第43話 感謝と恨みの全てを込めて
第08節 ふたつの結末〔5/5〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
小型弩砲の散弾は、リュースデイル解放戦で既にデータが取れている。
その有効射程は最大約350mで、直径約15mの範囲に無作為に着弾する。
だから密集している敵に対しては、効果的な兵器になる。
けれど喰屍鬼と違って人間の騎士は、密集していたら一網打尽とわかれば散開する。
ところが敵騎士団を包み込むように、武田の〔クローリン・バブル〕が展開している。
塩素ガスは色がある。だから、〔クローリン・バブル〕は黄緑色の球体として視認出来るんだ。そこに突っ込んだ馬が一瞬で昏倒したのを見て、騎士たちもその危険性を悟ったはず。
では接触しなければいいかと問われれば、それでは済まない。何故なら〔泡〕は、武田に誘導されて敵騎士団を包囲した挙句、その輪を狭めているのだから。しかも割れた〔泡〕から漏出した塩素ガスが足元に漂い、動き回れば高濃度塩素ガスを含んだ空気を攪拌し、馬や騎士の呼吸器の高さにまでガスが到達してしまう。
黄緑色の〔泡〕から遠ざかろうとすると、騎士たちが一箇所に密集してしまい、散弾の餌食になる。散開すると、塩素ガスの脅威が騎士たちを襲う。
けど、〔クローリン・バブル〕の展開高度はそれほど高くないからと、それをジャンプして飛び越える騎士が現れた。そう、それが正解。
しかし。
その馬の頭を、一本の矢が貫いた。
言うまでもない、〝大弓使い〟、松村の弓射だ。
実際、全ての騎士が〔泡〕を飛び越えたならば、松村の対応能力を超えてしまうだろう。けど、技倆の未熟な騎士が、実体も定かではないから馬にとって危機感を覚えづらい〔泡〕を飛び越えられずにそれを割ってしまったり、その〔泡〕の中に飛び込んでしまったりと、松村が対処しなければならない騎士というのは、それほど多くはなかったんだ。
だから最後まで、松村の対応能力を超えることもなく。
そして散弾で対処するには敵の数が少な過ぎるという状況に至るまで。
ただ淡々と、敵を減らしていく事が出来た。
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
無傷の騎士は、数えるほど。そしてその中には、塩素ガスを吸い込んでいない騎士はいないだろう。
騎乗したままの騎士は、一人だけ。けどその馬も、もうあと少し待てば倒れるくらいに塩素ガスを吸っている。そして、その一人。唯一残ったその騎士は、エラン先生、否、〝背約者〟エラン。
当然、そうなるように誘導した。上手くいくかどうかは運任せだったけど。その前に致死量の塩素ガスを吸い込むか、バリスタの散弾を喰らうか、どちらかの可能性もあった訳だけど。
でも、最後の決着だけは。俺たちの剣でつけたかったんだ。
「松村さん、柏木。三人で行くぞ」
「ああ」
「わかった」
いつものフォーメーション。だけどソニアは参戦させない。これは俺たちの戦いだから。
松村さんは、この戦いの結果エラン先生を殺してしまうかもしれない。人殺しをさせたくないのなら、下げるべきだけど、この最後の戦いから松村さんを外す選択肢はない。
松村さんに殺人をさせたくないのなら、松村さんの薙刀より先に、俺の二叉長槍でエラン先生を殺せばいい。
「まさか、騎士団がこうも一方的に壊滅するとはな」
「俺たちも、先生に手の内を知られないように、必死で努力していましたから」
「つまり、お前たちは正しく〝魔王に届く者〟だった訳だ。〔縁辿〕の魔法は、正しく発動していたにもかかわらず、俺たちはお前たちとの向き合いかたを、間違えたんだろうな」
「否。この結果は、この二年間で俺たちが培ってきた力ゆえ。俺たちには、こんな要塞を作る力はありません。協力してくれる人がいたからです。
一個の冒険者旅団が、一軍と戦える要塞を持つことを許される。それは、国家・領主からの信頼です。
その〝信頼〟こそが、俺たちが二年間で育てた、俺たちの真の力なんです」
そして、俺たちはそれぞれの武器を構える。もう、これ以上の言葉は不要だ。
エラン先生が手にしている剣。白銀の輝きを持つ、不可思議な剣だ。
