第21話 ミーティング・2 ~ビハインド・ゲーム(前篇:失敗の分析)~
第04節 契約〔4/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
最悪の気分だ。謁見の前の、前途洋々とした気持ちも霧散してる。
部屋に戻り、オレたちは無言で〔亜空間倉庫〕の扉を開いた。
中に入り、扉を閉め、そして。
「連中が、ボクたちに枷を嵌めようとしていることは、事前に打ち合わせていた通りでした。にもかかわらず、連中の思惑通りに踊ってしまったのは、松村さんの失策です」
「そうは言ってもな、武田。あの時他にどう言えば良かった?」
「いくらでも言いようがあったはずです。特に、契約書類を作らせたことは間違いでしょう。あれこそが〔契約魔法〕の核でしょうから」
「だが連中は事前に書類を用意していた。それに署名せずに口約束で、という形で終わらせることは、事実上出来なかったはずだ」
「ですから、そこがミスだというんです。連中が用意していた契約内容そのままで、契約を妥結してしまいました。いくら連中がそうなるように誘導してたのだとしても、その思惑を逸らして、用意してある契約書を使えない形で妥結させればよかったんです」
「具体的には? もしお前が交渉担当だったら、どのような条件を提示していた?」
「そ、それは……」
「具体的な策がないのに『あの時、ああすれば』というのは、無能の証だ。
具体的な策があったのに事前にそれを提示しなかったというのなら、それはお前が連中に内応していた証だ。どんな条件で、お前はあたしらを売ったんだ?」
「内応なんかしていない! 取り消せ!!」
「では無能ゆえの愚痴か? そんなモノ、ネットで呟いていればいい。あぁ、この世界にはネットはないな。なら、その辺の壁に向かって呟いていろ」
……うちの、知性派二人が、極めて険悪な罵り合いを始めた。
「もう止めようよ、武田くん、おシズさん。仕方がなかったんだよ。
あの時、美奈たちの誰も〔契約魔法〕のことを知らなかったんだから」
「そうだぜ。そして、松村に代表を任せるように決めたのは、オレたち全員だ。なら、その松村が出し抜かれたんなら、オレたち全員の責任だ」
髙月が仲裁に入り、オレも一緒に二人を宥めた。
が。
「否、松村さんには申し訳ないけれど、この件はもう少し詰める必要がある。
確かに、松村さんに罪はないし、柏木の言う通り責任を問うのなら全員が均等に負うべきだ。
けど、こういう結果になった原因について、ちゃんと分析して対策を立てておかないと、次また同じ状況になったとき、同じ結果になり兼ねない。
ゲームは、まだ始まったばかりだ。一回の表に大量失点したからって、戦犯の吊るし上げをするのは気が早過ぎる。けど、〝ドンマイ〟の一言で終わらせたら、次の回でまた失点してしまうからね」
飯塚が、それを止めた。
だから、飯塚に問うた。
「なら、具体的には?」
「敢えて松村さんのミスを責めるなら。それはあの場で即答したことだ。
武田が、転移の最中に言っていたことだ。『即答するな。持ち帰れ』って。
あの時、松村さんはパニクって話を聞いていなかったと思うけど、あとでちゃんと話したろ?
もし、あの場で答えず、持ち帰ってこの〔亜空間倉庫〕で、その条件を分析出来ていたなら。もしかしたら、善後策が見つかったかもしれない」
「だが、持ち帰ること自体が出来なかったかもしれない。あの場で結論を迫られたかもしれない」
「その通りだ。どっちにしても、今日の会見に関しては終わったことだ。だけど、次に同じ機会があったら、持ち帰って検討することを念頭に置く事が出来る。会見の冒頭に、『この場で答えを出すつもりはない』と宣言しておくだけで、展開は違ったかもしれないからな」
「でも、それもまた後知恵ですよね?」
武田の、愚痴に聞こえる反論。否、正しく愚痴なのかもしれない。
「そうだ。事前にそれに思い当たっていたら、打ち合わせの時に発言していた。今思い付いたことだ。松村さんの失敗を目の当たりにして、俺自身の足りなさに気付かされた。その結果だ。
武田。人が他人を責めるのは、自分の失敗の責任を自覚していて、それを認めたくない時だ。
だけど、今回のことは俺たち全員に責任がある。自覚していようといまいと変わらずにね。
なら、そこから目を逸らす必要はない。お互いに、ちゃんと見つめよう」
「……そうですね。
あの時。松村さんが魔術師長と話をしている時。
魔術師長が報酬として、『元の世界への帰還』を挙げた時、ボクはその可能性に飛びついていました。おそらくあの時。交渉担当がボクだったら、あの時点で、無条件で契約を請けていたと思います。
それに流されなかった松村さんは、立派だと思います」
「そんなことはない。あたしだってその条件に揺さぶられた。だからこそ、それを確定させる為に『文書に認めろ』って言ったんだ。
その時点で、あたしは連中に負けていたんだ」
飯塚は自分の至らなさを認め、それを見て武田と松村も素直に頭を下げた。
「結局、王様や魔術師長さんたちは、美奈たちの本当に望むものを正確に理解していたのに、美奈たちはそれを覆すものを持っていなかった。それが、負けた理由ってこと?」
髙月の総括。そうだ。オレたちは元の世界に戻りたかった。何を措いても、それを成し遂げたかった。
それを見抜かれていた。だから。
「恋愛は、本気になった方が負けだっていうよ? 相手が真剣に求めてくるのなら、どんな条件だって上乗せ出来るもん。
美奈だって、ショウくんが好きだけど、もしショウくんがお付き合いする条件として、知らないオジサンと援助交際して、100万円稼いで来いって言ったら。もしかしたら、美奈は知らないオジサンとセックスしちゃうかもしれない。知らないオジサンとセックスするだけでショウくんと恋人同士になれるんなら、そのくらい大したこと無いもん」
「そんなこと絶対に言わないよ」
「うん、わかってる。だからショウくんを好きになったんだもん。
でも、今回はそれと同じでしょ?
美奈たちは、それこそ援助交際してでも成し遂げたいことがあった。それくらい、元の世界に帰りたかった。
だから、王様たちは言ったの。『援助交際はしなくていいよ。その代わり、〝魔王〟さんを殺してきなさい』って。
それを聞いて美奈たちは、『援助交際をしないでも、人を一人殺すだけで元の世界に帰れるなら』って思っちゃったんだね。
なら。
美奈たちは、元の世界に帰るより、大切なものを見つけなきゃいけないんだよ?」
そう。髙月の言う通り。
それを見つけ出せなければ、オレたちは、自分たちの弱点を、連中に握られたまま、好き勝手なことを要求され続けることになる。
(2,773文字:2017/12/09初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/11 03:00掲載予定)