第30話 巡礼馬車2 ~密偵馬車?~
第05節 巡礼の旅?〔6/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
美奈たちがこの巡礼馬車に乗るにあたって、冒険者であることは馭者さんに事前に伝えてあったの。
そうすることで、値引きを受けられるのも事実だけど、それだけじゃない。メリットとして見える位置に武器を持っていても咎められないこと。本来武器になりそうなものは荷物置き場に封印して置いておかなければいけないんだけど、冒険者は手元に持っていても良いの。勿論管理責任は問われるけど。
一方、襲撃があった時の防衛時には、率先して戦わなきゃならない義務も課せられる。馭者さんも相応に戦える人みたいだけど、「その時」にどこまで戦うかは状況によるみたい。
そして、「今日出発する巡礼馬車には、冒険者が乗り込んでいる」。このことは、裏のルートでこの辺りで活動する盗賊たちには伝わるみたい。何台目の馬車に、どの程度の実力の冒険者が、何人乗っているか。そこまで伝わっているかどうかは不明だけど。でも、「乗っている」という事実だけで、抑止力になるのは間違いないみたい。
あとは、野営時の食材調達。と言っても、移動優先だから、「ちょっと一狩りしてくるから馬車を止めて待っていて」という訳にはいかない。結果、野営の為に馬車を停めてから、他の人が野営地の設営を終わらせるまでの、ほんの一時間くらいが狩りに充てられる時間。ケモノの狩りどころか山菜摘みにも普通なら時間が足りないんだよ。
だから。馬車が走っているうちに、〔泡〕で獲物を捕捉したら、〝弾けたら違和感がある〟くらいの強度の〔泡〕で、その獲物を誘導する。目の前で〔泡〕が弾けたら、野生動物なら警戒して針路を変更するでしょ? そうして野営地の近くまで連れて来て、あとはショウくんの弩乃至は戦闘投網、武田くんの投擲紐乃至は微塵、或いはソニアの苦無に任せるの。
ちなみに、おシズさんの大弓は、今回出番なし。さすがにあんな大物を出したら人目に付くから。そしてベルダも食材調達には関わらないで良い、って言っておいた。これは仲間外れにする、という意味じゃなく、ベルダに戦闘力があるって事を知られたくないから。
なお、食材は基本その場で捌ける小型獣中心。大型獣は捌く時間がないから(といいながら、〔倉庫〕に確保した大型の獲物も幾つか)。
ところで。身も蓋もなく暴露するけど、家族連れの三人は。正確にはその奥方は、モビレア公の密偵だよ。
男性と子供は、親子で間違いないみたい。だけど奥さんは、モビレア公の指示を受けた正規の密偵。どうやら、「父子二人」より「親子三人」の方が違和感がないから、という理由で取引を持ち掛けられ、親子を偽装しているみたい。リアーノの駅で美奈たちが並んだ直後に列に入ったの。多分、美奈たちが想像以上に早くリアーノまで来ちゃったから、泥縄式にこの父子を選ぶことになったみたい。結構ぎくしゃくしている。
けど、息子さんはうちのエリスと仲良くなった。エリスは、……小さな子の二年って、見違えるほど変わって行くものだと思うけど、エリスの場合、初めて会った二年前と、外見上はたいして変わっていない。だからまだ、三歳程度に見える。けど、六歳くらいの息子さん相手に、お姉さん風を吹かせて色々面倒を見ている。外見年齢三歳の幼女が、六歳くらいのやんちゃ盛りの男の子の面倒を見るのは、ある意味微笑ましく、また美奈たちにとっては、外見の変化は小さくても、エリスもちゃんと成長していることがわかって嬉しかった。
とはいえ、「旦那さん」の人にも、実は違和感があるの。何というか、「違和感がない」という違和感がある、というべきか。
以前、モビレア領主城の侍女さんたちを〔泡〕で観察した時、一流の侍女さんたちはその動きに隙が無かった。けど、それ以外の人たちは、相応に無駄な動きがあった。そして、その一流の侍女さんたちも、休憩時間のような限定された時間の中では、〝無駄な動き〟をむしろ楽しんでいた。
けど、この「旦那さん」は、一見すると無駄だらけ・隙だらけの動きをしているけど。「前の奥さんに逃げられた不甲斐ない旦那さん」の役割を、無駄なく隙なく熟しているようにも見える。その無駄だらけ・隙だらけの動きさえ、〝観客〟の目線を意識して計算した無駄と隙、に見えるんだよ。もしそうなら、「奥さん」の方がよっぽど演技が下手、ってことになる。
あり得る可能性としては、この「旦那さん」もまた、モビレア公とは別筋の密偵。その主人が、美奈たちの味方か敵かはわからないけど。
他の人たちは、普通の巡礼みたい。というか、密偵だらけの乗合馬車って、想像するだけで嫌になりそうだけど。
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
馬車は、何事もなく進んで行きます。
実際は「何事もない」訳じゃありませんけど。例えば食事。髙月さんが〔泡〕を使った『追い込み猟』をしてくれるから、毎食新鮮な肉料理を提供出来ていますけど、それが無ければ皆さんかなり悲惨な状況になったでしょうし。
もっとも、髙月さんが〔泡〕で〝追い込み〟を掛ける相手は、小型動物に限りませんけど。一度はヒツジの群れを誘導してきて、どうしようかと思いましたし、盗賊だか密偵だか知りませんけど、隠れている人を追い払ったりしていたようですけど。うん、戦闘力が無いはずの髙月さんが、一番働いています(笑)。
一年前、水害でボクらが緊急出動を強いられた地域の近くも通りました。馬車は町に立ち寄る予定はありませんから、その地域の近くを通り過ぎただけですが、一年前の濁流はもう痕跡程度にしか残っていません。
そして、国境の関。
「割符を確認させてもらう」
「はい、この通りです」
「フム。……宜しい、問題ない」
税関職員は割符の確認のみをし、持ち物検査も聴聞もなく、あっさり通過を許してくれました。うん、これが巡礼馬車の良い点です。ふと見れば、出国審査は長い列。人数が多いというよりも、一人当たりにかかる時間が長いようです。
と、ボクらが乗った馬車の、前に出発した馬車に追いついてしまいました。前の馬車は通関で何やらトラブルがあった模様。
「何があったんですか?」
「乗客の中に、割符を紛失した奴がいたらしくってな。リアーノから乗車していたのかそれとも越境審査を免れる為に紛れ込んだのか、その確認でごたついたらしい」
「でも、そんなの他の乗客に聞けば――」
「誰が関係ない相手の為に証言するっていうんだ? まぁなんにしても、割符を失くした奴をそれ以上馬車に乗せ続ける訳にもいかないからな。関でその客を降ろさざるを得なかったんだが、本人がごねて、出発が遅れたらしい」
なお、この件には後日譚が。
聖都に着いてから判明したけど、紛失した割符は、荷物の隙間に挟まっていたのだそうです。もう少し時間をかけて探していれば、見つかったかもしれませんけど、そこまで含めて紛失した人が悪いんです。
ご愁傷さまでした。
(2,923文字:2018/08/12初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/20 03:00掲載予定)




