断章11 お姫様の婚活事情・3 ~花嫁修業~
断章 魔王とギルマス・3〔4/4〕
◆◇◆ ◇◆◇
モビレア冒険者ギルドマスター・マティアスは、その日、「緊急の用件」で領主城に呼び出された。
何でも、アドリーヌ公女が、アマデオ殿下の下に嫁ぐ為の花嫁修業で、外国に留学すると言い出したらしい。
……何故、それでマティアスが呼び出されるのか。
マティアス自身も、その理由に心当たりがなかった。
が、領主が内輪で使う応接室に案内され、そこに集まっていた人間の顔ぶれを見て、理解した。
領主一家。アマデオ殿下。
プリムラ。
ここまではわかる。
アレクとシェイラ。
何故、お前らがここにいる?
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
「王子殿下、領主閣下。大変申し訳ございません。
この者、何と名乗ったかは存じませんが、我がモビレアギルドに籍を置く冒険者です。
……おい、アレク。お前また、『俺はどこぞの王様だ~』、とかって妄言を口にした訳じゃないだろうな?」
「心配性だな、おっさんは。ちゃんとモビレアに出向してきた、プリムラが担当する銀札冒険者だって名乗ったぞ」
「そうか、それならまぁ嘘じゃないな。だが、それでどうして領主閣下とそのご家族がおいでになる事態になるんだ? お前は銀札だから、領主様にお目通りを願える資格はあるってことではあるが――」
……どこまで本気で、どこまで遊んでいるかわかりません。
というか叔父様。遊んでいるのなら、領主様がたの前で遊ぶのは、さすがに失礼ではありませんか?
「一応、用件は二つあるんだ。
ひとつは、アドリーヌ姫さまのご留学の件。
うちの家族の一人が今、女子教育を専門にする学校を経営していてな。何処に行っても、西大陸だろうと東大陸だろうと、王侯貴族の前だろうと下町の商店街だろうと、どこでも通用する礼儀作法を全ての女子に学ばせたいって方針で各地から生徒を受け入れているんだ。
実際、某国の王妹殿下も幼い頃に通っていた。警備もばっちりだし、女子校だから変な虫もつかない。それに、若い時分から異国異文化に触れておくことは、将来の財産になる。
勿論、居住環境や生活に問題が生じないように俺が全責任を負うつもりだし、半年に一回は帰省出来るように手筈を整える。
あとは、費用の問題があるが、そっちは別件で、王子殿下が負担してくださることになっている。だから、残りは公爵閣下とその奥方の許可だけなんだ」
「いや、半年に一回帰省って言っても、その往復の移動時間だけでもかなりになるじゃねぇか」
「そっちも心配ない。さすがに最初は船なり馬車なりで来てもらわなきゃならないけど、その時は〝信頼出来る冒険者〟に護衛してもらう必要があるだろうけれど、学校に籍を置いた後は、必要に応じて学校側で送迎出来る。
特別な許可が必要な方法もあるが、それを使えば休みに入ったその日のうちにモビレアに戻ってくることも出来る。
それから、〝とある冒険者〟に力を借りる必要があるが、最近は一日で手紙を遣り取りする方法も見つかった。姫様のご両親と婚約者殿に、ご心配をおかけすることにはならないと思うぞ?」
「……いくつかツッコミどころがあるな。その、『一日で学校から帰省出来る方法』ってのは?」
「それは、さすがに言えないよ。コッカキミツ、って奴だ」
何でしょう、このコントは? 傍から聞いていると、ギルマスと冒険者の親しげな語らいなのに、その内容は全然違う次元の会話です。
「で、もう一つの用件ってのは?」
「あぁ、俺が孤児院に出資しているのを知っているだろう? うちの孤児たちは、南東ベルナンド地方の出身者が多い。で、何人か郷愁に掛かっているようでな。一時帰省を検討しているんだ。
だけど、今あそこはサウスベルナンド伯爵領となっている。だから、領主様の許可を得なきゃならない。それに加えて、こちらでの働き口だ。さすがに難民にならざるを得ないっていうんじゃ、うちの孤児たちも帰省出来ないからな」
「……真面目な話をしよう。アレク、否、アドルフ。
それは、お前の国がスイザリアに密偵を送り込むってことか?」
一瞬。
一瞬で、叔父様の表情が変わりました。
「それに、アドリーヌ姫のこともだ。
それは、所謂〝人質外交〟って奴か?」
「まず、スパイ疑惑に関しては否定する。これは、サウスベルナンド伯の幕僚からの正式な要請だ」
「正式な要請?」
「ああ。俺は彼女に弱くてね。何でも好きなものをプレゼントしよう、って言ったら、人手が欲しいって言われた。手が足りないらしい。
だから、彼女の助けになり、且つ土地勘もある連中を、彼女の部下として貸し付ける。
期間は四年。その後、その連中がスイザリアに永住することを希望するか、それともドレイクに帰国することを希望するかは、本人たちの意思による」
そうしたら、叔父様は何故か憐れみを帯びた視線で、あたしの方を見ました。
「一国の王に、好きなものをプレゼントすると言われて、人材が欲しいって答える娘がいるとは……」
ふと見ると、領主閣下とその奥方様、そしてアマデオ殿下も可哀想なものを見る目であたしを見ています。な、なんですか? 皆様、何故そのような顔をなさるのですか?
