第26話 ミーティング・7 ~魔王国の大戦略~
第05節 巡礼の旅?〔2/6〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
今回の、パトリシア姫の捜索に、魔王国が手を貸す?
〝魔王〟は、あたしたちに甘い。それはもう疑いようもない。
あたしたちのことを敵だと言っていながら、同時にあたしたちを援助している。
あたしたちが、〝魔王〟にとってその程度でしかない、というのも事実だけど、それに甘えてあたしたちに課せられた依頼を遂行しようと考えるのは、さすがに何か違うんじゃないか?
「そうじゃない。ドレイク王国にとって、スイザリアとリングダッドの関係が悪化することは、嬉しくないことなんだ」
え? それはどういう事だ?
スイザリアもリングダッドも、ドレイク王国にとっては敵のはず。なら、敵が弱体化すれば、その方が嬉しいんじゃないか?
「以前、アマデオ殿下が言っていただろう? 殿下の考えるドレイク王国の大戦略が正しければ、カラン王国の背後にドレイク王国がいると想定する事が出来るって。けどそれは、二重王国を東西から挟撃する為じゃないって。
俺も、ずっと引っかかっていたんだ。ドレイク王国は、今何を考え、何を求めてこの大陸で策謀を巡らしているんだろう、って」
魔王の考えなんか、想像もつかないが。
「魔王として、なんて考える必要はない。ただ、一国の王であるアドルフという人物の考え、だ」
「そりゃぁ、国民の平和と幸福、ってか?」
「地球史の覇王たちが世界征服を目論んだのだって、結局のところそれが目的ですからね」
柏木と武田の言葉。その通りかもしれない。けど、だとしたら。
アドルフ王も、自国の民の平和と幸福の為、世界征服戦争を始めようとしている、ってことか?
「世界征服なんかしなくても、国民に平和を約束することは出来るよ。
簡単だ。隣国が脅威でなければいい」
それはまぁ、当然だろう。だけど、その為に軍事力を増強すれば、逆に隣国から脅威と看做される。
「そう、そこだ。
視点をそっちに向けなきゃいけなかったんだ」
……そっちってどっちだ?
「ドレイク王国にとって隣国を脅威と感じるか、じゃない。ドレイク王国の隣国にとって、ドレイク王国が脅威か否か、だ」
そうか。そう考えると、ドレイク王国が強大であればあるほど、危険が高まる。
「そういう事ですか。ボクもわかりました。
スイザリアとリングダッドが落ち着いて、元の二重王国としての共同国家になれば、ドレイクに対する警戒レベルを下げることが出来る。けれど逆に、ドレイクと事実上隣接しているリングダッドにとっては、現状のままでドレイクとの間に戦端が開かれれば、最悪一撃で国家体制が粉砕されてしまう!」
武田の言葉。今から20年くらい前に、ドレイク王国が成立した際。
ドレイクはリングダッドと戦争をしたという。結果、ドレイクはほぼ無傷で、リングダッドの遠征軍を撃破したのだそうだ。
しかも、その後の終戦条約により、リングダッドは多額の賠償金を負担させられただけでなく、ドレイクと隣接する北部方面の軍隊の編成を禁じられたのだとか。
だけど、それとマキアや南東ベルナンド地方で暗躍することと、どう繋がるんだ?
「二重王国の、見掛けと中身は今完全に逆転しているんだ。
スイザリアは、かつてのフェルマール戦争で領土を倍増させ、その分歳入が増加した。
一方リングダッドは、フェルマール戦争では得るものがなく、その後のドレイクとの戦争『十文字戦争』で大敗し、国力を減衰させた。
だけど、スイザリアは新領土の統治に莫大な予算を割かねばならず、またその治安維持の為の軍事行動も必要とされていた。
逆にリングダッドは、軍事費なんていう浪費以外の何物でもない予算を圧縮出来、その予算を内需に回す事が出来た。軍事方面に関しても、予算を増やせないからその分装備の更新と兵の練度を上げるのが関の山。結果、単位戦力では、リングダッドは今やスイザリアを凌駕しているだろう。
だけどだからこそ。リングダッドは見掛けの歳入の差でスイザリアを妬み、単位戦力の差でもう誰にも負けはしないとの自負がある。
スイザリアは、増加した国力を背景に、リングダッドとの対等な二重王国体制に不満を持っている。その内実を直視出来る立場にいる、王族をはじめとする一部貴族を例外として、ね」
成程、見えてきた。
「だから、スイザリアにとってはマキア地方・南東ベルナンド地方・南西ベルナンド地方を、むしろ切り捨てる理由が必要だったのか」
「そう。統治出来ない新領土なんか、負担以外の何物でもない。けど、体裁のみを気にする人は、『勝った勝った、領土が増えた』と能天気に喜ぶから、切り捨てる為には口実が必要になる。
一方、新領土を切り捨てられたら、再びリングダッドと協調する口実になる。実質的には余計なものを切り離しただけなのに、恰も相方の為に譲歩したように映るからね。
そしてリングダッドにしてみれば。鍛え抜いた精兵と、スイザリアの資源があれば。ドレイクとも戦える。戦っても負けはしない。そう思える」
「つまり、リングダッドにとってドレイクは脅威ではなくなる、か」
「ところが。そのドレイクの大戦略は、ここに来て多少の軌道修正が必要になってきた。
ひとつは、スイザリアが〝サウスベルナンド伯爵領〟を置いたこと。王太子殿下の目論見としては、アマデオ殿下を新領土ごと切り捨てるつもりだったんだろうけれど。
もうひとつは、サウスベルナンド伯爵領が、カラン王国と講和したこと。これにより、スイザリアはマキア以外の新領土を保ったまま、国力を安定させる目途が立ってしまったんだ。
なら。パトリシア王女のリングダッドへの輿入れは、誰よりもアドルフ王こそが望むはず。そうすれば、無理矢理でも二重王国は安定の方向に舵を取れるだろうからね」
だけど、それで本当に、平和が齎せるのか? 仮に平和になっても、それは一時だけのモノじゃないのか?
