第44話 王都再び
第09節 華燭の典〔1/4〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
エラン先生との戦いの後、あたしたちはまた馬を走らせた。
復路は身バレしても何ら問題も生じないから、野営は〝機動要塞〟。
そして馬も、その日に走らせ乗り継いだ、全ての馬を、ドレッドノートに繋いで休ませた。
「……ついに、隠す気もなくなったって訳?」
「何のこと?」
ベルダがツッコミを入れてくる。
「あんたらの〔収納魔法〕は、生き物を仕舞えないんじゃなかったの?」
「そうよ。仕舞えないわよ?」
「……この期に及んで、そんな言い訳が通用するとでも?」
「言い訳じゃないもの。
アマデオ殿下やモビレア公も、もう気付いているはずよ。だけど、それを追及出来ない。
だって、あたしたちが嘘を吐いていると指弾することは、すなわちあたしたちとの友好関係が終焉を迎えるという事だから。
お二人にとって、あたしたちと決別することと、それを追求しないことであたしたちとの協力関係を維持することと、どちらにメリットがあると思う? どちらの方がデメリットが大きいと思う?」
「……」
「ベルダは、アマデオ殿下かモビレア公、どちらかの密偵なんでしょう?
あの密偵夫婦と連絡を取り合っていなかったところを見ると、アマデオ殿下の密偵かな? 少なくとも、美奈が何も言っていないところを見ると、敵じゃないよね。
ともかく、そういう現状を考えるとね。
ベルダには、見せても構わないの。でも、その上で、あたしたちはこう言うの。『あたしたちの〔収納魔法〕では、生き物を収納することは出来ません』って」
とはいえ。馬たちを、外界で一晩休ませる事が出来るっていうことは、結構メリットがある。その分しっかり馬たちが休めるってことだから。やっぱり〔倉庫〕内の畜舎より、外界(但しドレッドノートの屋上部分)での方がリラックス出来るみたい。
なお、ドレッドノートには、アマデオ殿下の旗幟とモビレア公の旗幟の両方を掲げる。ドレットノートに関わるってことは、両貴族と事を構えるってことだけど、構わないのか、という意思表示で。
ドレッドノートの中では、リーサの肌と内臓のケア。食生活は偏っていただろうから、野菜や果物中心に。肉料理は煮込んで柔らかくしたものを。お風呂はゆっくり手足を伸ばして、山羊乳や果汁或いは薬草などで作った各種美容液もふんだんに利用する。
彼女の身柄はまだ、国にとって利用価値がある以上、それを保全することはあたしたちの管理責任の範囲内なんだから。
朝にはまた、騎乗する馬以外は全頭〔倉庫〕に仕舞い、そしてハイペースで移動する。
国境の関の手前では、モビレア公に仕立ててもらった馬車を出し、こちらにもアマデオ殿下とモビレア公の旗幟を掲げ。
馬車の中には、リーサとベルダ、それから美奈とオマケでエリス。
馭者台には、飯塚。
馬車の前後を柏木と武田とあたし、そしてソニアの馬が囲み。
「失礼ですが、皆様は?」
「スイザリア王家のやんごとなきお方を護衛しております。詳細は王都にお問い合わせを」
「そんな、畏れ多い。どうぞ、ご無難な旅をお祈り致します」
王族と大貴族の旗幟の効果は絶大。ほとんどフリーパスで関を通過出来た。
そのままスイザリア国内を騎走して、王都スイザルを前にまた馬車を出し、市門にて。
「王太子殿下に伝令を。『アマデオ殿下の旗幟を掲げた冒険者が、花を持ち帰った』と伝えてください」
「はっ。直ちに」
第791日目。半年ぶりに、王都スイザルに足を踏み入れることになった。
◇◆◇ ◆◇◆
王族の旗幟を掲げた馬車に乗っているというだけで、半年前とはまるで対応が違っていた。
案内されて馬を着けた先は、半年前のレンタル馬車が停まった場所とは違う。
そして衛兵たちも、半年前はまずあたしたちの身元の確認を要求したけれど、今はそれをスルーして、あたしたちを誘導してくれた。むしろ、武装したまま登城することが問題にならないのかと、こちらが気になってしまったくらい。
案内された先は、所謂謁見の間ではなく、王族の私的な応接室のようだ。
「パトリシア、戻ったか」
「は、はい。ただいま戻りました。あの――」
「ではまず湯浴みをして、服を整えなさい。話はそれからだ」
そこにいたのは、スイザリアの王太子殿下。リーサの言葉を聞こうともせずに、侍女に命じて連れ出した。
「では、アマデオ子飼いの冒険者諸君、話を聞かせてもらおうか。
出来れば、半年前の一件についても、話してくれると助かるのだが」
◇◆◇ ◆◇◆
取り敢えず。「半年前」という言葉は聞かなかったことにして、聖都でリーサをどのように発見したか、見つけた時のリーサがどんな状況だったか、そして王都に帰る道すがらどのようなケアをしたのかを説明した。
「そうか、もう少し遅れていたら、客を取らされるところだったのか。
その一件だけでも、間に合ってくれた其方らには感謝しなければならないな」
「勿体無いお言葉です」
「だが、何故エフラインを放置した? 連れ戻して極刑にしてもまだ足りぬのだぞ?」
「エフラインの行いが赦されないものであることに、異論はありません。
そしてエフラインが悪意を以てそれを為したかどうかを、私たちは論じる立場にありません。
けれどエフラインは、以前は、将来を嘱望される庭師であったと聞いております。
それが聖都では、私たちが発見した時には、姫君の持ち物を売って酒を呑む男に成り下がっておりました。
このことから、エフラインが身を持ち崩した理由の一つに、パトリシア姫の存在があったと言わざるを得ません」
「パットの責だ、と言いたいのか?」
「王族の姫君のことを悪し様に言うのは、不敬であると承知しております。
けれど、姫様はご自身の紋章が刻まれたブローチを、その紋章を削って売り払っていました。エフラインの酒代にする為に。
ご自身の紋章を削られた。その時点で、私たちにとって、姫君、〝リーサ〟を王族の一員と看做して遇すること自体が、スイザリア王家に対する侮辱であると判断しております」
「……自分の紋章を、削った、か。
そうであれば確かに、其方の言こそ正しい。其方らの判断こそが、王家を奉じるスイザリア国民としての、正しい姿と言えよう」
「畏れ入ります」
「だが其方らは、そう言いながらパットに対して、否、リーサに対して、一冒険者が行うにはあり得ないほどの厚遇をしていたようだが、それは何故だ?」
「リングダッドとの和議の為に、リーサの存在はまだ利用価値があります。
なら、その商品価値を毀損しないように輸送することは、冒険者にとっては鉄札の依頼レベルの行為に過ぎません」
逆に言えば、既にリーサの価値なんて、最早その程度しかないってことだけど。
(2,912文字:2018/08/24初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/17 03:00掲載予定)
【注:節題の「華燭の典」とは、結婚式の雅称です。ちなみに自分の結婚に際しては使いません。ここでは、言うまでもありませんが皮肉です】
・ 今、五人にとって最大の秘密は、「〔収納魔法〕で形作られる空間内で生活出来る」という事と、その間外界の時間は経過しないという事。現在の、領主様がたとの力関係・友好関係を考えると、それ以外のことであれば、知られても大した問題にならないんです。




