第38話 エンドロールの、その後の
第07節 とあるひとつの恋物語〔4/4〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
その、若い庭師。間違いなく、エフライン。
顔は、多分悪くない。口元を引き締めて、真剣な眼差しをしていれば、それだけで世間知らずの令嬢なら落ちると思う。
その眼差しを女に向けず仕事に向けてあと10年も頑張れば、一流と目されることになるんじゃないだろうか。
だけど、無精髭を伸ばして、その瞳は酒精で濁り、表情は真剣さと対極にあり且つ自己を評価してもらえない不満をありありと浮かべ。
今のこの男に惚れる女は、多分いない。否、大盤振る舞いでお酒を奢ってもらえたら、一晩くらいは相手をしてもいいって女は、いるかもしれないけど。
控えめに言って、クズ。魔王国に謂う屑札とも意味が違う。「ゴミに紛れた砂金」じゃなく、「自ら貶めてゴミになったガラクタ」。渋谷や池袋にいるチンピラの方が、このゴミクズに比べたら、まだマシだと思う。否、どちらの世界でも、何処の町でも見つけられる。その辺の街角に、酒場に。依頼で出向いた商人の配下にも一定割合でいるだろうし、冒険者は底辺職と言われているけど、その中でも更にうだつの上がらない連中はやっぱりこんな態度で過ごしている。
そもそも庭師(見習い)として就職出来たという事は、この町に相応の縁故があったという事だ。にもかかわらずまだ女一人養える給料を貰えていないという事は、スイザリア王宮庭師時代は、「先代筆頭庭師の息子」という事で、評価にかなり下駄を履かせてもらっていたという事だろう。もしかしたら、この叱っている先任庭師が何らかの縁でエフラインと知り合い、「必要なら頼ってくれ」と安請け合いしたのかもしれない。
銀渓苑でも、縁故で従業員を採用することがある。けど現実には、昇進して地位が上がるほど、コネを使って身内を就職させたいと望む社員は減る傾向にある。何故なら、「紹介する」という事は、その〝コネ入社〟の社員の動向に、紹介者が連帯責任を負うという事だからだ。その意味が理解出来るようになれば、人格・能力おまけに何か起こった時の信用保証という意味まで含めて信頼出来る相手でない限り、気軽に紹介など出来るはずがない。
史郎兄さんはその〝コネ入社〟組だったけど、だからパートのおばちゃんと一緒に経理事務もさせられていたし、給料も実は最低賃金以下だった。「一人前と看做されたければ実績を出せ」と、一般従業員より余程厳しく扱われていたんだ。もっともその給料や待遇の事を知っている人はごく一握りだったから、「身内だから無能でも採用された」と陰口を叩かれる原因になっていたけれど。それさえ「コネ入社の宿業」として、その陰口を掣肘する動きはなかったけど。
閑話休題。
この先任庭師は安請け合いしてエフラインを自分の雇い主に紹介した結果、こんなクズだったとなると自分の恥になる。だから、誰に対するよりもクズを見抜けなかった自分に怒っているのかもしれない。
そのクズは、今も先任庭師に叱られているのに、その表情に浮かんでいるのは反省じゃなく、それを理不尽な叱責と断じて不貞腐れている。こんな男に引っかかる時点で、パトリシア姫の「人を見る目」の程度がわかる。オレたちも、こんなクズにはなりたくないと思わせる、反面教師的な男だった。
「どうする?」
飯塚に聞いてみた。
「取り敢えず、美奈の〔泡〕を付けるだけで放置して、このクズが巣に戻るのを待とう。
俺たちにとって重要なのは、パトr……〝リーサ〟であって、リーサにくっついているゴミクズじゃない。どうせ放置していても、リーサがいなくなれば、あとは野垂れ死ぬ未来しかないだろうしな。
連行しても、〝お兄様〟が新しい剣の試し斬りに供するくらいにしか使途はないだろうし。放置で良いだろう」
ちなみに〝リーサ〟とは、パトリシア姫がお忍びで使う身分証に記された偽名だ。
◇◆◇ ◆◇◆
どのみち時間は、もう午後3時を回っている。
夏場だから日は長いとはいえ、もうすぐ仕事も終わりだろう。
ここに留まって不審者と思われたら大変だ。特にこの屋敷の人間に、前夜当主の息子と褥を共にした娼婦が押し掛けてきた、なんて思われたら、面倒なことになるし。
空いた時間で冒険者ギルドに行き、オレたち全員の出向終了の手続きを取った。エラン先生のこともパトリシア姫のことも、どちらに転んでもこの先オレたちがこの町で、冒険者稼業をすることはないだろうから。
ギルドでの手続きが完了し、引き返してみたら。
いくら何でも早過ぎる。「もう帰れ」と言われたか、それどころか「もう来なくていい」と言われたのか、エフラインが出てきた。オレたちがいるところに向かって歩いて来ているけれど、オレたちが変に反応する方が不審。そのまますれ違う。
何やらぶつぶつ愚痴を言っている。聞き耳を立てたいとも思わないけれど、まぁろくなことを言ってないだろう。
そのままエフラインは、下町の貧民街寄り、オレたちが借りている家からそう離れていない場所にある集合住宅の一室に入っていった。
「おう、リーサ。帰ったぞ!」
〝リーサ〟。そう呼んだ。間違いない、見つけた!
