第36話 尋問・3
第07節 とあるひとつの恋物語〔2/4〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
パトリシア姫に関する、有力な情報は手に入った。
思いがけずに、エラン先生とも再会した。
けど、それらに対する前に、あたしたちにとってはしなければならないことがある。出来ることがある。
それは、現在〔倉庫〕内に留置している、強盗団に対する尋問だ。
◇◆◇ ◆◇◆
ソニアを含めて、〔倉庫〕に入った。ベルダは仲間外れだけど、外界では時間が経過しない。多分その不自然さに気付かないだろう。
そして、時間凍結留置部屋から、強盗団8人を連れ出した。
「――ここは、どこだ?」
「知る必要はない。お前たちは、俺たちの質問にのみ答えれば良い」
気付いた強盗団の一人が口を開いたが、飯塚がそれを制した。
「まず、お前たちは何者だ? 何故俺たちの家に押し入った?」
「答えなければどうするっていうんだ? 拷問でもするのか?」
「そうだな。」
そう言って、飯塚は弩を持ち出した。
「お、おい!」
強盗団の一人が、慌てて止めに入るが、飯塚は躊躇せず銃爪を引いた!
「ぐわぁ!」
「美奈、〔再生魔法〕を。」
刺さった矢弾を力任せに抜いたうえで、美奈に治療をさせる。
そして、傷口がなくなったところで、改めてクロスボウを向けた。そこには、その強盗の血で染まったクォレルをセットして。
で、躊躇なく第二射。
「うぐぅ!」
「美奈、〔再生魔法〕を。」
淡々と、指示を出す。即死さえさせなければ、永遠に死にも等しい苦痛を与えられるのだ。さすがに、あたしや柏木には無理。
そして、第三射の構えを見せると。
「待ってくれ、話す、話すかr――ぐわぁ!」
飯塚は遠慮なく、銃爪を引く。そして。
「美奈、〔再生魔法〕を。」
また美奈に治療をさせる。
「おい、待てよ。そいつは話そうとしていたじゃないか。何で撃った?」
「何故撃たないと思った? というか、お前らは何で口を噤んでいる? 別にお前らが話しても構わないはずだろ?
俺は、問いかけた。お前らは、それに答える。
その答えがないから、俺は撃ち続ける。それだけだ」
そう言いながら、第四射。同じクォレルを使い続けると、当然血糊で濡れた鏃は刺さりが悪くなる。言い換えると、今までは刺さることで一点のみに威力が集中していたのに、刺さりづらくなるという事は、その周囲の組織を力任せに引き裂いて刺さることになる、という訳だ。当然、痛みは最初の比ではない。
それを証明するように、美奈の〔再生魔法〕で回復するまでに要する時間がだんだん長くなっている。第一射の治療は1分程度だったのに、第四射の治療は5分近くかかっている。それだけ大きく傷つき、それだけ大きな痛みに苛まれているという訳だ。
「フム、次に撃ったら痛みでショック死しそうだな。なら、次は別の奴を標的にするか」
「待ってくれ、わかったから。聞きたいことは何でも話すから。何でも聞いてくれ!」
飯塚のその言葉に狂気を感じたのか、遂に強盗団のメンバーの心が折れた。
ちなみに、あたしたちはそれを、普通に眺めていた。
飯塚の狂気が伝染した訳ではない。ただ、知っていたんだ。
飯塚なら、その程度の狂気を〝演ずる〟ことが出来るだろう、と。
生命を背負える決断が出来る飯塚なら、〝狂的な殺気〟をギリギリまで制御し、それを演出することも出来るだろう、と。
後になって、美奈に甘えるか、それともエリスと遊ぶことで癒されるのかは知らないけど、それを従える術を、飯塚は持っているのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
「それで、お前たちは何故俺たちの家に押し入った?」
「……金回りのいい女たちがいると聞いた。だから、俺たちの活動の軍資金を調達出来ると思ったんだ」
「お前たちだけ、か?」
「もう一人、娼婦を襲いに行っている」
どうやらベルダを襲ったのも、コイツらの仲間らしい。そして当然、その末路は知らない。
「活動の軍資金、か。で、その活動とは?」
「……教皇の、打倒。」
――あ、これはアカン奴だ。ミクロ的にはただのコソ泥だけど、マクロ的には飯塚とおそらく目的が一致する。だけど、その過程が問題だろう。何処の誰が、強盗団に正義を見る?