「それから、アドリーヌ姫の留学が、人質外交であることに関しては否定しない。
そして、アドリーヌ姫が無能なら、ただの人質で終わるだろう」
「姫様が無能なら? どういう意味だ。姫様に何をしようとしている?」
「何も。何もしない。だから〝無能なら〟と言った。ただ連れて来られ、与えられた環境で漫然と過ごすことしか出来ない凡百の娘っ子なら、その身分以外に価値はない。字義通りの、人質だ。
だが、俺の国でなにかひとつでも盗んで行こうという気概があれば。
リーフ王国の王子は、講和の条件で留学という名目の人質だったが、期間中に俺の国の大商人と誼を通じ、帰国してすぐ国家単位の通商を個人レベルで締結し、即位後はそれを足掛かりに戦前以上に国を発展させている。
王女は、有翼騎士となり、帰国後有翼獅子の牧場を作った。先日、歴史上初めてのグリフォンの人工繁殖に成功したって報告が来たよ。人工繁殖は、うちでもまだ成功していない。それが可能なら、グリフォンって種自体の品種改良さえ視野に入るから、必死で研究している。つまりその分野では、リーフはドレイクを追い越した、ってことだ。
では、アドリーヌ姫は、我が国に留学して、何が出来る?
なにも出来なければ、ただの人質。だけど、何かが出来るのなら――」
「だが、姫様はまだ幼い。何が出来るかなんて……」
「そうだ。だから学ぶんだ。
リーフの兄妹だって、留学直後は何も出来やしなかった。町の百姓の息子や職人の娘より劣っていた。
だから、盗んだんだ。そして、本人たちが望んだ以上のものを持って帰った。
アドリーヌ姫は、それが可能だと思うか?
公爵、王子。貴方たちの考えも、聞かせていただこう」
質問の形をとっているものの、これは、宣告です。
姫様の、学びの機会を奪うな、と言う。
それにしても、相変わらず要求が高いですね。
(2,959文字:2018/08/27初稿 2019/06/01投稿予約 2019/07/01 03:00掲載予定)
・ ギルマス・マティアスとアレクことドレイク王アドルフのコントについて。前半のマティアスの態度は、「こいつは単なる冒険者。だから領主閣下に対する無礼は、自分の教育不行き届きであり、自分が責任を取ります」という領主一家に対する意思表示。だからこそアドルフ王も、その〝立場〟を尊重して、「モビレアギルド所属冒険者」の立場からアドリーヌ公女の留学の件を説明したのです。また『一日で学校から帰省出来る方法』の話題など、〝一国の王〟の立場で口にしたら、「いつでもどこでも侵略軍を派遣出来る」という艦砲外交になってしまいます。だから「冒険者とギルマス」の立場で口にするのです。
そして後半で、ギルマスは「アドルフ」と呼び名を変えます。これ以降のマティアスの発言は、〝一市民が一国の王に対して〟語る言葉。つまり、不敬罪で無礼打ちも覚悟の上の発言、という事です。それがわかっているから、アドルフ陛下は〝ただの一市民〟ではなく〝一国の官僚に対して〟(外交官僚じゃないけど、そのつもりで)説明するスタンスを取ったんです。
言い換えると。マティアスの態度の前半は、領主様の勘気からアディを庇う立場。という体面で、「国王」と「民間人」の立場ではなく、「民間冒険者」と「冒険者ギルドマスター」の立場を演出。後半は、一国の王の権勢から領主様を庇う立場。という体面で、アディの要求が国家として受け入れられないものであったとしたら、一民間人の立場でそれに反対する、という立場を演出しました。
さすがにこの辺りの機微は、プリムラさんではまだ経験不足。というか、マティアスとアレクの阿吽の呼吸というべきか。




