良いだろう」
「はい、わかりました」
そっか、アドリーヌ姫は、一所懸命勉強しているんだ。だから、少しでも見聞を広め、いずれアマデオ殿下と結婚した際には、少しでも助けになるようにと頑張っているんだ。
アマデオ殿下も、それがわかっているからこそ。こんな不愉快な話は、耳に入れさせたくない。大人になったら嫌でもその類の話を聞かなきゃならないけど、だからこそ、頑張っているお姫様には、聞かせない方がいい。
そして、プリムラさんとアドリーヌ姫が退出して。
「では、残りの話を聞かせてもらおう」
ある意味、本題に入ったの。
(2,995文字⇒2,820文字:2018/08/29初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/03 03:00掲載 2019/07/05令和元年07月03日の「なろう」仕様変更に伴う文字数カウント修正)
・ ガラス器の取引の場合でも、盗難や紛失は普通に返金の対象になります。つまり、「破片を繋ぎ合わせて元の形を作れる状態」であれば、粉々でも一部欠けでも納品出来る、という事です。もっともその分、商人側も商品の保全に気を使わなくていい(損しない)為商品損壊率が高くなり、だから誰も注文しなくなるという悪循環。
一般の商人でも〔収納魔法〕を使えば破損の虞もなく輸送出来ますが、その一方で商人が本来〔収納魔法〕に収納すべきと判断している物を外に出さなければなりませんから、リスクに対する保障で、要求する対価は高くつくのです。
・ ドレイク王国籍の商隊の馬車は、異常に揺れないと評判です。だからリングダッド王国王都チャークラまでは、ガラス器破損率が0に近いそうです。けれどチャークラからスイザリア領内に立ち入ることが許される、ドレイク王国籍の隊商は、ほとんどいません。
・ お土産用に買って来たガラス器は、あと5セット残っていますが、これはウィルマーでばらまく用。1セットは冒険者ギルド、1セットは銀渓苑、3セットは領主仮殿。




