断章10 銀渓庵秘密会談
断章 魔王とギルマス・3〔3/4〕
◆◇◆ ◇◆◇
その日の夜。ウィルマーの領主仮殿の、アマデオ王子の寝室に、月明かりを背に一人の女が立っていた。
さすがに、夜這いに来たとも思えない。仮令そうであっても、先触れもなくここに立つことの出来る者など、基本的に存在するはずがない。
屋敷の警備と、屋内の使用人たちの目を盗み、ここまで来れるという事は、いつでもこの部屋の主の首級を取れるという事なのだから。だから、身元不確かな者が立ち入れる場所じゃないし、身元確かな者であっても余人に知られず立ち入ることなど不可能だ。
アマデオ王子は、呼吸することさえ苦労しながら、緊張したまま口を開いた。
「女、何者だ?」
もし戦闘になったら。王子は護身用の剣をしか持たず、それでいながらその扱いは不慣れだ。そして目の前の女は、確認するまでもなく手練れ。武器を隠し持っているだろうし、持っていなくても、警備の人間がこの部屋に来るまでの時間に、素手で王子を殺すことくらい訳もないだろう。王子にとって、自分の命は既に、この女の掌中にあるのだから。
「我がご主人様がお呼びです。同行することを求めます。」
「お前は、誰だ?」
「名は、シェイラ。〝殺戮白猫〟の二つ名をも持ちます」
〝殺戮白猫〟。アマデオ王子は、その二つ名を知っていた。二十年前の、『賢人戦争』。そこで、百に及ぶアプアラ王国の斥候を始末した、凄腕の暗殺者。そして、現在の身分は。
「貴女のような高貴な身分の方が、このようなことをなさいますか、シェイラ・リンクス・バハムート妃殿下」
ドレイク王アドルフの最愛の寵姫とも言われる、猫獣人の王妃である。
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
「はじめてお目にかかる。ドレイク王アドルフだ。
ただ、言うまでもないが、今回の会談は非公式。如何なる書類にも残らない。
よって、礼儀も不要。そうだな、ここにいるのは『アレクという名の冒険者』と認識してもらえればいい。フェルマール王国ハティスギルド所属、スイザリア王国モビレアギルド出向。プリムラが担当する一人の銀札だ」
いや、無茶言わないで。何、その「ここでは俺が一番下の身分なんです」っていう意思表示。一国の王と、王位継承権を喪失した王子と、苗字も持たない平民で、王様が一番下だったら逆に困るわよ!
「……スイザリアの、排王子、アマデオだ。サウスベルナンド伯爵への叙爵は四年後とされているから、今は俺こそ平民。だとすると、プリムラの身分が一番高い、ということになるのかな?」
やめて。洒落になってないから。というか、胃がキリキリ痛むから。この場に居続けるくらいなら、徹夜で書類と格闘していた方が安らげるから。
「まずは、うちのプリムラが世話になっていること、礼を言わせてもらいましょう」
「何故礼を言われるのか、わかりませんね。プリムラは、うちの、優秀な官僚です。むしろ陛下に対して、何か失礼があったのなら、お詫び申し上げたいと思います」
だから! なによその所有格の応酬は!
「失礼だなどと。こちらこそ、我が国の未来のギルドマスターとなるべく、研修をこの地で付けさせてもらっていることで、殿下に恩義を感じているのですから。しかも、領地経営についても指導してくださっているとか。
おかげさまでプリムラには、我が国に来てすぐにでも、領地を任せることも出来るでしょう。否、さすがにいきなりは大変か。ではまず代官として、侯爵位と共に領地を託するところから始めることになりますか」
「いやいや、何をおっしゃるか。彼女は我がサウスベルナンド伯爵領に無くてはならない人材です。ゆくゆくは、婿を取ってもらって町を任せ、サウスベルナンドの半分を委ねたいと思っているのですから」
だからなんで、この男どもはあたしの仕事を増やすことばかり考えているんだ!
お願い、ダレカタスケテ。
「ご主人様。お戯れはそのくらいにして、本題に入らないと 」
シェイラさん! 嗚呼、心の友よ。貴女だけがあたしの救いよ。
「そうだな。本題に入ろう。
我が国から30人ほど、人員をこのサウスベルナンドに送り込みたいと思っている。
基本的に、ハティス、及び南東ベルナンド地方各村の出身者の子弟たちだ。現地での生活を憶えている者も、少なくない。この地方の行政職員として、過不足ない活躍が期待出来るだろう。
当面、四年間を予定する。つまり、アマデオ王子が叙爵されるまでの期間だ。
それ以降、この地に留まるか、それとも我が国に戻るかは、本人たちに決めさせたい」
「それは、本当なら感謝したい。だが、何故? というか、それをこの会談でおっしゃられる意味がわかりませんが」
「彼らの中から、更に希望者は、〝サウスベルナンド領の〟官職に付けさせてもらいたい。現在、サウスベルナンド領の公的機関は一つしかないというから、そこに勤務することになるだろう。
だが、仮にも伯爵領の機関の職員として、身元不確かな平民を無条件で採用することなど、普通はあり得ないだろう。けれど、本件に関しては、期間を区切ることで、無条件で採用してもらいたい」
「無条件で、ですか。いえ、お話自体はわかりました。けれど、やはり条件を一つ付けさせてください」
「ほう、それは?」
「以前、貴国の犯罪者が、貴国から重大な軍事機密を持ち出して、リングダッド王国に売り渡したという事件があったと思います。
その主犯は、既に我が国の冒険者たちの手によって捕縛され、貴国に送還されたと聞いておりますが、その事件でそれを買い取った、リングダッド側の貴族。バロー男爵の、執事。その身柄を、こちらで預かっています。
まずは、この人物の引き渡しを約束しましょう」
「……それで?」
「人員の受け入れと、その人物の引き渡し。その対価として、我が国に、否、このサウスベルナンド伯爵領に、有翼獅子の飼育と調教を行う為の、方法を伝授していただきたい」
えっと、アマデオ殿下。それって、アレクさんの依頼を請けて、アレクさんの部下であるソニアを含めたショウたちが完遂し、そのショウたちが捕らえた人物、ってことですよね? 確かに、ショウたちには報酬を支払っているんだから、そこに負債は残ってないでしょうけれど、でもそれをアレクさんとの取引に使うのって、どうなのかな?
「フム、不十分だな。
特に、先の事件以来、外部に情報を流出させることに対して、国中が警戒している。
仮に教えるにしても、指導者をそちらに送り込むことは出来ない」
「では、どうすれば?」
「なら、そちらから我が国に学びに来ればいい。但し、それは殿下に近しい人物である必要がある。言い換えれば、人質代わりになる、という事だな」
人質。やっぱり、アレクさんはこれでも国王なんだ。だから、何の担保もない、甘い判断は出来ない。
と。
「それは、私では不足でしょうか?」
いつの間にかそこにいた、アドリーヌ公女が発言した。
(2,913文字:2018/08/26初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/29 03:00掲載予定)
・ アドリーヌ姫は、プリムラに会う為銀渓苑に遊びに来ていました。そこでシェイラ妃殿下に連れられたアマデオ王子を見て、興味を持って追いかけてきたんです。妃殿下は当然気付いていましたが、害がないので放置していました。