「教皇の打倒を考える、理由は?」
「神殿に喜捨すれば、如何なる罪も赦される。
刑罰でもなく、贖罪でもなく、犯罪者の反省でもなく。
ただ喜捨のみで、罪が赦されるんだ。
これはつまり、金持ちなら如何なる罪を犯しても良いってことになる。
犯罪者は、その罪深さを知ること無く、汚れた金であれその一部を喜捨すれば、それだけで罪が洗い流されたことになる。それは、間違っている。
罪には罰を。それこそが被害者の報復であり、加害者がその罪の重さを知り反省し、善なる道を歩む端緒になるはずだ。
悪を赦すのではなく、その悪の重さを思い知らせ、改心を促し善行を積ませ、以てそれを償いとすることこそが、本来神殿に求められた機能のはずだ。
だから俺たちは、神殿の正しき姿を取り戻す為に戦っているんだ!」
◇◆◇ ◆◇◆
「お前たちの言葉は正しい。
だが、お前たちの行いは、どうだ?
一体何処の誰が、強盗団の言葉に啓蒙される?
お前たちに金を奪われた者たちが、お前たちの活動が正しいと支援すると思うか?
罪を犯しながら、喜捨もせず償いもしないお前たちの、何処に正義がある?
どれだけ正しい理想を掲げても、その行いが悪なるものであれば、お前たちはただのテロリストだ。誰もお前たちを支持しない。
正しい理想を掲げ、正しい行いをする。
今のこの国では、それは難しいかもしれない。空論に過ぎないかもしれない。
だが、それをしなければ、民衆の支持はない。
少なくとも、民衆の目の届くところで悪を為せば、お前たちはただの〝悪の秘密結社〟だ。なら少なくとも、民衆の前では善行を成せよ。その上で、今の教皇の非道を糾せよ。
それが叶うのなら。俺たちは、お前たちの組織の活動を、支援することも出来るだろう」
「お前たちが、俺たちを支援する?
お前たちに、そんな力があるのか?」
「少なくとも、俺たちはスイザリアの某大貴族の後ろ盾を持つ。
もしお前たちがその活動を続ける為に、この国に居続ける事が出来なくなるというのなら、そしてスイザリアに亡命するというのなら、お前たちの理想を俺たちが担保してもいい」
ここに来て、あたしたちも理解した。飯塚の戦略を。
今の教皇の政策が間違っていることは、この町で一ヶ月強生活したあたしたちにはよくわかる。そして、それに異を唱える組織がいることが、ここで判明した。
なら、その組織を「真実の〝善神の使徒〟」と定義し、「実は教皇は、〝悪神の使徒〟どころか〝悪しき魔物の王〟の表の顔だったのだ」というストーリーを作り上げ、それを大陸中に流布し、一般市民がそれを受け入れれば。
あたしたちのゴールは、「教皇を討つこと」になる!
ただ、その為の正面戦力として、この強盗団の属する組織が分相応か。
それは、ちゃんと確認する必要があるだろう。
(2,759文字:2018/08/20初稿 2019/05/01投稿予約 2019/06/01 03:00掲載 2021/07/14誤字修正)
・ 現時点では、その組織が飯塚翔くんの戦略の中核を成すに相応しいかは不明です。ただ教皇と敵対している組織、と言うだけで、現状は教皇の足を引っ張れればそれで充分、くらいに思っています。




