断章08 新ギルドマスターの憂鬱
断章 魔王とギルマス・3〔1/4〕
◇◆◇ プリムラ ◇◆◇
サウスベルナンド伯爵領ウィルマー市の、冒険者ギルドマスター・プリムラです。
現在、深刻にやさぐれています。
誰よ、出来たばかりのギルドなんて、暇だろうって言ったのは!
冗談じゃないわよ。
なんせ、「サウスベルナンド伯爵領」なんていう領地は、現時点では公的には存在していないんです。にもかかわらず、現在整備中のリュースデイル関の町(第二次リュースデイルの戦いにちなみ、「エトの町」としようというのが命名候補最右翼。八つ当たり半分あたしも一票投じています)と、猫獣人の集落址(こちらは「リンクスタウン」で決まりそう)、そしてリュースデイルの町は、間違いなくサウスベルナンド伯爵領にあるんです。
となると、これらの町に関連する事業は、サウスベルナンド伯爵領にある唯一の公的機関「冒険者ギルド」に持ち込まれて決裁されることになるんです。
……ってか、冒険者・商人・職人・鍛冶師の四ギルドは対等って建前でしょう?
何で商人の営業許可を商人ギルドが冒険者ギルドに求めるの?
何で職人ギルドのモビレア派閥とアルバニー派閥の調整を冒険者ギルドで行うの?
何でモビレアから来た鍛冶師に対する研修計画を冒険者ギルドで策定するの?
どっかおかしいでしょ?
しかも、サウスベルナンド伯爵領には他の役所も存在しないから、住民の戸籍(転入転出出生死亡)の管理、領主様への陳情、市街整備計画や難民・貧困対策、その他あらゆる雑務が冒険者ギルドに舞い込んできます。
本来の役所の長となる官僚は、最低でも準男爵級の貴族、伯爵領のとなると子爵級の貴族がそれを担います。だから、役所経由であれば領主様に陳情書を届ける事が出来るといわれても、普通は二の足を踏むんです。
けど、サウスベルナンドは、唯一の役所が冒険者ギルドでそのマスターは苗字を持たない平民。だから、誰もが気安く声を掛けられるんです。
ところが、ウィルマーの冒険者ギルドには、人がいません。
なんせ、存在しない「サウスベルナンド伯爵領」にあるギルドだから、人員を採用するにもモビレアギルドから移籍させるにも、「新領地への移転」の手続きが必要になります。
仮にも公的機関だから、職員を受け入れる為には転出元、転入先両領の領主様の裁可が必要になります。そして転入先は、官僚が一人しかいないから話は早いけど、転出元は歴史ある大領。職員の移転の為には、当人の人物調査から素性の確認、意思の確認などと、10を超える決裁書類を回す必要もあり、結構な時間がかかってしまいます。
事情はお互い理解しているから、それでもかなり手続きを省略して人員を回してもらっているんですけど、人が増えるスピードよりも、仕事が増えるスピードの方が明らかに速い。そして仕事が増えれば厄介事も幾何級数的に増えていく。結果、夜寝る暇もないというのが実情です。というか、ウィルマーのギルドの建物には、あたしの寝室もあるけれど、そこに入った覚えが無い。記憶からなくなっているのか、それとも本当に使ったことがないのか。
最近は、執務室で軽く目を瞑ったら、部下が書類を持って起こしに来た、というのが多くなっています。町の中で歩きながら眠ってしまい、お店に突っ込んだことも何度か。市民の家の軒先で意識を喪失し、気付いたらその家のベッドに寝かされていたなんてこともありました。ギルドマスターが自分の所轄の町で、行き倒れるなんて。
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当然ながら、冒険者ギルドとしての本来の仕事もあります。
こっちに関しては、おかげさまで結構話が早くなっています。商人が依頼人になる依頼は、商人ギルド関係の仕事をするついでに取ってこれますし、冒険者たちに卸す武具や道具などに関する鍛冶師ギルド・職人ギルドとの折衝も、おかげさまでスムースに。
そして町と町の間隔が狭いという事は、猟や採集の依頼も危険性が下がり、すなわち獲物の発見可能性は下がっているものの、有事の際に逃げおおせる可能性は上がっています。また、大物の獲物をゲットしても、場合によってはすぐに町に戻り、大八車などを借りて改めてその場に向かっても、その素材はまだ傷んでいないという事にもなるの。