踏み込むか? 目線で飯塚に問うが、飯塚は首を横に振る。だからもうしばらく様子を見ていると。
エフラインは、再びドアを開けた。
「ったく、こんな端金しか残っていないのかよ。明日は身体を売ってでもカネを用意して来い!」
そう叫んでドアを閉め、まだ明るい町の中へと消えていった。
それを見届け、オレたちはその部屋の前に。そして、松村が代表してそのドアをノックした。
「……どなたですか?」
「リーサさんですね? 貴女のお兄様の使いの者です。宜しかったらドアを開けてくださいませんか?」
すると、程なく。その部屋のドアは開いた。
中にいた女性は。
髪はおそらく綺麗な金髪のはずなのに、手入れが全くされていないことでむしろ燻んで汚らしく見えた。肌も指も荒れ放題。そして服も継ぎ接ぎだらけ、どころか補修も出来ておらず穴が開いて肌が見える箇所もある。
正直、もし彼女の肌が綺麗だったら「眼の毒」だと思ったり、松村に「見るな!」と叱られたりするであろうくらい、男の視線に晒してはいけない女のあれこれが見えてしまう。けど、見えている肌には何箇所か、痣や擦り傷もあり。今も口の端に血の跡が。そんな状況では、エロより哀れさの方が先に立ってしまう。
彼女の年齢は、オレたちより二つ三つ年下。なのに、そういった若々しさ、瑞々しさは一切なく。彼女とそう歳の変わらない、現役娼婦のベルダより、身窄らしい姿だった。
これが、スイザリア王女、パトリシア姫の現在。
これが、駆け落ちしたお転婆姫の、末路だった。
(2,675文字:2018/08/22初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/05 03:00掲載 2021/07/14誤用修正)
・ 入間史郎くんの、銀渓苑時代の待遇:週6日勤務・勤務時間朝8時~夜21時(実質6時~23時:但し昼休憩他中途休憩計3時間)・早出残業手当なし・休日出勤手当なし・有休なし・月給10万円固定(うち財形貯蓄3万円)。社保:健厚あり雇なし。衣(制服)食(従業員食堂)住(従業員宿舎)完備。定期昇給予定なし、退職金支給予定なし。業務内容:経理事務・清掃業務・在庫管理・その他仲居さんたちの下働き。
・ 銀渓苑では、縁故採用従業員が問題を起こした場合、その従業員の紹介者も連座で処分されます(紹介者は保証人受諾書に署名捺印且つ印鑑証明書添付が義務付けられる)。
・ 筆者の間近で起こった、縁故関係の例。
Aさん(某製薬会社縁故採用希望):採用担当者「建前上入社試験を受けてもらったんですけど、これだと点数に下駄を履かせるっていうより、下駄の上に埃を被せるようなもんですから。残念ながらご期待に沿えません」(不採用)
Bさん(某私大縁故入学後):学業成績に於いて各年度席次10位を下回ること無く、在学中は成績優秀者が対象となる学内奨学給付金(返済不要)を支給され、且つ卒業式に於いては席次4位で大学創立者の名を冠された賞が表彰された。
Aさんの紹介者は赤っ恥掻いたと嘆いたそうですが、Bさんの紹介者はその大学から感謝さえされたそうです。
・ 囚われの姫君を救い出した勇者と、勇者によって自らの運命を切り開く事が出来た姫君。英雄譚のテンプレですが。
もしかしたら、英雄譚のエンドロールのその後とは、こんなものかもしれません。




