第34話 三つの事件
第06節 善なる神の聖なる地〔4/4〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
ビンゴ、だったんだよ?
この町で暮らし始めて37日目、この世界に来てからは768日目。
この日に、既に顔馴染みとなった装飾品店で購入した、カメオのブローチ。
とても品が良く、高位貴族の令嬢がその胸元に飾っても遜色ない意匠の、ブローチ。それは、美奈たちがモビレア領主夫人からもらったブローチを連想するものだったの。店主に対する嫌味にならないように裏を見てみたら、鑢か何かで削ったような跡が。その分〝瑕疵品〟扱いされ、かなりお買い得な値段で売り出されていたの。
当然それを買い求め、そして家に帰ってからその削られたところに紙を当て、所謂『擦り出し』を試してみたところ、そこにはパトリシア王女個人の王族紋が浮かび上がってきたの。間違いない、このブローチを売り出したのは、パトリシア姫。そして、王族紋が裏に刻まれているブローチを売り払ったという事は、もう他に売るものがなくなったということ。
売値から卸値を想像すると、普通の住民が10日は生活出来る程度の金額になるんだよ。同居人が呑んだくれていることを想定すると、あと5日、と言ったところ?
だから多分、ぎりぎり間に合った、と言えるのかもしれない。勿論、装飾店の店主が協力してくれたらの話だけど。
ところで、美奈たちが住んでいる家。
家人が全員外出するのは、基本的に午後。だけど、午後は不規則に家人が帰宅するから、確実に留守にしているとは言い難いの。
美奈たちやショウくんたちは、夕方一旦帰宅するけど、その後〔倉庫〕に入って就寝する。そして改めて夜の町に繰り出すの。夜の街でなければ得られない情報もあるから。
或いは、気付かれないように町を出て、食用獣を狩ったりして食料品を補給したり(或いはこれは、翌日に請ける依頼で納品する素材にもなるけど)。
夜10時頃に一旦帰って、午前3時頃までは家のそれぞれの部屋にいる。これはベルダが戻って来た時のアリバイ作り。その後は朝まで仮眠する。
そんな、夜の時間帯。夜の狩りを終えてベルダの帰宅待ちでお風呂を沸かしている時。
家の周囲に配置している〔泡〕が反応したの。
「あれ? 誰か来た」
「こんな時間の来客。まともな人とは思えないな」
明り取りの窓(ガラスなどはない)を閉じていて、また室内の明かりも最小限だから、外からは家人が起きているか寝ているかは判断が付かないはず。寝ている前提で訪問するというのなら、それはつまり「押し込み強盗」ということなんだよ。
「ソニア。箒の穂先は刃のないものを。
柏木は1.0kgヘッド。
俺は戦闘投網、武田は微塵。怪我をさせても構わない。
美奈はエリスと一緒に下がっていて。
松村さんは、薙刀でも鏢でも、好きな方を」
「わかった。なら鏢を使おう」
「賊は殺さず、縛する。犯罪組織の人間だとしても、情報を対価に開放してもいい。口を割らないのなら、〔倉庫〕の凍結留置部屋に放りこんで、モビレアの森の中にでも捨ててこよう」
「ショウくん、犯罪者を野放しにして良いの?」
「俺たちは、この国の治安に責任はない。だから俺たちに有益な情報を提供してくれるのなら、犯罪者でも歓迎だし、そうでないのなら聖堂騎士でもお断りすることになる。
この国では、犯罪者であっても聖堂に行って懺悔して喜捨すれば、その罪は洗い流されるみたいだから。なら解放しても大差ない。
有益な情報を提供しない場合にこの町で解放しないのは、単に俺たちにとって未来の障害たり得る相手を野放しにしたくないというだけのことだ」
ショウくんも、この町の在り方に対して不愉快に思っていることがよくわかるんだよ。
事情によってはだけど、犯罪組織の方に肩入れしたがっているみたい。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、襲撃。
だけど、準備万端整えて迎え討つ美奈たちと、寝入っている平民の家に押し入ろうとしていると思っている強盗さんたちとでは、はっきり言って勝負にならないんだよ?
それどころか、準備万端整えていたのに、〔光球〕で目を眩ませ、その上でショウくんのレーテ+〔帯電〕の併せ技で、おしまい。ちょっと哀しくなったかな?
襲撃者さんたちは縛ったうえで、取り敢えず凍結留置部屋行き。尋問は、明日に回すんだよ?
けど、そんなバタバタした夜を過ごし、時計の針は夜半を過ぎた頃。ベルダが帰ってきたの。最近のベルダは売れっ子で、通常のお客なら夜11時頃には帰ってくるし、一晩中の客なら朝までというのが普通だから、こんな時間に戻ってくる、つまりは客を取れなかったというのは珍しい。
「おかえり、ベルダ。今日はお客が取れなかったの?」
「否、ちゃんと仕事はしたよ。だけど――」
「お仕事したんなら、まずはお風呂に入って? 話があるのなら、その後聞くから」
「風呂には入るよ。だけど、今すぐ皆に話しておかなきゃならないことがあるの」
……何があったんだろう?
「仕事帰り、妙な男に襲われたの。仕事帰りだから、カネを持っていると思われたんだろうね。実際今日の客は上客で、払いも良かったから。
だけど、あたしは襲ってきた男を返り討ちにしちゃったんだ」
「つまり、殺しちゃった、ってこと?」
「うん。いくらなんでも町中での殺しは拙い。そしてあの地区で仕事をしていた街娼があたしだってことは、ギルドに手を入れればすぐにわかる。
早ければ明日にも、聖堂騎士がこの家に来る。だから、皆に迷惑を掛けないように、今夜中にこの家を出るよ」
……まったく。ベルダは密偵でしょう? つまり、美奈たちの立場に配慮しなきゃいけない人じゃないでしょうに。いつの間にか、ベルダも美奈たちの仲間になっていたんだね。
「否、家を出る必要はない。ベルダは取り敢えず風呂に入り、身体を清めて来い。
美奈、明日の朝はのんびりしている余裕がないかもしれないから、ベルダが風呂から出たら〔再生魔法〕と〔病理魔法〕をかけてやれ。
ベルダは美奈に魔法をかけてもらったら、自分の部屋に戻ってぐっすり寝ろ。明日の話は明日のことだ。けど、寝不足じゃ何も出来ない」
と、ショウくん。柏木くんと武田くん、おシズさんとソニアも、ショウくんの言葉に頷いている。
「皆……。ごめんなさい」
「いいから早く、風呂に入れ。男の匂いを纏ったままここにいられると、迷惑だ」
おシズさんの、突き放すような言葉。でもこれが、優しさの裏返しだということに気付かないほど、ベルダも美奈たちと浅い付き合いをしている訳じゃないんだよ?
多分、明日は忙しくなる。多くのことが動き始める。
だから。
今日は、ゆっくり寝るのが良いんだよ?
(2,830文字:2018/08/20初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/28 03:00掲載予定)
・ 「擦り出し」は、表面に紙を当て、鉛筆などで擦ってみると、その凹凸に合わせて形が浮かび上がってくるという、それのことです。




