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拝啓、姉上様~異世界でも、元気です~  作者: 藤原 高彬
第五章:婚約破棄は、よく考えてから行いましょう
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第35話 予期せぬ再会

第07節 とあるひとつの恋物語〔1/4〕

◇◆◇ 宏 ◆◇◆


 翌、769日目の朝。

 いつもの通りの朝食時の(パワー・)ミーティング(ブレックファスト)を終え、その際にかなり重要な情報を共有することも出来たけど、それでも今日は、誰も家から出ようとはしなかった。

 ベルダも、普段はこれから本格的に就寝するのだけど、今日に限っては起きていた。オレたちは全員、これから起こることを予感していたんだ。


 そしてその予感の通り。

 時間にして朝10時頃。オレたちの家に、来客があった。

 聖堂騎士が、3人。


「この家に、ベルダという娼婦がいるはずだ。どの女がベルダだ?」


 どことなく聞き覚えのある声の、聖堂騎士がそう言った。


「ベルダはあたしです」

「そうか、では三番街で殺された男に関する、お前は重要参考人だ。同行してもらう」


「拒絶したら、どうなりますか?」


 問うたのは、松村。


「その場合、逃走の危惧(おそれ)ありとして強硬手段を()る。お前たちがその娼婦を(かば)うというのであれば、お前たちも同罪だ」

「それは、貴方が更に〔契約〕に(そむ)くことを意味していますが、それでも構わないのですか? 〝エラン先生〟」


 !

 そうだ、この声。間違いなく聞き覚えがあった。

 非礼を承知で顔を上げて、その聖堂騎士の顔を見たら。

 そこには、首に〝誓約の首輪〟を着け、(ひたい)に〝違約紋〟を浮かび上がらせた、エラン先生の姿があった。


「お前たちは――」

「先生は、あたしたちのフォローをすることを〔契約〕によって義務付けられています。

 今までは(はぐ)れていた為、先生は〔契約〕に定められた任務を遂行出来なくなり、結果として〝違約紋〟が浮かび上がったのですよね。

 ですけど、期せずしてここであたしたちは先生と合流出来ました。なら、先生には〔契約〕に従い任務に復帰することを要求します。()すれば、その〝違約紋〟は消えるでしょう。


 選んでください。

 一生〝違約紋〟を付けたまま、この町以外には居場所がない暮らしを続けるか。それとも〔契約〕に定められた任務に復帰し、〝違約紋〟が無く何処にでも行ける身分になるか。

 お判りでしょう? その〝違約紋〟が無ければ、西大陸の騎士王国にも、先生の故郷の町にも、行けるんです。(いえ)、先生の故郷の町は既に滅んでいるそうですね。でも、先生の家族を含めたその町の住民が避難した先に作った町についての情報も、あたしたちは持っています。遠からず、その町にも行かなければならないと思っていました。


 選んでください。

 〝違約紋〟を生じさせてしまった先生は、今までは聖堂騎士としてしか生きる道はなかったのでしょう。けど、今日今この瞬間からは。それ以外の道も選べるんです。

 ……もしかしたら。『ビリィ塩湖地下迷宮』で、あたしたちを見捨てたことを、後ろめたく思っていらっしゃいますか? でもそんなことは気にする必要ありません。あたしたちも、そのことで先生を恨んだりはしませんから」


 松村が(たた)み掛ける。そう、この期に及んでは、エラン先生とオレたちの立場は逆転している。

 以前なら、エラン先生に一つ一つ教えてもらわなければ、何も出来なかった。エラン先生と一緒に東大陸に渡っていたら、エラン先生はオレたちを引率する保護者になり、オレたちはずっと先生に頭が上がらなかっただろう。

 けど、今は違う。既に地理も歴史も、関係各国の政治的立ち位置も利害対立も理解している。独力で生活する(すべ)を持ち、〝ア=エト〟の名でスイザリアの有力貴族二人の協力を得て、二人の旗幟(きし)を託されている。

 〝ア=エト〟の名で、既に〝魔王(サタン)〟との戦いが始まっている。ならオレたちは、エラン先生を、むしろ「従者」として迎え入れる事が出来るんだ。或いは、都合の良い戦力として。


 松村も、「恨んでいない」と言いながら、ちゃっかり「見捨てた」と言い切っている。エラン先生が、あの時あの瞬間に言った「恨んでくれても構わない」という言葉が本心からのものであれば、当然オレたちに対して罪悪感を抱いているということになる。松村の言葉は、そこに付け込む気満々、という事でもあるのだ。

