断章09 もし、望むモノを貰えるのなら
断章 魔王とギルマス・3〔2/4〕
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
ある日。あたしは致命的な失態を冒してしまいました。
なんと、王族との会食中に居眠りをするという、前代未聞の大失態です。
しかも、王子殿下の侍女さんが優秀だったから事なきを得たけど、最悪の場合、スープ皿に顔面から突っ込み、そのまま溺れ死んだかもしれない状況だったようです。
意識を取り戻して、あまりの失態に顔から血の気の引く思いで王子様の許に謝罪に向かったら、「少し休んで、顔色も随分よくなったみたいだね」って言われてしまいました。えっと、今のあたし、顔面蒼白になっているはずなんですが。顔面蒼白なのに以前より顔色が良いって、何ですか? 以前は死相を浮かべて仕事をしていたんですか?
ともかく、この一件であたしの仕事量は完全なオーバーワークになっていたことが判明し、10日間の休暇を貰えることになりました。
だから職場を離れて行った先は、旅館【銀渓苑】。うん、ウィルマーにある老舗旅館で職場から歩いてすぐ。おかげで、客室で寛いでいても書類が届くし指示が出せるという、至れり尽くせりの保養施設でした。……執務室が移っただけ、って言わないで?
でも、銀渓苑の仲居さんたちにも、あたしの多忙ぶりは知られているようで、随分サービスしてもらえました。特に、入浴中と睡眠中の来客をシャットアウトしてもらえただけで、かなり助かっています。朝起きたら、部屋のドアの前に書類が詰み上がっていた時はどうしようかと思ったけど。
今日もゆっくり、のんびりと湯治しながら書類の山を片付けよう、と思った時。
「プリムラさま。あるお客様が、プリムラさまと食事を共にとおっしゃっているのですが」
実は、こういう話は少なくありません。というか、毎食ごとに来ています。有力商人だの、他領のギルド幹部だの、他領の領主に仕える執事だの。さすがに休暇にならない(もはや建前)という理由で、毎回断っているし、いつもは女将さんのところでシャットアウトしてくれているから問題はないんだけど。でも何故、今回は?
「実は、ちょっと身分を申し上げる事が出来ない、やんごとなきお方です。
当館の別館『銀渓庵』を通年借り切っているお客様でして、こちらとしましても無下に扱う事の出来ない方なのです。ご無理を申していることは重々承知の上で御座いますが、挨拶だけでもしていただけないでしょうか?」
銀渓庵を、通年借り切っている客。うん、心当たりがあります。というか、話を聞いてます。
こんなところにホイホイ出向いていい身分じゃないことも。っていうか、ここ、「サウスベルナンド伯爵領の領都」になる町だよ? 絶対拙いでしょう?
頭を抱える思いで、でもちょっと嬉しくなって、銀渓庵に足を運びました。そうしたら、予想通りそこにいたのは。
「やあ、プリムラ。過労で倒れたんだって? あまり無茶しちゃ駄目だよ?」
ドレイク王アドルフこと、アレクでした。
◇◆◇ ◇◆◇
「アレクぅ~~」
滅多にないことだけど、ここは職場じゃないし、他人の目もないし。
遠慮なく抱き着いて、甘えてしまおう。
「プリムラも、頑張っているんだね。でも今は、ゆっくりすると良い」
「アレクぅ、酷いんだよ、皆? こっちが慣れない仕事で目を回しているのに、やれあれがまだ終わっていない、やれこっちを先にしろ、何だこんなことも出来ないのかって。そんな簡単なことなら自分でやればいいのに」
「そうだね。プリムラはよくやっているよ。でも、よくやっているから皆どんどん頼っちゃうのかもしれないね。少しは弱いところを見せてみれば、皆も『俺たちがギルドマスターを支えなきゃ!』って思ってくれるかもしれないよ?」
「そう、かな?」
「絶対そうだよ。そういえば、この銀渓庵は、大浴場より景色が良くて静かな露天があるから、よければこっちを使ってみるかい?」
「……アレクも、一緒に入ってくれる?」
「それは――」
「――なんて、嘘。シェイラさんに悪いもんね」
「私なら、構いませんよ? 何なら久しぶりに、三人で入りましょうか?」
声が、聞こえました。
熱にのぼせたような雰囲気は一瞬で消え去り、むしろ冷や水を掛けられたような気分になって、恐る恐る視線をそちらに向けると。
既に五人の子持ち(三つ子と双子だと聞いた)となって、なおまだ若々しい、白金の髪の美女が、そこにいました。
「しぇ、シェイラさん……」
「お久しぶりですね、プリムラさん。お変わりなく、って言いたいですけど、ちょっと窶れたみたいですね。食事と睡眠は、ちゃんと採らないと駄目ですよ?」
「あ、えっと、違うの! これは――」
「気にしないでください。この程度で気にしていたら、プリムラさんもドレイクに来たら心労で倒れますよ?」
