第33話 聖都の日常
第06節 善なる神の聖なる地〔3/4〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
髙月さんがこの町での拠点として、一軒家を借りることを提案した時。
ボクは、それが無駄でしかないと思っていました。
けれど、実際にこの町に住み始めて。
ボクらにとってはそれが最善であることがわかりました。
まず、立地。
一軒家は、集合住宅や宿と違って町外れにあります。
聖堂とその正面が山の手と捉えるのなら、聖堂周囲が所謂貴族街。そこから離れるほど店の格が落ち、下町、貧民街となっていきます。
ちなみに各ギルドはベッドタウン寄りの山の手にあります。なお魔術師ギルドというのも実はあるのだそうで、けれどこれは全て神殿の中。この町では、聖堂の一部門がそれなのだそうです。
そして、貸家街はベッドタウンのスラム寄りの場所にあります。その為周囲の治安はあまり良いとは言えませんが、一方でプライバシーは守られており、また夜間でも一定の人出はある模様(その外出理由は様々でしょうけれど)。
また、アザリアは宗教国家です。そして宗教行事は、大体集団で行うものです。
だからアパートではなく一軒家に住むというのは、言うなれば「団体行動が出来ない」逸れ者だということ。その評価が正しいかどうかは別として、だからこの貸家街の住民は、変わり者が多いようです。
そもそも一軒家を借りる資金があれば、アパートならベッドタウンの山の手寄りの場所を借りれるのです。にもかかわらず敢えてスラム寄りの一軒家を借りる。同じ水準なら、アパートの方が一軒家より一室(一軒)当たりの家賃は安いのです。ボクらのような大人数だからというのならともかく、少人数で一軒家を借りるというのは「事情がある」と大声で吹聴しているようなものです。
実際、ボクらと前後してこの貸家街に契約した家族が、二組ありました。うち一組は、同じ巡礼馬車に乗っていた親子連れ。正直、怪しさ満点です。
それから、生活パターンから考えても、一軒家を借りたことはファインプレーでした。
宗教国家という事は、一日の行動の中にしなければならない風習も、少なくありません。そしてここの神様の教えは「生活の中にこそ」あるという物らしく、日中より朝晩の〝お勤め〟に大きな比重が置かれています。
当然、宿やアパートに泊まっていたら、それらを行うことを求められたでしょう。否、それが出来ないというのではなく、信じてもいない神の、信じてもいない宗教の、その勤行を毎日朝晩しなければならないのは、苦行以外の何物でもありません。けれど、一軒家ならそれを省略しても誰にも咎められないのです。
ちなみに、日中行う作法は、そんなに多くはありません。精々正午の礼拝くらい。あとは、聖堂騎士や高僧を前にしたときには額を地面に付けていなければならない、などといった程度です。
ボクらの生活は、基本的には朝ボクと飯塚くんが冒険者ギルドに〝出勤〟し、依頼の内容によっては柏木くんたちの協力を求めます。
松村さんたちはクエストがない日はショッピング。敢えて毎日買い物をするという訳ではなく、ウィンドウショッピングで終わる日もありますが、「買い物」という名の情報収集が彼女らの仕事なのです。
ベルダの仕事は日が傾いてから。午後になったら、ベルダはまず娼館主ギルドに顔を出し、その日の上納金を支払い、〝仕事〟をする場所の情報を確認します。次いで〝仕事〟で使う宿に行き部屋代を支払い、それから客を取りに行くのです。状況によってはギルドで予約の客がある旨伝えられ、その客が指定する宿に向かうこともありますが。なお、予約が取れる街娼は少ない模様。
〝仕事〟が終わるのは、早くても深夜近く、朝帰りになることもしばしば。ちなみに午前様になる時の多くは客が取れなかった日。また逆に、予約があれば日中に〝仕事〟をすることも。そして、いつベルダが帰って来ても構わないように、家では風呂を沸かしてありますので、戻ってきたらその足で風呂に入る事がルールになっています。病気の予防、という意味もありますが、やっぱり男の匂いを纏わせていること自体が不快、というのが本音ですけど。
そして翌朝。ベルダは髙月さんに、〔再生魔法〕と〔病理魔法〕を掛けてもらいます。〔再生魔法〕は体力回復の他、乱暴な〝行為〟で傷付いたり痣になったりした場所の治療の為。〔病理魔法〕は髙月さんの知識の及ぶ限りの病気対策。その「知識」がこの〔魔法〕に関してどの程度有効かは不明ですけど、気休めよりはマシでしょう。
全員の生活リズムが違う為、全員が揃うのはこの朝の時間だけ。だから、朝食中にミーティングするのがここでの毎日となったのです。
ちなみに、毎日ちゃんと風呂に入り、更に〔治療魔法〕を掛けてもらえる娼婦など、この町どころかこの世界に何人いるか。当然肌の張りや潤いも顔色も、下級娼婦とは比べ物にならず、最高級娼婦と競えるレベルのものになっているでしょう(テクニックは知りませんけど)。つまり、客にとっては「下級娼婦の値段で、高級娼婦を抱ける」訳です。街娼としては、ベルダはあっという間にナンバーワン。おかげで、スラム街で仕事をするような底辺工員から聖堂騎士まで、幅広く予約が入り、結果ボクらの中で一番の情報通になっています。
◇◆◇ ◆◇◆
でも。
「高級娼婦並みの客層を持ちながら娼館に属さず街娼をしている」ベルダや、「毎日宝石や装飾品を買い歩いている女商人たち」である松村さんたちが住んでいる、と言うだけで、この家はかなりの財貨を貯め置いている、と一部からは見られているようです。髙月さんから、この家を窺う目があるという報告もありましたし、家人が全員留守にする午後には侵入者があった痕跡も見受けられました。
実際、松村さんたちが現在のペースで散財をしていても、そしてボクらが冒険者業の収入が無かったとしても、半年かそこらは生活出来るだけの資金を必要経費としてアマデオ殿下から預かっています。ボクらがこの町にいるのはパトリシア姫を捜索・捕獲するのが目的なのですから、日々の生活に汲々としていては本末転倒です。その為に用意された資金ですから、生活費として使っても何ら問題はありません。けれど生活費は出来る限りボクらの冒険者業の収入で賄いたいというのが本音です。
一方でベルダの娼婦業の収入で生活するのだけは絶対に嫌。女が身体を売った金で生活するなんて、それこそヒモです。それくらいなら貯金を崩します。けど、クエストのついでに町の外で野獣を狩ったり、山菜を摘んだりもしているので、結構生活費は少なく済んでいます。巡礼馬車に乗っていた時の追い込み猟で捕獲した羊も〔倉庫〕の畜舎にいますので、贅沢しなければ充分でしょう。だから、預かった経費は松村さんたちの装飾品の購入資金にしか使わないのです。
そんなある日、ボクらの家は強盗団(?)の襲撃を受けることになったのです。
(2,962文字:2018/08/20初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/26 03:00掲載予定)
・ 集合住宅は、炊事場(水場と竈)は共用。薪は自分で調達しなければなりませんけれど、朝晩には薪売りが炊事場を巡回します。そしてだから、炊事場は朝晩のお勤めの場所にもなっています。
・ 「つわり」は、胎児を異物と看做した母体が、それを排出しようとする反応だという説がありますが、だとしたら「状態異常・妊娠」は〔病理魔法〕で避けられるかも? その辺りは試してみなければわかりませんけれど。