「アドルフ王は、多分〝永遠の平和〟なんか望んでないよ。そんな、ありもしない理想を求めて転生したというのなら、あの人の戦略は現実的過ぎる。
自分の役目は平和を作ること。それを維持するのは次代の役目。それくらい割り切っていると思う。
でも、アドルフ王の目論見は、他ならぬ俺たちの行動の所為で、かなりのズレが生じている。遠からず、その軌道修正の為の手を打つはずだ。選択肢として挙がる可能性のあるものは、幾つか想定出来る。その中には、俺の思惑からすれば全力で阻止しなければならないものもあるし、逆に俺の思惑と完全に一致するものもある。どうなるかは、魔王の手札が開かれるまではわからないけど。
だけど、今回の一件は。
アドルフ王にとっても、パトリシア姫をリングダッドに嫁がせることは、メリットしかない。だから、協力出来るはずなんだ」
◇◆◇ ◆◇◆
飯塚は、自分の考えの全てをあたしたちに告げていない。
それは多分、あたしたちの〝首輪〟を外す為の策略、否、謀略についてだろう。
けど、以前飯塚が勝手に魔法実験をした時とは違う。
今、それを話せないというのなら。
あたしたちはただ、それを教えてくれるまで、待つだけのことだ。
(2,963文字:2018/08/07初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/12 03:00掲載予定)
・ ここで語られた『魔王国の大戦略』は、あくまで飯塚翔くんの想像のものです。それが正しいか否か。答え合わせは、まだ先です。なお、どこの国の国主であっても、結果が出てから(それが自国にとって不利益を齎す結果でなければ)「これは俺がはじめから描いていたシナリオどーり」と放言するのは、間違いないでしょうけれど。
・ カラン王国。「魔物の王国」が人類国家の隣にあると考えると脅威ですが、「サウスベルナンド伯爵領と領域を共有する、けれど共存可能な国家」が「魔物の王国」であることは、必ずしも政治的に脅威であるとは限らないんです。
・ 隣国の国主が理性的であれば軍拡より軍縮が、脳筋であればその逆が平和維持の為に求められる、という事かも。つまり外交謀略の着地点は、「敵対する可能性のある隣国の〝弱体化〟」ではなく、その可能性を逓減させ〝無害化〟することです。
・ 『十文字戦争』の結果、リングダッドは「北部方面軍の編成の禁止」が条約に盛り込まれています。けど、北部方面でドレイク並びにその同盟国が南下する気配が無いのなら、方面軍を編成しないことにデメリットはありません。どころか維持予算を削減出来、浮いた予算で賠償金の支払いを賄えたので、実質国費負担はなかった、という訳です。
・ 会社経営に例えれば、スイザリアはかなりの資金を投じてM&Aした結果、合併した会社は莫大な含み損を抱えていた。それを是正する為に追加資金を投じているけれど、旧会社の中堅以上だった社員にはやる気が見られず、もう一方の会社の社員は一斉退職し。そこに派遣された新会社の役員は勝手がわからず、結果経常利益までマイナスを示すようになった。
一方リングダッドは競合他社に負け、その分野に於いて撤退を強いられた。けどその分野の事業所は天下りの受け皿となっており莫大な役員報酬が発生していたので、その部門を閉鎖した結果、退職金は発生したものの、全体としては健全経営出来るようになった。みたいな?