 更に言えば、ここで先生が、〔契約〕が示す任務に復帰すると言えば、〝違約紋〟は消える。つまり、先生はオレたちに対して借りが出来るのだ。その借りは、(さかのぼ)って684日分の利子を十日に一割(トイチ)で付け、その生命を(もっ)て返済してもらうことになるだろうけれど。


「その話は、あとにしよう。今は、その娼婦の処遇だ」

「同じ話です。確かにその男を殺したのは、ベルダです。けど、それは強盗に襲われて、身を守った結果に過ぎません」

「どこの世界の娼婦が、強盗を返り討ちにするというのだ」

「ベルダはスイザリア王国モビレアシティでは、冒険者業をしていました。そしてこの町でも、ベルダは冒険者登録をしています。冒険者が、護身の為の武具を身に帯びることは、どこの国でも認められています。そして、身を守る為にその武具を振るうことは、正当な権利のはずです。

 ベルダ。冒険者(カード)を提示して。

 ……うん、有り難う。ご覧の通りです。

 その上で、兼業娼婦がその男を殺す理由があるというのであれば、まずそちらを示してください」


 実際。松村の論法が、この国で何処まで有効かはわからない。

 けれど、エラン先生がここにいることが、オレたちにとっては有利に働くんだ。


 その一方で。エラン先生の方こそが、オレたちに対して恨みを持っているのかもしれない。

 冒険者から成り上がり、王家直轄の騎士になれたのに、オレたちに関わった結果奴隷以下の〝違約紋〟持ち。騎士王国と同盟関係にあった教国だからこそ、移籍して聖堂騎士の立場を手に入れる事が出来たけど、それこそ松村が言ったように、〝違約紋〟を持っている限り、この町を出る事が出来ない。唯一それが許されるシチュエーションは、(かぶと)をかぶって戦場に出る時だけ。


「わかった。取り敢えず、ひとまずは引こう。だが、その娼婦はしばらくの間、〝仕事〟をすることは許さない。娼館ギルドに通達しておく。そして、お前たちもしばらくの間はこの町を出ることを禁じる。出頭命令があれば即座にそれに応じられるように、身の回りを整理しておけ」


◇◆◇ ◆◇◆


 エラン先生をはじめとする聖堂騎士たちが立ち去った後。

 オレたちは、むしろ遠からずこの町を離れなければならないと感じていた。


 そしてタイミングよく、複数の情報がオレたちのところに舞い込んでいたんだ。

 ひとつは、昨日松村たちが入手した、パトリシア姫の王族紋が削り取られたブローチ。


 もうひとつ。昨夜のベルダの客が口にしたという、言葉があった。

 その客は、上級神官(他の国の高位貴族に相当)の息子だったのだが、その客の屋敷の庭師の見習いが、まるで使い物にならないのだそうだ。見習いとして先任の庭師に連れられて来た時には、見込みがあるかもと言われていたが、日を追うごとに目に見えてやる気をなくしていき、最近では前夜に呑んだ酒の酔いが抜けないまま仕事をしようとして先任庭師に(しか)られているという状況なのだとか。


 間違いない、とは言えない。けど。

 現状では、かなり有力な情報だった。

(2,938文字:2018/08/20初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/30 03:00掲載予定)

・ エラン先生が、松村雫さんの提案に頷けば。騎士王国の魔術師長と国王(女王)の額の違約紋も消えます。もしエラン先生が、騎士王国に対する忠義を未だ捨てていないのなら、取るべき選択肢は一つしかないのですが。

・ この町では、〝違約紋〟の有無で差別することを禁じられていますけど。それは〔契約〕当事者間でその事実が無かったことになる、事を意味してはいません。

・ トイチの複利で計算すると、その利息で680日分だとおおもとの借金の金額の652.7倍に膨れ上がります。〝違約紋〟を消す、つまり社会復帰出来るようになった対価を金銭で換算したら、いくらになるでしょうか? その六百五十倍の金額になるのなら。死んだ方がマシかもしれませんね(笑)。なお、「684日分」というのは、五人の経過日数。エラン先生の側の経過日数は、それにおおよそ100日程度上乗せされるものと思われます。そして750日で計算すると、1,271.9倍。例えば1,000円の借金なら、それが127万円強になっているのです。筆者なら、踏み倒す方法を探します(笑)。

・ 冒険者が武器を所持すること。これは、どこの国でも合法です。けれど、刃傷沙汰、果てに殺傷沙汰に至った場合。ただの人斬りか正当防衛かの判断は、司法の裁定を待つ必要がありますでしょう。司法が機能していれば、の話ですが。そして司法が機能してたとしても、公平な取り調べや正当な裁判になるかどうかは、その国次第です。

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