一方サウスベルナンド伯爵領旗のおかげで護衛依頼の依頼料も下がっているし、領内の町間の行き来には護衛も必要ない、という商人も増えているけど。
そして、小鬼をはじめとする魔物との戦闘も、全くない訳じゃありません。
ショウ達には言えないけれど、ゴブリンたちと戦う際には自分たちの旗幟を隠し、また斃したゴブリンの持つ旗幟は確実に回収して焼却するように命じてあります。勿論、旗幟を掲げ、且つこちらに敵意害意のないゴブリンに対して、積極的に喧嘩を売ったりはするなと告げてあるけど。
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市民からの陳情が多い理由に、あたしが最近、毎日アマデオ殿下と昼食を共にしていることが挙げられます。
領主様への報告なんか、書類で済ませるのが普通。内容が特殊だったり口頭で説明すべきものがあったりすれば、その時直接登城する、ということになりますけど。叔父も、モビレア領主城に登城するのは年に数度しかなかったみたいです。
けど、ウィルマーでは忙し過ぎて、ほぼ毎日アマデオ殿下に直接奏上しなければならない問題が起こっています。ならはじめから昼食を共に採ることをスケジュールに入れておいた方が、話が早いということになったんです。
すると、いつの頃からかアマデオ殿下の婚約者である、アドリーヌ姫も同席するようになりました。あたしも一応女だから、男女二人で食事をするという事で、可愛らしい嫉妬をされているのかな? とも最初は思ったけど、どうやら違ったみたい。
そのうちあたしの職場を見学したいと言い出し、色々と領の運営について質問してくるようになりました。お姫様の相手をするという、あたしの仕事が増えました。というか、領地経営を理解している冒険者ギルドの新人(就任数十日の)平民ギルドマスターって、あり?
ともかく。アドリーヌ姫は、姫様なりにアマデオ殿下の仕事を理解しようとしているようです。手伝うことは出来なくとも、納得することは出来るだろうから、って。
何て好い娘なんだろう。モビレアの領主様はこんな素敵なレディをお育てになったんだなぁ、って感動していたけど。
アドリーヌ姫に大きな影響を与えている家庭教師の正体を、最近知りました。
【縁辿】の、シズ。
あたしをこんな境遇に追いやった一味の、‶大弓使い〟。
あの連中の所為で、またあたしの仕事が増えたと考えると、もう泣きたくなります。
(2,829文字:2018/08/26初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/25 03:00掲載 2020/07/15誤字修正)
・ 商人・職人・鍛冶師の三ギルドは、「モビレア公爵領ウィルマー町」に所属し、「サウスベルナンド伯爵領都ウィルマー市」にはありません。そもそも、「サウスベルナンド伯爵領都ウィルマー市」なんていう町は、地図上のどこにも(現時点では)存在しないのですから。
・ サウスベルナンドに於けるゴブリンとの戦闘は、銅札のクエストになります。戦って勝つことより、その後始末の方が面倒臭いから。
・ 本当に能力のある女性が、「ガラスの天井」(性別を理由として昇進等が認められないこと)に阻まれていたのに、ある日いきなりその「ガラスの天井」がなくなると。場合によっては物凄いことになるんです。
筆者の知り合いにもそういう人がいまして。それまでは「女性・短大卒・秘書課配属(女性で短大卒だと正社員になれない)」だった為20年近く冷遇されていたんですが、一念発起して夜間で四大を卒業して、転属試験(正社員登用試験)を受け、営業に配属された結果。
新入社員研修(中途採用も必修)では、講師の先生の補佐をやらされ(それまでも毎年やっていた)、彼女が育てた営業職員を先任担当者として研修で回った先は、実は彼女が開拓した取引先で、先任者を放置して話が弾んだとか。挙句、翌年には支社長補佐(支社で最も実力のある営業職員が就く。名刺の肩書が「支社長秘書」⇒「営業」⇒「支社長補佐」となったから、「元に戻った」ともっぱらの評判でした)、更にその一年後には支社長に就任。当然、正社員登用二年後の支社長就任は、その会社のレコードとなりました。……パート秘書から直接の支社長就任はさすがに体裁上の問題があるから、形だけでも営業職正社員になってほしい、と本社からの要請があったというのが裏話では、とも言われていますが。




