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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第一章:契約は慎重に結びましょう
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第20話 契約魔法と〝誓約〟の首輪

第04節 契約〔3/6〕

◇◆◇ 翔 ◆◇◆


 関係者全員が書類に署名(サイン)し終えた直後、俺たちの首に(あらわ)れた首輪。

 俺たちは、それに見覚えがあった。


 俺たちが、治療魔法の練習をした時。その治験台となり、自分の身体が傷付けられることを許容していた人物。その人が、同じ首輪を付けていた。

 つまりこれは、『奴隷の首輪』、という事か?

 サインした書類に、何らかの魔法的な(わな)が仕掛けてあったという事か?


「この首輪は、一体何ですか?」


 松村さんが問う。


「その首輪は、〝誓約の首輪〟という。〔契約魔法〕の象徴の一種だ。

 〔契約魔法〕とは、基本的に契約条件を整え、その期間を定め、その契約履行(りこう)に於ける禁則条件を定め、その報酬と違約条項を定め、それを両者が納得することで成立する。

 今回の契約に関しては、キミたちは〝魔王〟の討伐に向かうこと、我が国はそれを全面的にサポートすることが契約条件となる。

 契約期間は、〝魔王〟討伐に成功するまで、或いは〝魔王〟討伐が不可能と判断されるまでだ。

 禁則条件は、キミたちが〝魔王〟討伐を(こば)むこと。我が国はキミたちに対するサポートを(おこた)ることとなる。

 報酬は、キミたちが元の世界に帰還する手段を見つけ出すことと、それまでの期間の身分・生活の保証。

 違約条項は、キミたちが〝魔王〟討伐を拒んだ場合、違約の(しるし)がキミたちの(ひたい)に浮かび上がる。我が国は、キミたちのサポートを怠った場合、或いはキミたちが〝魔王〟討伐に成功した後、キミたちの帰還手段の模索を怠った場合、我々の額に同じ徴が(あらわ)れる。


 そして、〝誓約の首輪〟は、契約が当事者の行動の自由を一定以上束縛する場合、そこに生じる。キミたちの場合は、キミたちが〝魔王〟討伐の為に行動すること。それが、束縛だ。キミたちが〝魔王〟討伐に成功した場合は、同じ〝誓約の首輪〟が陛下の首を(おお)うことになるだろう。〝誓約の首輪〟とは、そういう性質のものだ」


「そのようなこと、一度も話してくれなかったじゃないですか!」

「これは異なことを。〝誓約の首輪〟は、〔契約魔法〕の顕現の一つであり、一方的に課するものではない。その契約を受け入れた者が、自らの首にそれを顕すのだ。

 キミたちに、契約を履行する意思があるのなら。〝誓約の首輪〟はキミたちに対して何らの(かせ)にもならないはずだよ」


 契約は、〝相手に〟その条項の履行を迫る為のものではなく、〝自分に〟対して誓約するものだ。本来、契約(コントラクト)には、他者に対する強制力はない。しかし、自分で宣言した(トラスト)内容(ミー)を履行しなかったら。それは、自分の信用(トラスティ)毀損(きそん)する行為であり、商取引に於いては致命的となる。

 21世紀の地球の先進国社会では、それを法律や条約で裏付ける。だから、「契約不履行」は「違法行為」に準ずると判断され、司法がその履行を要請する。しかし、本質的には違う。

 本質的な、「契約不履行」に(ともな)う不利益は、「自身の信用の毀損」。だからこそ、「自身の信用に誓って」契約不履行はしないし、万一契約不履行となってしまった時の信用の毀損を最小限に留める為に、罰課金の支払いなどといった「違約条項」を定めるのだ。だからこそ、違約条項が不十分な契約ほど恐ろしいものはない。

 この〝誓約の首輪〟は、その意味では原初の契約証明。契約に伴う不利益が、単に金銭損失で済むのなら、ここまではしない。けど、契約の遂行に伴い当事者の自由が束縛されるのであれば、それを受け入れることで、契約満了後の報酬を担保するという事だ。


 理に(かな)っている。適っているけれど。

 契約満了後の自由を報酬として、契約期間内の自由が束縛される。

 それってつまり、「奴隷契約」そのものじゃないか!


