第24話 真なる敵地へ
第04節 ウィルマーの新ギルド〔7/7〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
俺にとって。今回の依頼は、渡りに船というべき都合の良いモノだった。
俺は遠からず、アザリア教国に行きたいと思っていた。
俺たちにとっての、〝真なる敵地〟。キャメロン騎士王国と並ぶ、ラスボスの地。
その一方で、キャメロン騎士王国は代替わりをし、現在はイライザ女王が至尊の冠を戴いているという。なら、和解の可能性もある。もっとも、仮に女王がその手を差し伸べたとしても、無条件でその手を取る訳にはいかないが。
そして、〝悪しき魔物の王〟。俺たちにとって一石二鳥になるのは、アザリアの教皇とやらを〝サタン〟と認定出来る状況にしてしまう事だ。善神に仕える教皇こそが、世界を破滅に導く〝サタン〟だ、と。どのような屁理屈を捏ねあげれば、万人が納得する形でそう指弾出来るかはまだわからないけれど、その為にも一度、敵の総大将の顔を拝んでおきたい。
だから、細かい話を聞く前に、その依頼を承諾したんだ。実は俺にとって、パトリシア姫が何を考えて駆け落ちしたのかとか、そのエフラインという男が何者なのかとかは、どうでもいい話だったんだ。俺には、パトリシア姫に同情する理由はない。事情を知らなければ、機械的に事務的に、姫の首根っこ捕まえてスイザリアの王城に放り込んで、それで終わる話なのだから。その意味では、美奈と松村さんの解説も余計なお世話。考えることが増えてしまったのだから。
その一方で、スイザリアとリングダッドの関係維持の為には、この縁談は成立させなければならない。リングダッドは二十年前の戦争で国力が減衰しており、多くのスイザリア貴族から侮られる状況だというから、猶更。
アザリア教国絡みの問題は、どうしても俺の視野が狭まる。優先順位の一番が、俺たち五人の安全な生活の確保。二番が元の世界に帰還する方法の発見。そしてそのどちらにも、アザリア教国は関わってくるのだろうから。だからそれに附随する問題は、善悪だの愛憎だのを考えずに処理したい。
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
今回のアザリア行きを前に、色々備蓄を整える必要があった。
いつもの通り、食料等。肉類は自分たちで狩ってきてもいいけど、今はそんな時間がないから店で仕入れる。ちなみに生肉でも熟成前の枝肉を、一番安く卸してくれる店を最近発見した。その店の名は、『冒険者ギルド』。
「……冒険者が、クエストで納品された生肉を買いたいなんて、初めて聞いたよ」
「熟成や加工は自前で出来るから。熟成前の枝肉の状態で卸してくれる店なんて、猟師個人に交渉する他はここしかないだろう?」
「しかも、仕入れ値までばれているから、やりづらいったらありゃしない」
「毎度!」
「二度と来るな! 買いにじゃなく売りに来い!」
生糸や生地の不足分、それに染料は、ウィルマーの商店で買い足した。
「モビレアにもいい店はたくさんあるでしょうに。うちなどで宜しかったのですか?」
「町を元気にする為には、町で買い物をするのが一番ですから」
「……ありがとうございました」
〝機動要塞〟の補修をはじめとする、金属部品等及び武具のメンテナンスは、ウィルマーの鍛冶師ルシアおねーさんに。そしてその際、オレは一つの頼みごとをした。
「え? 新しい武具?」
「ああ。そろそろ刃を持つ武具が欲しい。色々考えると、斧槍あたりかな?」
「まぁ構わないけど。っていうか、あんたたちの武具となると、またぞろどこかの国のお貴族様が、『あたしが打つ!』って言ってくるかもね」
「でも、今回はちゃんと正価で払いたい。神聖鉄製になるっていうんなら、多分手持ちのカネじゃ支払えないだろうけど、出来ればローンを組ませてもらえたら助かるけど」
