第45話 政策特区?
第09節 華燭の典〔2/4〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「リーサの価値、か」
王太子殿下の妹姫である、王女殿下に対する松村さんの論評は、身も蓋も無さ過ぎる。けど、リーサがスイザリアという国にとって意味を持つのは、最早それだけだ。それさえ熟せないのなら、はっきり言って生きている価値がない。少なくとも、その遺体を他国の政略に利用されなければいい。だから、スイザリアの王宮まで生かしたまま運び込めた。その時点で俺たちの依頼は、完全に完了したと言えるのだから。
「畏れながらお尋ねします。
リングダッドとの此度の縁談。パトリシア姫に代わって輿入れする事が出来る王女殿下、或いは国王陛下の胤を継ぎし女子は、他にいらっしゃらないのですか?」
この質問は、不敬に半歩足を踏み入れている。これはどこぞの魔王のように、無節操に胤を撒き散らしているという誹謗の言葉とも採れるからだ。
だけど、そうであれば、スイザリアにとって話が早いのだ。仮令昨日まで平民として暮らしていたとしても、今のリーサよりは余程リングダッドの王太子殿下の下に嫁ぐに相応しいということになるから。
「残念ながら、王家の他の女子は皆嫁いでいるか、婚約が済んでいる。父上と情を交わした身分無き女はいない。父上はそちらの方面では、あまり盛んな方ではなかったようだからな。
王家に最も近い、けれど未だ正式な婚約が整っていない適齢期の女子は、一人だけ。
モビレア公の息女である、アドリーヌ姫だけだ」
……うわ。何か藪蛇というか、松村さんが華麗に躱した落とし穴に、俺が真直ぐ突っ込んじゃった気がする。となりから、松村さんの視線を感じる。怖い。
「お戯れを。アドリーヌ公女は、近い将来サウスベルナンド伯爵夫人となることが既に定まっており、公女自身もその為の勉強を始めておいでです。
そしてサウスベルナンド伯爵領が、スイザリア王国にとってなくてはならない領地となる以上、この縁談を破棄することには不都合が多過ぎます」
「そう、それだ。それを其方らに聞きたかった。
何故其方らは、半年前にアマデオに味方した? 何故余と敵対することを選んだ?」
「お言葉ですが、アマデオ殿下に味方したつもりも、王太子殿下と敵対したつもりもございません。
ただ、このスイザリアのことを思って、アマデオ殿下には一言献策させていただきましたが」
「何を告げた? アマデオに対する忠義ゆえ、それを余に告げることは出来ぬか?」
「否。スイザリアの為の策で御座いますれば、王太子殿下に隠す理由も御座いません」
「では告げよ。如何なる策を献じた?」
「アマデオ殿下と、王太子殿下。両殿下が並び立つことが出来る、唯一の方策を」
王太子殿下は、目を見張ったようだ。そして、更なる興味の色を瞳に浮かべて口を開いた。
「具体的に申せ。」
「はい。両殿下は、ひとつ所で並び立つことは出来ません。それは、向いている方向が違うからではなく、歩く際に右足と左足を同時に前に出すことは出来ないという次元の問題です。両殿下はともに、この国の未来を見据えているという点では同じなのですから。
ですが離れた場所でなら、同じ方向を向き、この国の為に歩くことも出来ます。
その為にも、アドリーヌ公女との縁談をお受けした方がいい、と」
「離れた場所でなら、並び立てる? だがそれは、サウスベルナンドとモビレアが、スイザリアから独立することを意味するのではないか?」
「それは違います。サウスベルナンド伯爵となられるアマデオ殿下は、王太子殿下の敵でも競争相手でもありません。
もしサウスベルナンド領の革新的な施策が、良好なモノであれば、それをスイザリア全土に応用することを検討する事が出来ます。
もしそれが革新的過ぎて、領民が苦しむモノであれば、国王陛下となられる王太子殿下は、王命を以てそれを止めさせる事が出来ます。
その政策が新し過ぎて、どういう結果になるかわからない場合、国王陛下となられる王太子殿下は危険回避の考え方からその政策を採用することは出来ないでしょう。
けれど、サウスベルナンド領でそれを試せば、それが善きものであればその成果を中央で、そして全国で採用出来るんです。それは結果だけを盗み出すというのとも違います。一地方領主の革新的な政策を、全国に広める事が出来るのは、国王陛下だけですから。
そして、王太子殿下の周りにいる頭脳は、どうしても最終的に王太子殿下の判断を優先為されるでしょう。けれど、アマデオ殿下は違います。
だからこそ、お二人がひとつ所で並び立てなかったんです。
けれど、お二人が別々の地に立てば。
アマデオ殿下が王太子殿下の政策と異なる政策で領地を経営するというのであれば、それを外から観察し、それが王太子殿下の政策に劣っているのであれば嘲笑すれば善いですし、王太子殿下の政策より優れているのであれば、そ知らぬ顔で国政に採用すれば善いんです。
王太子殿下は、アマデオ殿下の良いところを取り入れ、悪いところは自分にも同様な部分がないかを顧みて、同じものがあるのならそれを是正なされば善いのです。
お二人は、政治的に対立しています。けれど、王族としてはどちらも間違っていないと思います。
そして、アマデオ殿下がサウスベルナンドにお立ちになることで、王太子殿下はご自身を見据える為の鏡を得られたのです」
以前、アマデオ殿下に言われた。「平民が王族を褒めるなど、普通に考えたら不敬」でしかない、と。そして今の言葉も、それと同次元の不敬だろう。
けれど、今は「平民」である俺の言葉、ではなく、「サウスベルナンド伯爵の旗幟を託された、そのブレーン」である俺の言葉が期待されていると判断した。だから、遠慮なく言いたいことを言ったんだ。
「アマデオが、其方らを重用する理由がわかったような気がする。
是非とも余の配下にほしいな。
望む報酬は何でも出そう。余の下に来ないか?」
「勿体無いお言葉ですが、ご辞退させていただきます。
私どもには、ある目的を遂行することを、〔契約〕を以て定められております。
アマデオ殿下の旗幟を預かったのも、私どもの目的と殿下の政策が、相互に利用可能なものだったからに過ぎません。
けれど、今のお言葉だけで、我々は王太子殿下とは敵対しないことを誓うに足る、充分な報奨であると存じます」
「そうか。残念だがここは引き下がろう。
それで、其方らは今後の予定はどうなっている?」
「予定、ですか? あとはモビレアに、ウィルマーに帰るだけですが」
「なら、もしかしたらひとつ、余から其方らに依頼をするかもしれない。
十日程は、王都に滞在してもらおう。宿はこちらで手配する」
「畏まりました。では10日間、王都にて待機させていただきます」
(2,963文字:2018/08/25初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/19 03:00掲載予定)
・ 魔王陛下「胤を撒き散らしているんじゃない。種を搾り取られているんだ!」