 俺たちは、先日の実習で一定の成果を挙げた。

 つまり、この世界で生きる、最低限の力を得たという事でもある。

 だからこそ、この国の王や魔術師長(れんちゅう)は俺たちに枷を()めることを考えた。

 そんなことは、この謁見の前からわかっていたことだ。だから、それを回避すべく事前に打ち合わせをし、回避出来ないのなら少しでも俺たちに有利な条件で契約することを取り決めていた。

 しかし。こちらが〝賭け金を上乗せ(レイズ)〟したと思った内容は、連中が事前に用意した契約内容と同じでしかなかった。そして、俺たちが聞かされていなかった〔契約魔法〕により、俺たちの行動が制限された。〔契約魔法〕の存在、その性質を知っていれば、対応することも出来たかもしれないのに!


 完敗だ。

 第一ラウンドは、完全な負けとしか言いようがない。

 俺たちは、〔亜空間倉庫〕をはじめとした魔法関係のカードの隠蔽(いんぺい)に成功しているはずだ。けど、連中は〔契約魔法〕というカードを隠蔽していた。

 いうなれば、俺たちは手札として既に〔飛車〕〔角行〕を持っていることを隠していたが、連中はこのボードが将棋盤かチェスボードかを隠していた、という事になる。将棋だと思って意気揚々と座に着いたら、そこにチェスボードがあった、という訳だ。この条件で、勝てるはずがない。


 だけど。まだ挽回の機会(チャンス)はある。

 実際に行動を始めたら、現実的な束縛は出来なくなるはず。そして、その結果が〔契約魔法〕の効果を超えたなら? 具体的には、俺たちが自分たちの手で、元の世界に戻る方法を見つけたら? 元の世界にまで、〔契約魔法〕は効力を及ぼすものなのか?

 或いは、俺たちが〝魔王(サタン)〟を討つ為の行動が、結果この国にとって不利益を(もたら)すことになったら。連中は、〔契約魔法〕が有効であれば、それをサポートしなければならなくなる。なんせ、契約内容は「〝魔王(サタン)〟を討つ」ことであって「この国に利益を齎す」ことではないのだから。なら、彼らは契約に則って、自分たちの国に不利益を齎す行動を支援し続けるか、それとも違約条項を()んででも、契約解除を申し出るか、どちらかを選ばなければならないという事になる。


 どちらにしても、俺たちはまだ何もかも知らな過ぎる。

 前者を選ぶのなら、魔法と、世界の(ことわり)を知る必要があるし、

 後者を選ぶのなら、この国のことを政治的・経済的・軍事的・地政学的・その他多方面から知る必要がある。


「キミたちの意思を確認出来たことだし、これからはより実践的な教練をしてもらうことになる。キミたちなら、〝魔王〟を(たお)せると信じている。けれど、今のままでは、その足元に辿(たど)り着くことも出来ないだろう。


 だから、多くを学び、様々な経験をして、そして一日でも早く目的を達成してほしい」


 その魔術師長の言葉は、言葉だけを聞いていれば激励に聞こえる。

 けど、今となっては。


 「自分たちに都合よく踊ってくれ」という、俺たちを見下した言葉にしか、聞こえなかった。

(2,834文字:2017/12/08初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/09 03:00掲載予定)

・ この世界に於いて、「奴隷契約」は雇用契約の一形態と判断されます。そして、〝奴隷〟とされる側にとって一方的に不利益な契約を、上手に締結させることが出来る契約魔法士が、「奴隷商人」と呼ばれるのです。なお、違約時に額に顕れる〝徴〟は、通常「脱走紋」と呼ばれます。文字通り、脱走奴隷の証であり、これを持つ者に対し、多くの国家に於いては人権が認められていません。そして〝違約紋〟(〝脱走紋〟)を消す方法は一つ。その〝違約紋〟の起因となった〔契約魔法〕の、契約当事者と、新たな契約(「契約解除、並びに違約条項履行の為の合意契約」など)を交わし、新たな〔契約魔法〕で違約条項を上書きすることです。

 また、〔契約魔法〕は「自分に対してかけるもの」ですから、魔法の使えない人が〔契約魔法〕に縛られることはありません。だから彼らは、飯塚翔くんたちが魔法を使えるようになるまで、〔契約〕の話を出来なかったんです。

・ サインしただけで契約が成立するのなら、その書類を破棄するだけで契約を解除出来ます。「(自分で)約して契る」のが〝契約〟。「(相手に)約させて契る」のではないのです。

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