第19話 交渉
第04節 契約〔2/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
松村さんの問いかけに、魔術師長は回答しました。
「答えよう。
一つ目の質問には、既に答えている。キミたち異世界人は、魔力との親和性が高い。キミたちなら〝魔王〟を討伐することも出来ると確信している。
二つ目の質問の答えは、大陸を隔てる大洋に原因がある。船旅で三月。この距離を支える物資を用意するだけでも至難だ。加えて船を沈められたら、一軍が消える。
なら、少人数で東の大陸に渡り、そこで拠点を築き、そこから攻め上がる方が効率的という事が出来る。
三つ目の質問の答えは、我が国には〝魔王〟と〝縁〟がある。奇縁・悪縁と言うべき類の縁だがね。
かつて〝魔王〟は、戯れに我が国を攻め、城を焼き、軍を掃った。精霊神の御加護が篤き陛下を弑し奉らんとしたが故の所業だった。
しかし〝魔王〟は、城を焼くことは出来ても陛下を害することは出来なかった。それゆえ〝魔王〟は己が城に引き籠ったのだ。
一方陛下も、その御加護は守る為のモノであり、たとえ相手が神敵と雖も他者を害する為のモノではない。その為、心苦しくも他者の力を借りずには、事を運べなかったのだ。
二つ目の質問の答えにも重なるが、東の大陸には、善神の大聖堂もある。そちらの教皇猊下とも連絡を密にしており、協力を得られることになっている。
だが、大聖堂を持つ国、アザリア教国は、〝魔王〟の国と国境を接している訳ではない。教国が軍を動かせば、間に挟まれた国の無辜の民が犠牲になる。
だからこそ、キミたちに頼むのだ」
一応、筋は通っています。けれど、魔術師長が敢えて触れていない部分もありますね。
それは、城を焼き軍を掃うほどの力を持つ〝魔王〟を、ボクらが斃せるというのなら。
そのボクらが、その力をこの国に向けて振るう可能性を、どう認識しているのか、という事です。
当然彼らは、ボクたちに対して何らかの形で枷を嵌めようとするに違いありません。
松村さんが、それを上手く回避出来ればいいのだけれど。
「わかりました。ではあたしたちは、この国で、そして東の大陸に向かった後、公的にどのような立場になるのでしょうか?」
「この国では、特命冒険者としての立場を与える。銀札相当だが、ギルドに所属する訳ではないから、ギルドカードは交付されない。ただ各地の役所や軍・騎士団の詰め所には便宜を図ってもらえるように、陛下の勅令状をキミたちに渡そう。
キミたちがこの国にいる間は、その生活資金及び装備等に関しては、全て国が責任を持つ。
東の大陸に着いたら。公的には我が国の密命使節という事になる。アザリア教国の教皇宛に陛下が認めた密書を持参してもらう。但し、その身分はアザリア教国に於いてのみ通用し、その他の国には公表してもらっては困る。その為表向きは、フリーの冒険者として振る舞ってもらう。適当な都市のギルドで登録してもらうことになるだろう。
東大陸に於いては、陛下の密書を教皇に渡したのち、神殿に便宜を図ってもらうことになろう」
必要経費は、全額先方の負担。そしてこの大陸でも、東大陸に渡った後も、国家によるサポートを期待出来るのなら。待遇としては悪くありません。
「もし、力及ばず、依頼の達成が不可能だという事になったら、どうなるのでしょうか?」
「最終的な結論を出すのは、教皇猊下という事になるだろう。しかし、キミたちの所属は我が国となる。教皇猊下がキミたちに対して、『死ぬまで戦え』と命ずることは、我が陛下が許さない。その場合のキミたちの生命と身分は、陛下が保証してくださる。
そして万一任務不達成となり、此度の契約が不履行となる時は、改めて別の契約を交わすことになるだろう。それも、キミたちの〝立場〟に配慮した内容とすると約束しよう」
失敗時の生命と〝立場〟の保証。つまり、テロリストのように使い捨てにするつもりはない、という事ですね。
「では、首尾よく依頼を果たせたら。
あたしたちは、どうなるのでしょうか?」
「まず、キミたち全員に、爵位と領地が下賜される。当然、未開拓領地ではなく、一定以上の税収が保証される王家直轄領である土地だ。
その上で、献納免除の特権と、出兵拒否の特権が与えられる。
『献納免除の特権』は、本来領有貴族は、年貢の内一定の割合を王家に献じることが義務付けられているのだが、それが免除になる、という事だ。
また、『出兵拒否の特権』は、国が戦争に巻き込まれた時、領軍を王国軍の一翼として派兵することが求められるが、それを拒否出来る、という事だ。但し、国を揺るがす大戦の時は、陛下の勅令でその特権を凍結される場合もあるが、それは許してほしい」
献納免除に出兵拒否。それは、この国の中に独立国を造るに等しい。「神の敵」を斃した英雄に対してだとしても、それはあまりにも大盤振る舞い過ぎるような気もしますが。
「随分、過分な報奨に思えますが」
「不審に思うのも無理はない。これらの報奨は、全て期限が切られる」
「期限?」
「そう。もう一つの報奨。それが実現すると同時に、これらの報奨は停止される」
どういうことでしょう? つまり、もう一つの報奨とやらが本命で、けれど、その報奨を用意するのに時間がかかるから、それまでの期間の繋ぎでしかない、と?
「その、〝もう一つの報奨〟とは?」
「そう、本命とも言える報奨だ。
それは、キミたち全員の、元の世界への帰還」
! 還れる、のですか? 本当に?
「すぐに、とは約束出来ない。必ず、とも約束出来ない。
しかし、全力を以てその手段を見つけ出すと、陛下の名の下に〝誓約〟する。
そして、帰還の目途が立ったのなら。この国にある、キミたちが自分の世界に持って行きたいと思う全ての物を、持ち出すことを認めよう」
ここで言う、「王の名の下に」という言葉は重い。それは、国の威信が懸かるからです。けど、終わった後で、口約束を反故にされたら?
「では、今お話しくださった内容を、書面に認めていただけますか?」
「勿論、最初からそのつもりだ」
すると、同席していた一人の書記官が、書面を取り出しました。
「キミたちはまだ、この国の文字は読めなかったね。
では改めて、彼にここに書かれている内容を読み上げてもらおう」
そしてその書記官が、書面の内容を読み上げました。
魔術師長の言葉とは言い回しが違います。細密で、誤解が生じない内容になっていました。
つまり、今魔術師長が言った内容を暗記して、繰り返しただけという訳じゃなく。ちゃんとそこにそう書かれている、という事です。
「では、納得してくれたら、キミたち全員の署名を入れなさい。
それに私と陛下が署名をしたら、正式な契約として発効する」
ボクら全員が署名し、魔術師長と王様も署名した、
その、次の瞬間。
ボクらの首に、金色の首輪が顕れたのでした。
(2,974文字:2017/12/08初稿 2018/03/31投稿予約 2018/05/07 03:00掲載予定)
・ 契約書への署名は、〔契約魔法〕の手続きの一環ですので、あくまで契約当事者が「自分の名を書く」ことに意味があります。何語で書いたか、フルネームか偽名か愛称か、などは契約の効力に影響を及ぼすモノではありません。