第25話 ミーティング・7 ~駆け落ちの末路~
第05節 巡礼の旅?〔1/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
さて。アザリア教国に駆け落ちしたという、お騒がせ姫を捕獲する。それが今回の依頼です。
とは言っても、どうやって探せばいいのでしょう?
「王都での、新年のパレードで、あたしたちは一応パトリシア姫を見ているはずだ。
けど、ただでさえ遠目でしかなく、その上〝見たはずだ〟なんて曖昧な表現になるほどに、印象に残っていない。
一応姿絵を預かってきているけれど、なんせ王族の肖像画だ。美化率280%と考えるべきだろう。特徴は捉えているはずだけど、その〝特徴〟に対して絵師が『無い方がいい』と思っていたら、絵には描かれないことになるしな」
「そして、顔見知りと言える王族や城勤めの使用人、王城出入りの冒険者らは今回の任務には携われない。その意味では、八方塞がりに近い」
松村さんが絶望的なことを告げ、それを更に飯塚くんが補足します。
「それじゃあ、どうやって発見すれば良いんだ?」
「それこそ、どうやってスイザリア王家は、身動きが取れないにもかかわらず、お騒がせ姫がアザリア教国へ駆け落ちしたことを捕捉出来たか、って話になる」
柏木くんの疑問に対して、飯塚くんが。
「そう言えば、どうやってそれを知ったんだ?」
「簡単だ。庭師見習いの給料なんて高が知れている。
アザリア教国までの旅費、それも女連れでだ。入境税――これは巡礼者に紛れればそんなに高くならないはずだけど――、そしてアザリアでの生活費――向こうでの生活の基盤を整えるまでの当座の資金だな――。それをどうやって工面したか。
パトリシア姫は、そのままの格好では巡礼者に紛れることは出来ない。だからどこかで着替えたはずだ。そして王族の私服は、飾りの少ないモノでも良い値で売れるだろう。
だけど、それをどこで売る?
パトリシア姫は、身分証明書を持っているだろうけど、それを使う訳にはいかない。俺たちが東大陸に来て、モリスの町に出た時と違いはほとんど無いんだ。
使えるのは、お忍び用の偽名身分証。だけどだからこそ、それを使えば王宮直下の諜報網には引っかかるはずだ」
あぁ、成程。〝古着〟として売るには、姫様の服は価値があり過ぎます。そんなモノを〝普通の町娘〟が持ってくれば、嫌でも目立ってしまう。それが王族の密偵の目に留まった、という訳ですか。
「ってことは、その庭師――なんて言ったっけ?――」
「エフライン、だな」
「――そうそう、その〝不合格〟、とかって名前の庭師。パトリシア姫を誑かして駆け落ちしておきながら、お姫様の古着なんかを売って生活しているってことか? マジで不合格じゃん」
って、柏木くん、誰が上手いことを言えと?
「こんながちがちの徒弟社会、手に職持っていなければ、新天地ですぐに生活する事なんか出来ないよ。しかも〝手に職〟って言っても、職人系の技能になれば、やっぱりギルドが幅を利かせるだろうから。ほら、モビレアでも〝A・スチール〟を打てる鍛冶師は、それでも余所者だというだけの理由で、肩身の狭い思いをしていただろ?
ところがウィルマーの鍛冶師たちの多くは、ドワーフの里からの出向者だ。だからウィルマーでは、モビレアの鍛冶師の方が余所者になってしまった。職人にとって、生活の拠点を変えるってことは、そういうことなんだ」
技能の優劣より、地縁と血縁、そして人脈とそれに基づく信用と信頼。それが職人の生活を支えているんです。なら、新天地に移っても、すぐに生活出来るだけの収入を確保出来るとは限らない、という事でしょう。
「まして、エフライン氏は庭師としては一流、とは残念ながら言えないレベルみたいだ。王宮付き庭師としてはまだまだ修行中。スイザリア国内で、親爺さんの紹介状があれば、下級貴族の下でなら一人前として雇われることが出来る。現状ではその程度の技術らしい」
だけど、それをエフライン氏は自覚しているんでしょうか?
