第42話 9 vs. 481
第08節 ふたつの結末〔4/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ボクらは〔倉庫〕から馬を出し、それぞれ分乗しました。
エリスは、髙月さんの馬に。リーサは、ベルダの馬に。
町中で平民が騎乗・騎走するのは明確なマナー違反。町によっては法律で禁じている行為ですけど、構わずに。
けど、いざ出発しようとしたところで、人影が。
「貴方たちは……」
お隣の、密偵一家の夫婦でした。
「私たちが、皆様の露払いを務めたいと思います。微力ながら――」
「否、微力どころか無力だよ? 町を出たらすぐに戦闘になるの。
お二人は、暗殺戦の訓練はしているかもしれないけれど、平原での対軍戦は想定さえしていないでしょう? だから、悪いけど足手纏い。
余計なことを考えていないで、本来すべきことをしてほしいんだよ?」
夫婦の申し出を、一刀のもとに切って捨てたのは、髙月さん。本当に、身も蓋もありません。
「……かしこまりました。御武運を。」
「ありがと。多分騒ぎは朝には終わるよ。だけど、日が高くなったら別の混乱が起こるから、その前に出発すると良いんだよ?」
それは、ほぼ間違いのない未来。あとは、エラン先生がボクらのことをどの程度の戦力だと認識しているかの違いだけ。
そして、密偵夫婦に見送られて、ボクらは出発したのでした。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、都市の正門。当然ながら、門は閉まっています。
「飯塚くん、どうするんですか?」
「強行突破一択。という訳で、〝0〟」
〔倉庫〕を開き、何を取り出すのかと思えば。
〝機動要塞〟に配置されている、大型弩砲。それも、対赤鬼・青鬼戦で使用した、大型矢砲を装填して。しかも衝撃が浸透するように、鏃は外して、代わりに大きく粘土を付けて。
「この市壁を設計した人がどういう状況を想定していたのかは知らないけれど、都市の内側から、攻城兵器で攻撃されることは想定していなかったはずだ」
……それを想定する人がいたら、多分狂人扱いされていますって。
それはともかく、深夜の見張りしかいない市門に向けて、アーバレスト発射!
そして着弾確認もせずに〔倉庫〕を開いて、アーバレストを仕舞い、再び馬を走らせます。
轟音を立てて、市門は砕け散りました。
◇◆◇ ◆◇◆
そのまま走り続けて、数時間。時計の針は、深夜零時を回りました。
「〝1〟、だよ? 今確認出来るだけで二百。もしかしたら五百に届くかも」
たった九人(エリスとリーサ含む)相手に、数百とは、エラン先生もなかなか豪気な。
「どうしますか?」
「彼我の人数の差が大き過ぎると、お互い採り得る戦術の幅がなくなる。
柏木、武田。大量殺戮をする覚悟は出来ているか?」
どうやら、正面から撃破するつもりのようです。
「今更、だな」
「はい。やりましょう」
「飯塚。あたしを除け者にする気か?」
「する気。やっぱり松村さんには、人殺しをしてほしくはないよ。
だけど、今回は状況次第だ。場合によってはそんな呑気なことは言えなくなるからね」
そして、今度はドレッドノートを〔倉庫〕から引っ張り出しました。
「ベルダ。リーサと美奈の護衛を任せる。
小型弩砲は、俺と柏木、武田、そしてソニアの四人で操作する。
散弾を使用。密集地に向かって撃ちまくる。
武田は、研究中だった〔クローリン・バブル〕も使え」
〔クローリン・バブル〕。塩水を電気分解して生成する塩素を閉じ込めた、〔泡〕です。塩素は、伝統的な毒ガスですから、ドレッドノートの弱点である真下を守る為に研究していました。ただ、塩素の抽出は簡単な実験器具で出来ますが、純粋塩素を抽出しようと思ったら、現状ではやはり工業的施設が必要になります。
「わかりました。でも、まだ純度は高くないですよ?」
「構わない。即死させる必要はないからな。幸い、風向きはこちらからあちらに向かっている。そのまま〔クローリン・バブル〕を放流しても、こっちにガスが戻ってくることはないだろう。
足止めしてくれれば、バリスタで止めを刺す。
松村さんは、大弓。指揮官級の敵騎士の、馬を狙ってくれ」
「敵将の頭を狙え、とは言わないんだな」
「だから、意地でも除け者にするって言ってるだろ。
松村さんが、〝誤射〟しないでも勝てる要素があるうちは、狙って〝誤射〟する必要はないよ。地べたに伏せたら、あとはバリスタか塩素ガスが始末するからね。
さあ、対軍戦の始まりだ!」
◇◆◇ ◆◇◆
敵が、近付いてきます。
以前の有翼騎士団相手のように、誘引戦をしても良いけれど、ベルダとリーサがいて二人を〔倉庫〕に収容出来ない状況では、こちらの方が先に力尽きます。
否、それ以前に。エラン先生はたった9人のボクらを殺す為に、騎士団を率いてきたのです。
なら少人数でしかないボクらは、けれどその騎士団を撃破することで、エラン先生の判断が間違っていなかったことを証明するんです。
敵の誇りを守って何になる。
好き好んで不利な戦いをするなんて、お前らはマゾか?
