第27話 冒険者の「普通」は難しい
第05節 巡礼の旅?〔3/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
今回の依頼は、いつもと違う。
まずひとつは、ベルダが同行する。
これにより、夜通し馬を走らせることは出来なくなった。そんなことをすればベルダが潰れてしまうから。ならベルダの同行を認めなければいい。彼女はオレたちの仲間、という訳ではないんだから。
だけどこれに関し、他ならぬ髙月が反対した。髙月にとってベルダは間違いなくウマが合わないタイプのはずなのに、同行させるように訴えたんだ。「特に今回は、貧民街やドヤ街みたいなところで聞き込みをしなきゃならないでしょ? なら娼婦の経験を持つベルダは、色々ノウハウを持っているんだよ?」と言って擁護さえしてのけた。
まぁ日中は騎乗して速足で、しかも三時間ごとに馬を乗り換えれば、夜はちゃんと野営をしてもかなりのハイペースになるだろう。
次いで、オレたちの立場。
王太子殿下やアマデオ殿下の子飼いの冒険者が動いた、と公にする訳にはいかないから、〝ア=エト〟はカラン王国方面に出張していることになる。だから当然、アマデオ殿下の旗幟は使えず、スイザリア王室関系の冒険者の協力も仰げない。そして野営施設〝機動要塞〟も、目立つ形では使えない。スイザリア国内で、且つ森の中のような人目を避けられる場所であれば問題ないだろうけど。
それどころか、可能なら巡礼者に紛れ込みたいから、途中から乗合馬車を利用するつもりだ。
また冒険者としても、金札が出向、となると人目を惹くから、モビレアのマスター・マティアスに頼み込んで銅札のギルドカードを仮発行してもらうことにした。
オレたちの黒髪・暗色系の虹彩というのも、悪目立ちする。
焦茶の瞳はいない訳ではないけれど、黒髪はいない。けど鬘で隠すにしても、それなりに伸びた松村と髙月の髪を全部仕舞い込めるウイッグとなると、かなりの髪の量になる。巡礼などという、なけなしの財産をはたいて行う一般庶民で、髪を伸ばす余裕がある人はいない。
「あたしたちの髪なら切っても構わないが」と松村は言ったが、男子全員でそれを却下。また伸ばすのにどれだけの時間がかかると思っているんだ!
結果、染めた上で小さく編み込むことで、髪の量を少なく見せる。この辺りは髙月の手腕の見せ所。但し、染粉の質はあまり良くないので、髪が痛んでしまうことだけが心配。毎日〔倉庫〕の風呂で丁寧に手入れをして、被害は最小限に抑えるように心掛ける。
ソニアも、いつものメイド服は禁止。何処にでもいる普通の女冒険者の装いで、俺たちと同行することになる。
そうして準備を整えた、第712日目。
俺たちは、ウィルマーから出立したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「なんか、訳わからないんだけど」
「どうした?」
今回の旅を始めて三日目(第714日目)、ベルダが遂に我慢出来ないとばかりに漏らした(シモの話じゃないが)。
「何で走り続けた馬が、僅かな休憩で全回復してるのよ? ってか、この馬、さっきの馬と違うでしょ? アンタの馬、さっきのは栗毛だったのに今は鹿毛? 誤魔化すつもりならもっと考えてすり替えてよ!
それから食事! 野営施設はもう諦めたよ。『ドレッドノート』じゃなく『コンテナハウス』だからって、目立たないと思うなよ? だけどそれもまぁいいよ。けどね。火を焚く前に熱々の鍋が出てくるのは、一体何なのよ? 何で赤々と燃えている炭が入ったコンロごと出てくるの? おかし過ぎるでしょ?」
「そうか? リュースデイルの戦いでも使っていた奴だから、普通だろ?」
「普通の冒険者は使わない、って言ってんの! アンタら本当に、普通の冒険者に紛れる気があるの?」
そういえばオレたちは、西大陸でエラン先生の監督下で冒険の演習をしていた頃。
魔法や〔亜空間収納〕の性能が悟られないように、必死でそれらを隠していた。
けど、最近はある意味開き直り、使える物はバンバン使っている。核心部分を悟られないように、またオレたち自身とその特異な能力を支配的に利用されないように立ち回ってはいるけど、「普通じゃない」ということに関しては、むしろそれこそがオレたちの生命線になっていた。
だが、「普通の冒険者」に紛れる為には、やっぱりそういう部分はちゃんと隠す必要があるだろう。
「まぁ今は、人目はないからいいんじゃないか? リアーノの街に着いたら、巡礼用の駅馬車を使うつもりだから、そこまでは」
モビレアからアザリア教国へは、アルバニーからの街道〝巡礼街道〟を走るのが一番早い。
けど、オレたちは敢えて、モビレア――アルバニーの街道も、アルバニー――リアーノの巡礼街道も使わずに、山野を一直線に駆けている。方角の確認さえ出来れば、これが一番速いんだ。
そして、〝巡礼街道〟上の、スイザリア側の最後の町「リアーノ」で、オレたちは乗合馬車に乗る。ちなみに、リアーノから馬車に乗る人は、かなり多いらしい。旅費を節約する為にそこまで歩いていく人と、正当な手段で国境の関を越えられない偽装巡礼者――俺たちもここに分類される。否、ちゃんと旅券も手形も持っているけど――が、一気に合流するんだ。
だからリアーノの手前一日分の距離で、オレたちは馬を仕舞い徒歩で町に入る予定となっている。
季節と気候は、大体5月初旬の地中海性気候。寝袋一枚で大地に横になっても、風邪をひく心配はない。けど、せっかく苦労して作った寝台(藁敷きとはいえちゃんとシーツで包んであり、下手なスプリングベッドより寝心地が良い)があるのだから、そっちで寝たいと思って何が悪い?
コンテナハウス内には風呂はないけど、オレたちだけ〔倉庫〕で風呂に入るのはベルダに申し訳ないから、ちゃんと外界に持ち運び用の風呂桶(定員5人・シャワー無し・湯温43℃)も外界に出しているんだ。文句を言われる筋合いはないと思うが。
「だから、どこの世界の冒険者が自前のベッドだの風呂だのを持ち歩くっていうのよ!」
そういえば、飯塚が言っていたな。「日本の登山道具は洗練されている。持てる大きさや重量に制限があるから、なるべく小さく・なるべく軽く、そしてなるべく邪魔にならず且つ日本の場合は環境にも配慮して、と色々考えながら進化していったんだ」って。
そういう制限が無ければ、大きく・重い物でも気兼ねなく持ち運べれば。誰もそういう工夫をしなくなる。
普通の冒険者は、そういう工夫をする。オレたちは、しない以前に必要ないから考えない。
その辺りのバランスの調整は、結構難しいようだ。
(2,779文字:2018/08/09初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/14 03:00掲載予定)
・ 高ランクの冒険者は、優遇もされますが同時に義務も課せられます。その為他国他領に出向する際、低ランクの冒険者証の仮発行を求めるのは、この世界では「普通」のことです。その辺りを配慮しないと、自国の高位冒険者が他国の戦力に組み入れられてしまうかもしれないので。当然本拠地で、義務逃れで低ランクの冒険者証を求めるのは許されませんが。
・ この頃、女子の髪は漸く肩を覆うくらいまで伸びました。丁寧に整えながら伸ばしているのと、この世界の石鹸などの質の悪さゆえに髪が痛み易いのとで、なかなか長くならないんです。当然ながら、「女子の髪を切りたくない」のは、男子一同の我儘です(笑)。