「新天地ですぐに職にありつけるのは、肉体労働系。つまり農業か工員・鉱員或いは兵士などの戦闘職。または、冒険者だ。
ところが、庭師はどちらかというと芸術系の職業だからね。かといって路上で自分の作品を展示販売出来る商売でもない。
女一人養えるだけの収入を得られるようになるまでには、かなりの時間がかかるだろうな」
「それまでの期間、パトリシア姫の服や装飾品を売って得た金で生活する、か。
ただのヒモだな」
松村さん、辛辣。
けど、それが多分、その二人の現実でしょう。日本でなら、最終学歴(卒業証書)や技能検定・資格試験の合格証書さえあれば、地縁のない新天地でも、生活することは出来るでしょう。否、仕事を選ばなければ、学歴などなくても餓死しない程度の仕事にはあり付けるはずです。
けれど、身分社会であり徒弟社会であるこの世界では。そして、貧民や難民に対する国家救済制度が始まってさえいないこの世界では。違う町に行く/違う領に移る/他国に移住する、ということが、想像以上に難しいのです。
「それだけじゃ、ないよ?」
髙月さん、それは一体どういうことですか?
「はじめはどんなに高い志を持っていても、それがなかなか認められなければ、そのうち心は折れちゃうし。
それ以上に、自分はどんなに頑張っても認められないのに、傍らの年下の女の子は、自分の持ち物を一つ二つ売るだけで、二人の生活をしばらく賄えるだけの収入になるんだよ? その状況で、自分の志を保ち得る男性って、一体どれだけいると思う?」
「そして、装飾品の全てを売り尽くしたら、次はその身体を売れと言う。斯くして立派な女衒の出来上がり、か」
松村さんは、本気で容赦がありません。
「話を戻そう。パトリシア姫の捕獲の仕方だ。
姫が身体を売り始めたら、もう身柄を捕捉することは不可能だと思う。女に身体を売らせて酒飲んでいるクズなんて、どこの町にも掃いて捨てるほどいる。その状況になったら、むしろ死んだと報告した方が、王子様たちの為になる。一体どこの王族が、街娼に身を窶した王女なんかを認めると思う? 綺麗な身のまま死んだと諦める方が、よっぽど慰めになる。
だけど、宝石類を売って糧を得ている間なら、その線から追跡出来るだろう」
商人ルート、ですか。そうなると。
「方法としては二つ、ですね。
一つは、アザリアの冒険者ギルドに登録をして、現地の商業系の依頼を請けてそういう訳ありの品の流通を探る。
もう一つは、客として宝石商の許に足を運び、優良顧客として信頼を得てその訳あり品の放出元を探る」
「だから、王子たちはあんな大量の軍資金をオレたちに預けたのか!」
ボクが方法を提示したら、柏木くん。そう、今回は、成功報酬だけでなく、必要経費として事前に山ほどの金貨を託されているんです。
「だけどやっぱり、俺たちはこういった捜索の専門家じゃない」
と、飯塚くん。何を今更?
「だから、今回はもしかしたら、魔王国の手の者が協力してくれるかもしれないな」
……それは、どういう事です?
(2,796文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2018/08/07初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/10 03:00掲載 2021/02/18誤字修正)
【注:「エフライン」は「Efraín」、スペイン系の名前です(決して「F-Line」ではありません)】
・ 「捜す」対象は人間、「探す」対象は物。彼ら、パトリシア姫の人格を、既に問題にしていません。
・ 「名前入りの身分証」(行政府がその身分を保証するモノ)などを持っている人は、そんなに多くはありません。広域商人か、越境の為臨時に発行してもらった旅行者。白金札冒険者、或いは神殿関係者。その他は貴族又は貴族相手の仕事をしている職人などだけです。「町娘」の身分証などは、「貴族のお忍び」と声高に宣言しているだけかも。
・ 一応、スイザリアやリングダッドの常識として、「駆け落ちするならアザリア教国へ」というのがあり、だからそれを前提に捜査をしたというのも事実です。