周りからはそう見えるかもしれないけれど。
でもやっぱり、エラン先生には搦手で戦いたくはない。
そしてエラン先生と決別した以上、今夜この場で確実に先生を殺さなければならないのです。
和解があり得ない相手と、二度三度戦うのは莫迦の所業でしょうから。
だから。
恩も恨みも、全てを込めて。これは、そういう戦いなんです。
◇◆◇ ◆◇◆
現在位置、約300m地点に敵騎士団先頭が。最大密集地はまだ500m以上向こうです。
でも、これ以上接近を許すと、先頭がドレッドノートに取り付いてしまいます。
だから。
飯塚くんの、〔光球〕。
ドレッドノートの全周約200m地点上空に、一定間隔で配置しました。
いきなり光の中に現れた、小型の要塞を目の当たりにして、アザリア教国聖堂騎士団もさすがに驚いた模様。だけど。
そこは既に、こちらの射程内。バリスタの散弾が、届く距離。
既に散弾も、実戦確認済みだから、単発のボルトと散弾のボルトとの射程の差も、補正が終わっているんです。
「攻撃、開始!」
飯塚くんの号令で、四人でバリスタを発射。ボクは、生成した〔クローリン・バブル〕も、敵部隊に向けて放流したんです。
塩素ガス。地球人類史上最初の、実戦投入された本格的な化学兵器です。それを封入した〔泡〕を、地上約1.5mの高さでまず横に広がるように遊弋させ、そこから半円状に包み込むように敵騎士団に向けて移動させるのです。塩素ガスは、薄い黄緑色。だけど、そんなモノの存在を知らないこの世界で、それをどこまで警戒するでしょうか?
〔泡〕の強度は最弱。そしてその高さは、走っている最中の、馬の鼻面の高さです。仮令騎士がその存在を危ぶんでも、馬は真直ぐ〔泡〕に突っ込み、高濃度の塩素ガスを直接吸入してしまうのです。
そして〔泡〕が割れたら、塩素ガスはその辺り一帯に散布されることになります。
敵騎士団は、足元に毒ガスが広がりつつある中で、戦闘しなければならないのです。
(2,958文字:2018/08/23初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/13 03:00掲載予定)
・ 塩素ガスの比重は、2.49。空気より重く、地面に滞留します。だからこそ、塹壕を掘っている相手に対しては凶悪なまでに有効なんです。ちなみに、理科の実験室レベルの器具で行う塩素の抽出は不完全。水蒸気などを含んでしまいますが、〔泡〕が割れた時点で遊離(塩素ガスは地面を漂い、水蒸気は上空に拡散)します。またイオン交換膜を使用しない電解法(塩水を電気分解する方法)だと、抽出された塩素イオンの一部が水酸化ナトリウム(NaOH)と反応して塩素酸ナトリウム(NaClO₃)になってしまいますが、陽極から抽出出来る気体は期待通り塩素(Cl₂)です。……石鹸作りはまだ難しそう。但し、塩素酸ナトリウムは色々使い道もありますが……。
・ 毒ガス(この場合粉末状の毒物を含む)自体は、有史以来様々な形で使用されています。が、戦術的且つ大規模に使用されたのは、第一次世界大戦が最初です。ちなみに、塩素ガスの実戦使用はハーグ陸戦条約(1899)並びにジュネーヴ条約(1925)で禁止されています。
・ エリスの護衛は、不要。自力で〔倉庫〕に出入り出来る彼女を、誰が護衛出来るっていうんでしょう? もっとも、エリスを殺せる存在がいるのかって聞かれると、エリスの正体も相俟って、物凄く微妙な話になってしまうのですがwww