「……シェイラ。それ凄く人聞きが悪いんだけど」
「事実です。でもまぁ、そんな大人の事情は措いておいて、せっかくの再会なのですから、二十年前に戻ったつもりになりましょうよ」
シェイラさんは、凄く変わった。変わらないのは外見だけみたい。
当然か。五人の子持ちで、強国の王妃の一人で、軍の一隊をも率いているって聞きました。
猫獣人の王妃なんて、余所の国ではありえません。だから、おそらく外交の場では屈辱的な待遇をされることもあるでしょう。その振舞いが、国にとって揚げ足を取られる隙にならないように、獣人差別を前にしても、笑っていることも怒ることも出来ない王妃。
そんな大変な立場にありながら、それでも以前と変わらない。「変わらない」という強靭な意志と、アレクに対する信頼とで、その毅ささえも美しさに変えてそこに立つ。あたしの、理想であり誇りでもある、親友。
うん、彼女に、みっともないところは見せられない。あたしの「大変さ」なんて、彼女のそれの足元にも及ばないはずだから。
「大丈夫。本当に大丈夫。
ありがと、アレク。アレクに会えて、随分癒された。
それに、シェイラさんに会えて、元気を貰えた。
まだまだ、あたしは頑張れるよ」
「でも、食事くらいは一緒に採ろう。出来れば、今日の朝食だけじゃなく、お互いが滞在している間くらいは。
それこそシェイラが言ったみたいに、ここでは二十年前の、ただの友人として語り合おうよ」
「でも、やっぱり昔には戻れないよ。この二十年間、色々あったし。今はお互い立場もあるし。
だから、そんなことを言ったら、昔馴染みの立場を利用して、身分を弁えないおねだりしちゃうかもしれないよ?」
さすがにそれは、拙いでしょ? そう思って言ったのに。
「出来ないことは出来ないけど、出来ることなら構わないよ。
プリムラは、何か欲しいものがあるの?」
あたしの、欲しいもの。それは――
「人手。」
「は?」
「スタッフ。」
「ちょっ――」
「5人でも10人でも良い。使える人手を頂戴」
「いや、だから、うちも人手不足だよ? なり手がいないから、ってプリムラをスカウトしたの忘れてる?」
「マスタークラスの人材の必要はない。むしろ能無しで構わない。
言われたことを言われたとおりにやれる人材なら、それで良い。それ以上のことは、こっちで育てるから。
だから、人手を頂戴」
「……わかった。じゃあサウスベルナンド伯爵、アマデオ殿下と話をさせてくれないか?」
(2,897文字:2018/08/26初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/27 03:00掲載 2021/07/20誤用修正)
・ 実は、魔王国の教育政策の、これが問題点なんです。
ドレイク王国では「底辺層のレベルアップ」を優先課題としていますから、日がな一日大地に鍬を振り下ろす百姓でも、プリムラの要求に応える事が出来るでしょう。その一方で、魔王陛下がプリムラに要求するような、「リーダー」すなわち才能と閃きで部下を差配するエリート層が育たない。ましてや才能があり且つ経験もある、プリムラのような人材は、どれだけ対価を支払ってでもスカウトしたいというのが本音です。
・ シェイラ妃殿下「気にしないでください。この程度で気にしていたら、プリムラさんもドレイクに来たら心労で倒れますよ?」
魔王陛下「……シェイラ。それ凄く人聞きが悪いんだけど」
妃殿下「事実です。大体、毎朝起こしに行く度に、違う女性が裸で同衾しているじゃないですか。これじゃぁ警備の人たちも大変だ、と思っていたら、寝ている女性が警備の当番だったってことだって、二度や三度じゃないですよ?」
プリムラ「……どうやら、吟遊詩人が語る以上の状況みたいですね」
・ なお。若い頃、三人一緒にお風呂に入ったことはなかったはずなのですが……?
・ 実を言えば、プリムラさんが過労で倒れるのは。モビレアのギルマス・マティアスとアマデオ王子にとっては予定されたことでした。プリムラさんは優秀だから、無理すれば一人でも何とか回せる。けれど、無理は長続きしない。だから、倒れてからが、ウィルマーギルドの組織を組み立てる第一歩、と考えていました。
実際、上司は部下のフォローとか顧客のクレーム対応に備えて、身を空けていなければいけないんです。必要な時に、「今手が離せないから後で!」なんて言う訳にも行きませんから。だからこそ、ギルマスは怠けている(ように見える態度をとる)ことこそが正解。真面目なプリムラさんにそれを理解させる為には、経験させた方が早いだろう、と。
実際、古領たるモビレアなら、そして法的にはまだモビレア領内であるウィルマーギルドに充分な人員を派遣することくらい、出来ないことではないのですから。