「代金、要らないって言いそうだよ?」
「そういう訳にはいかねぇよ。
松村の薙刀『鵺』は、エリスが持ってきたものだ。
飯塚の二叉長槍『ロンギヌス』は、オレたちが回収したヒヒイロカネ合金の長剣と交換、という建前だった。
だけど、今回はそんな言い訳はないからな」
というか、あまり〝敵〟であるはずの魔王国と、馴れ合い過ぎたら緊張感が薄れるし(手遅れ)。
「わかったわ。
それで、どんなハルバードが良いか、リクエストはある?」
オレたちは〔亜空間倉庫〕があるから、松村の薙刀と大弓のように、大型武器であれそれを複数携行することも出来る。
けど、オレの場合業で敵にダメージを与えるのではなく、武具の重量で押し切る形になる。だから、ソニアの方天画戟の両脇に付いているような月牙だと、刃を痛めてしまう危惧がある。また、騎兵戦で使用するような鉤爪も必要ない。鋭角鈍器の〝ハンマーヘッド〟、重量任せの鉞、そして槍の穂先というよりも武骨な刺突剣のような穂先。それを併せ持つハルバードが、オレにとって最適ということになる。
わざわざ複数の武具を持ち歩くより、複合武具であることで増加する重量が、取り回しより威力増大に役立つだろう。
それは、今注文してすぐ出来るものじゃない。多分、今回の依頼を終えて戻ってきたころには出来ている。そんな感じだろう。だけど、今回の依頼はおそらく対人戦メイン。なら、長柄棍杖で充分だ。
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「ベルダ。美奈たちはアザリア教国に行くよ。
あそこは結構女性の貞操に五月蠅い土地みたいだから、ベルダにはあまり合わないと思うけど。
どうする? こないだの戦争以来、領兵隊長さんと良い感じになっているみたいだけど」
「まぁね。でも、ついていくよ。
しばらくはえっちもお預けみたいだけど、あんたたちを見ているのも楽しいから」
「でも、美奈たちはまだベルダに話せない秘密がいっぱいあるよ。ベルダには話せないけど、ソニアには話せる秘密もあるよ。だから、ベルダは結構疎外感を覚えることになるかもしれない。それでも良いの?」
「ソニアさんが、あんたたちに信用されるまで、どれくらい時間がかかった? ひと月や二月じゃないでしょう? ならあたしも、時間をかけてゆっくり信じてもらえるように努力するよ」
「それは嬉しいけど。でもベルダが一番知りたいことは、やっぱり最後まで教えられないよ?」
「……あたしが、一番知りたいことって?」
「ベルダ、アマデオ殿下の密偵でしょ? あたしたちのことを、色々探って来いって言われたんでしょ?」
「! いつから?」
「ほぼ、最初から」
接触の時点で怪しかったから、〔泡〕を付けておいたんだよ。暗殺が得意なネコの首には鈴を付けておかないと。
「でもね、ベルダに知られて構わない秘密なら、アマデオ殿下にも伝えるよ。だから、アマデオ殿下が知りたい、けどベルダなら知れる秘密って、無いと思うよ?」
「なら、あたしは勝手にあんたたちを探るよ。でも、このことは、他の連中も知っているの?」
「皆は、知らないよ。教える必要もないと思っているし」
「どうして?」
「取り敢えず、ベルダは無害だと思うから。それじゃ駄目?」
(2,999文字:2018/08/06初稿 2019/03/31投稿予約 2019/05/08 03:00掲載予定)
・ 「月牙」とは、鎌のように歪曲している弧の内側に刃が付いている武器のことです。
・ モビレア冒険者ギルドも、公爵も、ドレイク王国も、髙月美奈さんたちの周囲に密偵を配置しています。っていうか、ソニアさんも『ドレイク王国の密偵(笑)』だし。言葉上の信頼なんか、豺狼の餌にもならないから。美奈さんは当然それを知っており、けど無害であれば放置しています。