神聖鉄の、日緋色の輝きとも違う。おそらくは、大鬼の角を触媒にして作った、魔剣。
だけど、魔剣としての格なら、松村さんの鵺は当然として、俺のロンギヌスでもなお勝る。この差こそが、騎士王国が魔王国に及ばなかった差なのだから。
剣の伎倆は、松村さんが上。
だけど実戦経験を含めた戦闘の勘所は、エラン先生の方が上手だ。
松村さんは、最も得意とする薙刀を振るい、しかもエラン先生の白銀の剣に勝る魔剣であることから、力負けする不安はない。
エラン先生が如何に実戦巧者であるといっても、達人である松村さんと、それに呼吸を合わせることの出来る俺と柏木の合いの手の前には、苦戦を免れない。
俺たち三人を見ると、俺が最大の弱点になる。だから先生は、俺に狙いを集中してきた。
けど、それこそ俺たちが最も得意とし、最も経験を積んできた戦況。
先生の剣を、〔無属性〕で制御する『レニガード』で受け止め、同時にロンギヌスで突く。普通の人間なら、楯で受けるのと槍で突くのを同時には出来ない。どうしてもタイミングがずれる。けど、防禦を魔法に任せて意識は攻撃に専念すれば、それも可能になる。
それでもまだ、先生には届かない。
俺の槍の突きを回避した先生の、その先には松村さんの、薙刀。何とか剣でそれに合わせるも、ヒヒイロカネの薙刀と白銀の魔剣では、やはり格が違う。不壊の属性を持つはずの、先生の魔剣に亀裂が入る。そして、柏木の長柄棍杖が振り下ろされる。その衝撃は、肩鎧を透過して、直接鎖骨を砕いた。
そこに。
感謝と恨みの全てを込めて、俺は二叉長槍を、先生の心臓に突き立てた。
◇◆◇ ◆◇◆
二叉長槍。これが〝二叉〟である真意は、貫いた際の、殺傷力の増強だ。二つの穂先の空隙が、傷口に空気を注ぎ、それを致命の一撃に変える。
ましてそれを、正しく心臓に突き立てたのなら。
遺言を残す間もなく、その命は消し飛ぶ。
最期に、先生が何を思ったか。
おそらくは、何かを思う間もなくその生涯を終えたのだろう。だけど俺は、それを後悔しないし憐れまない。
だって、エラン・ブロウトン騎士爵は、その人生を戦地で全うしたんだから。
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『アザリア平原の戦い』と謂われるこの戦闘は、謎が多い。
ア=エトが何故、この時期にアザリア聖堂騎士団と戦闘状態に陥ったのかからして諸説あり、一時はその戦闘があったのかすら議論の的だった。
それ以上に研究者たちが首を傾げたのは、その会戦に参加した兵数である。
ア=エト側は、非戦闘員を含めて10名弱。
アザリア聖堂騎士団は、一個騎団480名。
この戦力差を以て、しかしア=エト側は無傷で、聖堂騎士団を全滅させたというのだ。
当時秘密裡に行動していたスイザリア軍がこの会戦にア=エトの援軍として参加していた、或いは聖堂騎士団側の被害は誇大に宣伝されたものだ、などとも言われているが……。
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(2,990文字:2018/08/23初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/15 03:00掲載予定)
・ 聖堂騎士団は、対冒険者戦を想定していた為、武装は剣と槍、そして騎乗して使える短弓だけ。当然ながら、攻城兵器は持参していません。つまり、『機動要塞』を攻略することははじめから不可能。まぁドレッドノート側からの反撃が一切ない、という条件で、力任せに押し倒したり柱をよじ登ったりすことは出来たかもしれませんが。
・ 〔クローリン・バブル〕は、馬で飛び越えることは可能でしょうが、騎士(それも鎧を着ている)がその脚力で飛び越えることは不可能。下をくぐることは可能でしょうが、その頃には既に地面には塩素ガスがたなびいており。
・ 聖堂騎士団の約半数は生きてます。生存者の多くは塩素ガスにより呼吸器が損傷し、重度障碍を負っていますが。
・ 今回の戦闘で、『レニガード』はその利点である透明性を失いました。でもまだ「そこらの鉄盾に負けない強度」は保持しています。
・ 馬を射て、騎手を落馬させ、高濃度の毒ガスの中に放り込む。なかなかにえげつない戦法かも。




